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コラム

イノベーションが著しいヘルスケア分野で金融は何ができるのか?

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アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)。中学の生物で習う塩基の名前です。 
人間のAGCTの塩基配列は、2003年にはすべて解析されて明らかになっていますが、実はその後も遺伝子解析技術は、ムーアの法則を超えるスピードで進化しています。
現在では、この進んだ遺伝子解析によって、これまで難しかった個人に最適化された精密治療や、老化の治療といった夢のような分野への応用が進んでいます。
本稿では一般にはあまり知られていない、このわくわくするようなイノベーションが進む医療分野で、金融は何ができるのか、考察しました。

わずか数時間で個人の遺伝子が解析できる時代

人の体は細胞でできています。この細胞を構成するたんぱく質は、細胞の核に存在する設計図から作られますが、この情報は細胞から細胞へ複製され、その大本となる情報は両親から半分ずつ受け継がれてきます。ここまでは中学で習う皆さんのよく知る世界のお話です。
ではこのたんぱく質の設計図、遺伝子を解析すれば、人の体に変異を起こす、病気を治したり、寿命を延ばしたりできるのではないか? 生物学や医学に携わる研究者はそんなイノベーションを目指して日夜研究を続けています。
そのためにはまずは人間の遺伝子情報をすべて知らねばなりません。ヒト(Human)の遺伝子(gene)すべての集合(-ome)を明らかにしたのがHuman Genome Project、日本語でヒトゲノム計画でした。

米国が国家予算を投じて15年と計画されたこのプロジェクトには、世界各国からの参加が相次ぎ、国際研究プロジェクトとなり、2003年にはヒトゲノムの解析は完了しました。その後もアップデートは続けられているので、99.99・・・%と言った方が良いのかもしれませんが、人の遺伝子の構成情報はほとんどすべて明らかになっています。しかしそれは始まりにすぎませんでした。
この遺伝子解析に活躍するのは、遺伝子を構成する塩基のつながり、順序、sequenceを読み解く、シーケンシング技術です。実はこのシーケンシング技術はものすごいスピードで進化しています。

ヒトゲノム計画で明らかになったヒトゲノムの総塩基数は3Gb(ギガ)で約30億。これを明らかにするためにサンプルとして読み解かれた人の塩基数は約43Gbと言われています。当初計画の15年から短縮されたとはいえ、13年かかっています。現在の技術ではなんと1日以内でできてしまいます。
シーケンシング技術世界トップクラスのイルミナ社の次世代シーケンシング(NGS)を使った岡山大学のプロジェクトでは、50Gb~60Gbの解析時間は50分。130~160Gbで2.5時間だったそうです。
この分野ではムーアの法則をはるかに凌駕する、と例えられていることを知れば、この進化のスピードがとんでもないことにガッテンしていただけるのではないでしょうか?

提供: National Human Genome Research Institute(genome.gov) 

ムーアの法則
半導体技術の進化スピードを象徴するIT業界では有名なインテル創業者の一人ゴードン・ムーア氏の言葉。ムーアの法則では「集積回路あたりのトランジスタ数は2年で倍になる」でしたが、シーケンシングの場合はゲノムの解析コストが半分になる時間はそれを凌駕する、というデータを米国立ヒトゲノム研究所がグラフで示しています。

直せなかった病気に挑戦する生物学と医療の世界

シーケンシング技術の進化のおかげで、血液を採取すれば、最短ではその日のうちにその人個人の遺伝子情報がわかる時代になりました。ではどんなことがわかり、どんなことが可能になるのでしょうか?
この疑問にまずわかりやすく答えてくれるのは文部省が公表しているゲノムマップです。
文部省が1家に1枚持っておきたい学習資料として公表していますが、好評なようで4版を重ねています。
例えばゲノムマップにあるインスリンは血糖値を調節するホルモンなので、この遺伝子に異常があれば、血糖値が高くなってしまう一因になり得ます。生活習慣には何の問題もないのに、高い血糖値に悩まされている人は、もしかしたらこの遺伝子に問題があるのかもしれません。
このように個人の遺伝子を検査すれば、解明が進んでいる範囲において、その人の体質、身体的な特徴を持つ理由や、特定の病気のかかりやすさといったことがわかることになります。
特に期待されているのはがん治療への応用です。例えば、文部省のヒトゲノムマップにもあるPDCD1、免疫チェックポイント受容体を見てみましょう。免疫とは体内に侵入した有害な物質を排除する役目を持っていますが、正常な細胞まで攻撃してしまわないよう、ブレーキをかけて抑制します。この働きを免疫チェックポイントと呼び、そのために細胞膜の表面に存在しているたんぱく質、これが免疫チェックポイント受容体です。
本来がん細胞は、この免疫の働きによって排除されるはずなのですが、何らかの原因によって、正常な細胞と見分けがつかないために排除されず、増殖してしまいます。

この原因の一つが免疫チェックポイント受容体なのではないか? 治療に応用できるのではないか?

発見した本庶佐(ほんじょたすく)教授はそう考え、がん治療の医療分野に応用しました。患者のがん細胞にこの受容体が存在していれば、正常な細胞のふりをしているがん細胞を、免疫の働きで攻撃して、排除できる、というわけです。
こうして開発された免疫チェックポイント阻害剤は、今では広く効果が認められ、多くの患者を救っています。本庶教授は2018年にノーベル賞を受賞しています。
応用はそれだけではありません。人が獲得している免疫は、人個人それぞれで異なります。人それぞれがかかる病気の度合いも異なります。しかし個人の血液から免疫細胞とがん細胞を取り出して、その特定のがん細胞を攻撃できる免疫細胞を作り出し、培養して体内に戻してあげればどうでしょう? こうした応用研究も現在では進んでいます。
こうしたオーダーメイドの個人にあった治療は研究や治療の現場での利用が始まっています。
個人の遺伝子を検査し、遺伝子からわかる情報からあらかじめ体質の違いを知り行う治療は、精密医療(Precision Medicine)とも呼ばれています。
このように明らかになった人間の遺伝子情報から、医療分野のイノベーションは進んでいるのです。

医療を可能にするために金融にできること

これまでに紹介した、免疫チェックポイント阻害剤は、効果が確認され、健康保険の適用を受けている薬剤があります。高額療養費制度を利用すれば、1年間使用した場合でも、大多数の方は自己負担額60万円強で済むと解説されています。
この60万円は高いのでしょうか? 安いのでしょうか? 命が助かるのであれば安いと考える人もいれば、とても払えないと考える人もいるでしょう。保険があるとはいえ、経済状況は人それぞれです。このあたりに金融の果たせる役割がありそうに筆者は思います。
とても払えないような場合には、当然お金を借りるという選択肢が浮上してきます。家を買いたい人の経済状況や考え方によって住宅ローンの返済の仕方が異なるように、また、ある車の数年後の価値を踏まえて組まれるカーローンが車やメーカーごとに異なるように、オーダーメイドの治療には、オーダーメイドの医療ローンが組まれるようになるかもしれません。
あるいは、遺伝子解析によって自分の体質がわかり、自分がかかりそうな病気があらかじめわかるようになれば、それに合わせて貯蓄する、医療貯蓄も必要になってくるかもしれません。
このように、イノベーションの著しい医療の分野では、金融技術もそれに合わせて進化していく必要があるでしょう。

最初に紹介した遺伝子技術の発展には、大量の分析データを多くの研究機関や関係者が共有し、円滑に進めるために、近年では進んだクラウド技術が使われています。先に登場したイルミナ社は、多くの医療関係者や生物化学の研究者の膨大なデータを、ヒトゲノムプロジェクトが行われていた2003年よりはるかに効率的にクラウドで共有しています。
さらには膨大なデータを分析できる技術も進んでいます。ChatGPTに代表される生成AI技術が、必要な情報だけをすばやく見つけてくれるように、あなたやあなたの大切な家族が、千人や万人に一人といった稀な病気にかかっても、膨大なデータから素早く見つけることが可能な時代になりつつあるといえるでしょう。
このようにデジタル革命の意義は、これまで難しかった業種の違いや、国を超えたデータの連携や応用を可能としていることです。医療と金融もこれまではIT化はその第一の目的が異なり、それぞれの持つITシステムが交わることはほとんどなく、別々に発展してきました。
例えばローンを借りたい患者がいて、その患者にアドバイスを行う病院に勤務する社会福祉士が必要なデータや書類を整え、金融機関が提出されたローンの申請書の審査を行う場合に、異業種を超えたデータ連携によって、医療事務や金融の事務がより楽に効率的になり、素早く融資ができるようになる、そんな応用も考えられます。
イノベーションの著しい医療分野が、これまでは直せなかったような患者を救えるようになるには、金融分野にももっとできることがこれからの未来にはもっとたくさんあるのではないでしょうか。

1994年株式会社NTTデータ入社以来、インターネット黎明期のEC構築、初期の携帯電話へのPayment機能搭載、海外への着メロ壁紙配信からブロードバンド黎明期の動画コンテンツ配信の実証実験等、数多くの新しい分野への取り組み検討に携わる。いつの間にか15年以上のキャリアになった金融分野でも変わらず、先物システムへの新しい通信方式導入、銀行基幹システムのオープン化、その海外への展開、スマホペイメントの検討など、ひとところに落ち着くことがない。現在は金融×デジタルの最新情報を追いながら、今度は早すぎないよね?と時代とにらめっこしつつ新しい可能性を探っている。最近は車にはまっている。

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