「金融が変われば、社会も変わる!」を合言葉に、未来の金融を描く方々の想いや新規事業の企画に役立つ情報を発信!

金融が変われば、社会も変わる!

コラム

仕事に「定義」は必要か? 冥王星と最新テクノロジーが教えてくれること

画像

あなたは仕事を進める際に、周囲からああだこうだと言われて苦労していませんか?いろんなことを考えすぎてなかなか進められないこともあるでしょう。その仕事、定義に問題があるのでしょうか?いいえ、大事なことは... 
記者として長く活躍されている清水沙矢香さんが、冥王星の惑星論議やAIのフレーム問題を通じて、5分で読めて、あなたを勇気づけてくれるコラムを書いてくれました。


「仕事」という言葉から、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

身体や頭をつかってはたらくこと、収入を得る手段、やりがいを得るもの、価値を生み出すもの、社会貢献、居場所…

人それぞれ、違う言葉が浮かぶことでしょう。

しかし、「仕事」の「定義」とは何でしょうか?
物理学的には「物体Aが物体Bを…」といったことになりますし、ビジネスの世界であれば「企業に利益をもたらすための行動」ということもできるかもしれません。それだけではないという人もいるでしょう。

仕事の定義とは何なのか?そもそも、仕事に定義は必要なのか?
冥王星とAIが教えてくれます。

スイカは果物か野菜か

スイカは果物か野菜か—

農林水産省の分類で行けば、果樹とは
「概ね2年以上栽培する草本植物及び木本植物であって、果実を食用とするもの」
を指しています*1。
よってスイカは一年生草本植物なので、分類上は「野菜」に入るのです。瓜の仲間です。

ならば、スイカを「果物売り場においてはダメじゃないか」となるでしょうか。
「生活上は果物として食べている人が多いのだから、果物売り場に置く」というのが、社会的コンセンサスです。
こんなことを議論していたらビジネスは先には進みません。

スムーズに仕事を進めるには、仕事の理念や、言葉に対してある程度の定義やコンセンサスは重要です。
そしてそれ以上に、定義やコンセンサスの運用が重要なのです。

冥王星が「惑星」でなくなった驚きの理由

さて、2006年に冥王星が「惑星」から「準惑星」に降格されたというニュースが世界を驚かせたことを覚えていらっしゃるでしょうか。
物事のいきさつはこのようなものです。

冥王星にライバル登場

2003年、ひとつの天体がパロマーシュミット望遠鏡で撮影されました。天文学者らが「2003UB313」と仮の符号をつけられたこの天体は、海王星よりも遠く、冥王星に近い大きさであることがわかり、のちに「エリス」と名付けられました。

冥王星より少し大きいこの「10番目の惑星」の登場が、アメリカ世論を二分することになります。

文化か科学か?

そもそも、惑星とは何なのか。驚くべきことに、当時、明確な定義があったわけではないのです。
惑星とは何か、あるいは、惑星がどのようなものであるべきかは、まったく明白だと思える。太陽を周回しているある天体が、彗星ではなく、しかも、月のようにほかの天体を周回していなければ、何の問題もなくそれを惑星と呼んでよさそうだ。
via ニール・ドグラース・タイソン (2009) 「かくして冥王星は降格された」p.64
この認識は、天文学者でなくても納得しやすいことでしょう。すると、エリスも惑星で良いではないかということになります。

しかし冥王星には他の惑星と違う特徴があります。冥王星は発見当時は地球くらいの大きさだと考えられていましたが、実は月よりも小さいことがわかっています。さらに、冥王星の軌道は他の惑星よりも極端に細長い楕円形を描いている、という特徴もあります。

そこで、エリスの登場も相まって、冥王星も一緒に惑星から外すのはどうか、という意見が出たのです。

しかしアメリカ人にとって冥王星は特別な存在でした。冥王星を発見したのがアメリカ人であったために冥王星は特別なものであり、文化的にも広く親しまれていたのです。

冥王星を文化的な存在という理由で「惑星」にとどめるのか。科学的に考察して「惑星」から外すのか。アメリカでは激論が交わされました。

変わったのは冥王星ではなく「定義」

さて、この騒動の根本的な原因は何でしょうか?
惑星という言葉に明確な「定義」がなかったことです。

天文学者としては惑星を「定義づける」ことは難しいのです。他の惑星系を太陽系と同じように詳しく観察するのはまだ不可能だからです。

そして、この議論に決着をつけたのは2006年の国際天文学連合です。数年の議論の末に「惑星の定義」が明確にされました。このようなものです。
「惑星」とは、
(a)太陽を巡る軌道上にあり、
(b)自らの引力が様々な剛力体を克服し、静力学的に平衡な(ほぼ球形の)形状となるに十分な質量を持ち、しかも
(c)自らの軌道の周辺で他の天体を一掃してしまっている天体を言う。
via ニール・ドグラース・タイソン (2009) 「かくして冥王星は降格された」p.264
これまで漠然としていた「暗黙の決まり事」に「定義」という窓枠を設ける形でいったん解決をみたように思えますが、最近になってまた、冥王星を惑星に戻すべきではないかという議論が始まっています。

そういった意味では、「定義の後付け」はあまり良いことではないのかもしれません。物事を曖昧にしていると後で余計面倒なことになるという教訓でもあります。

「定義」に縛られたロボットが思わぬ行動に

一方で、AIやロボットについてこんな話があります。

AIやロボットはプログラミングによって動きます。
そして、プログラミングで物事を明確に定義しておかなければ、ロボットは正常に動くことはできません。

例えば「部屋」の定義は何か?

「室内の、壁で仕切られた空間」という表現で大きく間違ってはいないと思いますが、AIにはそれは何の説明にもなっていません。
クローゼットは「部屋」にあたるのかあたらないのか?地下収納は「部屋」なのか?
言い出せばキリがないことですが、AIにとっては必要な知識なのです。

そして、こんな実験があります。

AI搭載のロボットに、「洞窟の中にあるバッテリーを持ってくる」という指示を与えるという実験です。
しかし、バッテリーの上には時限爆弾が仕掛けられています。

1号機は時限爆弾ごと洞窟から持ち出してしまいました。想像に難くないことです。爆弾ごと運んでくると何が起きるかという「2次要素」を考えていなかったのです。

そこで、2号機に「何か行動するときには2次的な要素を考慮しろ」と教えて洞窟に向かわせました。

すると、2号機はバッテリーの前で立ち止まってしまったのです。
2号機の頭の中はこのようになっていました。
バッテリーを持ち上げたら、天井は落ちない?
バッテリーを動かしたら、爆弾は爆発しない?
爆弾にふれたら、バッテリーはこわれない?
爆弾を床に置いたら、壁がくずれてこない?
一歩踏み出したら、壁の色は変わらない?
あと1分になったら、爆弾が動いたりしない?
この先の床を踏んだら、床が沈まない?
……
via 松原仁(監修)・川村秀憲(協力). (2020) ニュートン別冊 ゼロからわかる人工知能 増補第2版 p.83

無関係なことまで考えてしまっているうちに時間切れになってしまいました。

そこで3号機には「命令に関係のあるものと無関係のものを分けてから行動しろ」と教えました。

すると3号機は、洞窟に入ることすらしなかったのです。命令に無関係なことがあまりに多すぎて、多くの情報を「関係のある項目リスト」「関係のない項目リスト」に分けるだけで長い時間をかけてしまったのです。

AIには「常識的に考える」ことができません。全ての項目に「定義」が必要であり、適度な曖昧さを持たないのです。こんな「定義だらけ」の状況では、仕事は一向に進みません。
上記のような現象は、AI研究の世界では「フレーム問題」と呼ばれています。

自分の常識と他人の常識は異なる

ここまで、「定義」にまつわるエピソードをご紹介しました。
もちろん両者ともに極端な出来事かもしれませんが、会社組織ではよく見られる光景でもあります。

筆者にも苦い思い出があります。
駆け出し記者の頃、まだ社会人の常識すらあまり身についていない時に、深夜に上司から電話がありました。

この出来事に関して、筆者と上司の考えは完全にズレてしまいました。

筆者は「こんな時間だし、本当に重要な用事があればまたかけてくるだろう」と考えてそのまま眠ってしまいました。しかし上司は違いました。

彼は「上司が電話しているのに折り返さないのはありえない」と考えていたため、翌日筆者は大激怒されました。

当時は筆者も若かったのでずいぶんと落ち込みましたが、今考えれば筆者が全面的に悪いわけではないと思っています。

人は所詮さまざまな景色を、自分が勝手に作った窓枠の中からしか見ていないのです。自分に心地よい部分だけ切り取って見ている人も多くいますし、人によって窓枠の置き場所も大きさも形も違うのです。

地球人が冥王星を惑星と呼ぼうと呼ぶまいと、冥王星にとっては知ったことではありません。日々自分の軌道に沿って回り続けるだけです。

他人に自分の窓枠を押しつけたり、他人から他人の窓枠を押しつけられたり。
そのようなことで発生する諍いほど、非生産的で有害なものはないのかもしれません。
【この記事を書いた方】

<清水 沙矢香>
2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
取材経験や各種統計の分析を元に多数のメディアに寄稿。
画像

執筆 オクトノット編集部

NTTデータの金融DXを考えるチームが、未来の金融を描く方々の想いや新規事業の企画に役立つ情報を発信。「金融が変われば、社会も変わる!」を合言葉に、金融サービスに携わるすべての人と共創する「リアルなメディア」を目指して、日々奮闘中です。

感想・ご相談などをお待ちしています!

お問い合わせはこちら
アイコン