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介護や相続を個人任せにしないグローバルインフラ構想
~AIエージェントとデジタル証明を活用~

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親が突然、意思表示できなくなったり亡くなったりしたとき、仕事を続けながらどこまで対応できるでしょうか?日本では、意思や情報が事前に共有されないまま、家族が実務を抱え込むケースが少なくありません。一方、欧米では事前共有はあるものの、高齢化社会における運用が課題です。本稿では、AIエージェントとデジタル証明を活用したグローバルインフラ構想を紹介します。

介護や相続の対応を家族の善意に依存する日本の現実

 もし、あなたの親が突然意思表示できなくなったら、あるいは急に亡くなったとしたら、財産管理や医療判断、生活支援に関する実務を、仕事を続けながら担い切れる人は、どれほどいるでしょうか。現実には、介護や相続の対応は、時間をかけて順番に進むものではありません。医療機関や介護事業者との連絡、治療方針や生活支援に関する判断、口座や契約の確認・停止、相続や死後の手続き。これらは同時に発生します。
日本では「誰が動けるのか」が決まらないまま、実務が始まる
 日本では、こうした局面を迎える前に、本人の意思や代理権限が十分に整理・共有されていないケースが少なくありません。そのため、「誰が、どの権限で、何を進めてよいのか」が曖昧なまま、判断と手続きを迫られることになります。結果として家族は、仕事と生活を抱えたまま、医療・介護・金融・法務にまたがる実務をその場しのぎで引き受けることになります。ここで問題となるのは、知識不足というより、時間・権限・役割が同時に不足することです。
家族の善意に依存する慣習
 こうした状況の背景には、日本社会が長く家族の善意に依存してきた慣習があります。判断は家族が代わりに行う、現場は話し合いで何とかする、法的整理は必要になってから考える、といった方法は、家族構成が安定し、人口が増え続けていた時代には機能していました。しかし、高齢化、多死化、単身化、共働き世帯の増加、地理的に離れて暮らす家族の常態化により、その前提自体が大きく揺らいでいます。
実務負担は、社会全体のコストへと波及する
 こうした構造変化の中で、次のような事態が日常的に起きています。
・判断能力低下が疑われた段階で、銀行取引が制限される
・緊急搬送時、治療方針が分からず、短時間で重大な判断を迫られる
・保険・年金・不動産・契約情報が分からず、窓口を奔走する
・家族間で意見が割れ、「誰が決めるのか」を巡って対立する
・単身高齢者では、そもそも代理人がいないため契約自体が進まない

 この負担が積み重なることで、問題は家庭内にとどまらず、社会全体に波及します。例えば、詐欺被害や不適切な資産管理、相続未了による空き家問題、ビジネスケアラー増加による労働離脱、医療・介護人材不足によるサービス品質低下、単身高齢者の孤独死などです。
制度はあるが、支え切れていない現実
 日本には成年後見制度があります。しかし、手続きの重さや柔軟性の欠如、後見人による不正・横領・形骸化のリスクから、現場では最後の手段として扱われがちです。結果として日本社会は、事前に十分な整理がされないまま、事後も制度で支え切れていない宙ぶらりんな状態に置かれています。この構造こそが、介護・相続を個人や家族の問題に見せながら、実際には社会全体の持続性を脅かしている原因なのです。

制度が整った欧米でも、意思と情報を運用し続ける限界が見え始めている

 欧米では介護や相続への備えが進んでいると語られることがありますが、制度設計という点で見れば、この認識は間違いではありません。米国では、判断能力の低下に備え、財産管理や医療判断を誰に委ねるかを事前に定めておくことが一般的です。
 英国でも、本人の判断能力が失われた場合に、誰がどの範囲まで意思決定できるのかが法制度として明確に整理されています。こうした制度に共通しているのは、本人の意思が最優先される、備えがなければ司法が判断主体となる、家族であっても法的根拠がなければ自由に決められないという点です。この「決めていなければ不自由になる設計」 が、欧米において備えを社会に定着させてきました。
整理されていても、実務は人手に依存している
 ただし、欧米の仕組みも、意思や情報が整理されていれば自動的に回るわけではありません。実際の現場では、登録された意思や委任内容を探し出し、有効性を確認し、関係者に共有し、医療・介護・金融・法務の手続きに反映させるといった運用の多くは、今も人の手に委ねられています。そのため、高齢化が進み、判断や手続きが増えるにつれて、膨大な意思や情報を誰が管理し続けるのか、判断能力の変化に応じて内容をどう更新・確認するのか、専門職や代理人が不足する中で運用をどう維持するのかなどの問題が顕在化し始めています。
日本と欧米に共通する運用の限界
 この点で、日本と欧米の違いは、課題の有無ではありません。日本では、意思や情報が十分に整理されないまま実務が始まり、家族や現場が混乱する場面が多く見られます。一方、欧米では、整理はされているものの、その後の運用を人が支え続ける負荷が重くなっています。しかし両者に共通しているのは、意思や情報を、人の努力と善意を前提に回し続けるモデルが限界に近づいているという点です。
 この視点に立つと、必要なのは、単に備えを整えることだけではありません。意思や情報が、必要なときに、正当な相手に、過度な人的負担なく、確実に届き、実行される、持続可能な運用の仕組みが、日本でも欧米でも求められています。

人の判断を支えながら、実務を継続できる仕組みが求められている

 欧米のように事前の情報整理を促進する制度が存在するだけでは、もはや十分とは言えません。高齢化・多死化・単身化が同時に進行する社会において、真のボトルネックは別の場所にあります。
 それは、誰がその制度を日常的に運用し続けるのか、という問題です。意思や情報は、一度整理して終わりではありません。本人の状態変化に応じた見直し、必要な場面での即時参照、関係者への共有、各種契約・手続きへの反映など、継続的な運用が前提となります。
 しかし現実には、家族は地理的・時間的に分断されている、医療、介護、士業などの専門職は慢性的に不足している、24時間・多拠点・即応が求められる判断は人手では支えきれないという制約が重なっています。この状況で従来型の人が常に介在するモデルを前提にすると、制度は早晩、運用不全に陥ります。
 そこで必要になるのが、人への依存を最小化しつつ、安定的に意思と情報を実行へと繋ぐ仕組みです。
複数のAIエージェント(マルチエージェント)を活用した代理実行基盤

 本稿で提案するのが、複数のAIエージェント(マルチエージェント)を活用した代理実行基盤です。マルチエージェントとは、複数のAIエージェントがそれぞれ異なる役割を担い、相互に情報を共有・検証しながら連携して動作する仕組みを指します。単一のAIにすべてを委ねるのではなく、役割分担や相互監視、判断の分離を前提とすることで、高い信頼性が求められる領域でも実運用に耐える構造を実現します。

 本構想では、次のようなエージェントが連動します。
・本人の代理人として振る舞い、利用者や関係者からの問い合わせを理解し、タスクを分解・統合するエージェント
・ガードレール機能を保有し、処理内容や過程に逸脱やリスクがないかを検知し、補正やエスカレーションを行うエージェント
・代理人候補や相続人など、関与する個人の信用や関係性を評価するエージェント
・サービス提供事業者や契約先法人の信頼性や事業継続性を評価するエージェント
・事前指示書・遺言書作成、信託・身元保証・医療・介護・生活支援・相続・死後事務などのサービス申込・手続きを実行するエージェント
・上記サービスを実際に提供するスタッフの業務を代替するエージェント

 これらが連携することで、情報整理から契約・実行までを一気通貫で処理する代理実行基盤を構成します。その結果、人的代理人の慢性的不足、家族や医療・介護従事者の肉体的・精神的負担、夜間・緊急時・遠隔地対応の限界、定型業務に追われる専門職の稼働逼迫、事業者側が誰に確認すればよいか分からない、突然顧客を喪失して打ち手がなくなるといった問題が軽減されます。
必要なのは判断の代替ではなく実務の代行
 重要なのは、人を排除することではなく、人が本来担うべき判断に集中できる環境をつくることです。本人の事前指示・現行法制度・専門職の判断を基準に、情報整理・照会・手続き・実行といった実務部分をAIが担う設計とします。これにより、本人の意思を尊重しながら、非対面・24時間・多拠点対応を可能にし、人に過度な負担をかけずに、意思と情報を社会の中で持続的に機能させることが可能になります。

実務を自動化するには、正当性・信頼性・判断能力の検証を人の判断から仕組みへ移すことが不可欠

 医療・介護・金融・法務・生活支援といった複数領域を横断しながら、非対面で代理実行が進む社会基盤を構築するために、重要な前提条件となるのが、トラストの担保です。誰が本人なのか、誰が正当な代理人なのか、関与する専門職や事業者は本当に資格・権限・適格性を備えているのか、さらに、本人の財産情報や診断情報は、正確で、最新で、正当に取得されたものなのか。これらを迅速かつ確実に検証できなければ、AIエージェントは実務を実行できず、事業者も安心して動くことができません。
現在のトラスト確認は、紙と対面を前提としている
 現実の運用では、トラストの確認は今なお、紙の書類と対面による確認を前提として行われるケースが大半です。住民票、委任状、残高証明、診断書、資格証明書などは、原本や写しを提出し、担当者が目視で確認し、必要に応じて電話や追加書類で裏取りを行う。これが、医療・介護・金融・法務の多くの現場で採られている基本的な方法です。一部ではPDFでの提出も行われていますが、それは紙をスキャンしたものをやり取りしているにすぎず、真正性や有効性の判断は結局、人の確認作業に依存しています。
 その結果、有効期限や更新有無の確認が属人的になる、非対面や夜間対応が難しい、確認作業に多くの人的コストがかかるといった課題が残ります。紙と対面を前提としたトラスト確認は、非対面・自動化・スケーラブルな運用の最大の制約条件になっています。
トラストを機械で検証できる形に変える

 人の介在を最小化し、AIが実務を担えるようにするためには、トラストそのものを、機械が直接検証できる形で扱えるようにする必要があります。そこで重要になるのが、Verifiable Credential(検証可能クレデンシャル:VC)です。
 VCとは、デジタル署名によって真正性と改ざん耐性が担保された、人・法人・資格・権限・属性・証明情報を、機械可読な形で流通・検証できるデジタル証明の枠組みです。

 本構想では、従来は紙で管理されてきた次のような情報も、VCとして扱うことを想定しています。
・本人確認情報
・代理権限に関する情報(委任・信託・後見等)
・金融機関が発行する残高証明などの財産情報
・医師が発行する診断書など医療・介護関連情報
・医療・介護・士業など専門職資格
・法人の実在性や認可、事業継続性に関する情報

 これにより、誰が、どの権限で、どの情報を根拠に実務を進められるのかを、人を介さずに判断できるようになります。
VCは断面の証明であり、更新と有効性管理が不可欠
 VCはある時点の状態を切り取った断面情報です。残高は日々変動し、診断内容や要介護度も、時間とともに変わります。代理権限や契約の有効性も、期限や取消によって変化します。そのため本構想では、VCを単体で使うのではなく、有効性や失効状態を管理する仕組みとセットで提供することを前提とします。
AIが実務を担うための前提条件としてのVC
 VCは、代理権限、専門職や事業者の資格、財産情報や医療情報といった判断根拠を、正当性と時点を含めて機械的に検証可能にします。これらの情報は、AIエージェントが直接参照し、実務を実行してよい前提条件として扱われます。VCとAIエージェントを組み合わせることで、トラストは人が個別に確認するものから、仕組みとして常に保証されている前提へと移行します。VCは、意思・権限・財産・医療情報を社会の中で安全かつ持続的に機能させるための、中核的な基盤技術です。

介護や相続を個人任せにしないグローバルインフラを目指す

 本構想が目指しているのは、介護や相続、医療や財産管理といったライフエンディング領域の課題を、個人や家族の努力に委ね続ける社会から脱却することです。これまで見てきたように、日本では意思や権限が整理されないまま実務が始まり、欧米では整理されていても、人手前提の運用が限界に近づいています。国や制度の違いはあっても、人が回し続ける前提の仕組みが持続しなくなっている点は共通しています。
個人の備えを、社会で機能する仕組みに変える
 本構想が提供する価値は、備えを促すことそのものではありません。意思や情報が、必要なときに、正当な相手に、過度な負担なく届き、実行される状態を社会の標準として実装することです。AIエージェントは、人の判断を置き換えるのではなく、判断を前提にした実務を担います。VCは、その実務が正当に行われてよいことを、人に代わって常に検証します。この2つを組み合わせることで、これまで家庭内や現場で属人的に処理されてきた業務を、社会全体で支えられる運用モデルへと転換します。
関係者それぞれの負担を減らす共通基盤
 この基盤は、特定のプレイヤーだけのためのものではありません。本人にとっては、自分が判断できなくなった後も、意思や情報が意図した形で使われ続ける安心を提供します。家族や代理人にとっては、突然すべてを背負わされる状況を避け、実務と責任の過度な集中を防ぎます。医療・介護・金融・法務などの事業者にとっては、誰の、どの指示が正当かを即座に確認でき、判断や契約に伴うリスクとコストを下げることができます。行政や社会全体にとっても、属人的な対応に依存しない仕組みは、制度運用の持続性を高めることにつながります。
日本を起点に、グローバルに通用するインフラへ
 この構想は、日本特有の課題への対処にとどまりません。日本は、高齢化・多死化・単身化が同時に進む社会を、世界に先駆けて経験しています。だからこそ、ここで設計される仕組みは、今後同じ課題に直面する国や地域にとっても、有効な参照モデルとなり得ます。意思、権限、財産、医療情報といった要素を、人ではなく仕組みでつなぎ、社会全体で実行する。そのための共通基盤を、日本を起点に世界へ広げていく。介護や相続を、個人任せにしない。それが、本構想が目指すグローバルインフラの姿です。

生成AI関連領域のビジネス創出を担うプロジェクトリーダー。金融業界向けE2EのAIアセット構築から金融機関への展開、地域金融機関向け生成AIユースケース創出・ガイドライン化を目指す政府委託事業に従事。本構想に関する大学・研究会・各種団体での講演実績を持つ。前職では、サステナビリティ分野の官民連携コンソーシアム創設・企画・運営や政府委託事業に従事。

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