「金融が変われば、社会も変わる!」を合言葉に、未来の金融を描く方々の想いや新規事業の企画に役立つ情報を発信!

金融が変われば、社会も変わる!

トレンドを知る

シリーズ「生成AI時代、金融機関は顧客とどこで出会うのか」~感情処理編第一弾

画像

生成AIは、検索や比較の前にある不安や迷いを言語化し、顧客の「行動前の内面」を受け止める接点になりつつあります。L’Oréal、IKEA、Bank of Americaの事例から、金融機関に求められるAIと人の役割分担、そして「説明」から「答え合わせと後押し」へ移る接点設計を考えます。

生成AIが外部化する「行動前の内面」

金融商品を検討する前には、まだ検索にも問い合わせにもなっていない不安があります。投資に興味はあるけれど、何から調べればよいか分からない。保険を見直した方がよさそうだが、何を比較すればよいか分からない。住宅ローンが不安だが、金利、返済額、将来の家計のうち、何を先に考えるべきか分からない。こうした状態は、顧客の中では確かに存在しているものの、企業からは見えにくいものでした。
これまでのデジタル接点は、この不安がある程度「行動」に変わった後に設計されてきました。顧客が検索する、比較サイトを見る、問い合わせる、見積もりを取る。企業はその行動を起点に、広告、Webサイト、診断ツール、コールセンターを整えてきました。
しかし生成AIは、そのさらに手前にある状態を扱い始めています。顧客がまだ何を検索すればよいか分からない段階でAIに相談し、迷いや不安を言葉にし、行動可能な問いへ変えていく。つまり生成AIは、検索前・比較前・相談前の「行動前の内面」を、デジタル接点として扱いやすくしているのです。
この変化は、ITが人間の頭の中の処理を外部化してきた流れの延長にあります。検索エンジンは「記憶」を外部化し、覚えておくより検索する行動を一般化させました。レビューは「評価」を外部化し、自分の直感だけでなく他者の評価を参照する意思決定を広げました。比較サイトやレコメンドは「選択」や「嗜好の発見」を外部化し、探し続ける前に提示された候補から選ぶ体験を当たり前にしました。
生成AIが外部化しつつあるのは、そのさらに手前にある「まだ処理できていない感情」です。ここでいう感情処理とは、単に気持ちを慰めることではありません。何を検索すればよいか分からない、何を比較すべきか分からない、自分に合う理由が分からない、人に相談するほど整理できていない。こうした検索前・比較前・納得前の迷いを、AIとの対話によって言語化し、行動可能な問いに変える処理です。
金融機関にとって、この変化には二つの意味があります。一つは、これまで顧客の内面に残っていた不安や迷いを、デジタル接点として新たに取り込めることです。もう一つは、これまで窓口、営業担当者、コールセンターなどが対話で担っていた感情整理の一部を、業務から切り出せることです。

図1.外部化されることで、「行動前の内面」がITと顧客の新たな接点となる

AIは「心の準備」をつくり、人は「最後の納得」を支える

この変化を考えるうえで分かりやすいのが、L’Oréalの事例です。化粧品の購入では、「自分に合う色が分からない」「肌の悩みをうまく言葉にできない」「店頭で相談するのが恥ずかしい」「高い商品で失敗したくない」といった不安が起きやすくなります。商品知識がないから買えないというより、選ぶ前の感情が整理できていないために、行動に移りにくい状態です。
L’Oréal ParisのBeauty Geniusは、こうした選択前の不安に対して、AIによる診断、パーソナライズ、会話型の提案、AR試着などを提供するAIアシスタントです。L’Oréalは、消費者の70%が美容製品の選択肢の多さに圧倒されていると説明しており、Beauty Geniusはその不安を受け止める接点として設計されています。
ここでAIが担っているのは、単なる商品検索ではありません。顧客がまだ言葉にできていない不安を整理し、「これなら自分に合いそうだ」と思える状態をつくることです。AIは、顧客が相談しやすいように心の準備を整えています。
一方で、人の役割がなくなるわけではありません。美容部員は、AIの診断結果を前提に、使用感、質感、色味への納得、高単価商品を選ぶ不安といった、より感覚的で個別性の高い部分を支えます。AIが心の準備をつくり、人が最後の納得を支える。この分担が重要です。
金融でも同じです。投資、保険、住宅ローンのように、顧客が不安を言葉にできないまま相談に来やすい領域では、AIが目的や迷いを先に整理することで、人は最後の判断と納得形成に集中できます。

AIは人を置き換えるのではなく、人が出るべき場面を明確にする

もう一つの方向性は、人手で処理してきた現場業務の一部をAIで切り出すことです。IKEAを展開するIngka Groupの事例は、この点をよく示しています。
同社はAIチャットボット「Billie」によって、2021年から2023年にかけて顧客問い合わせの約47%を解決したと発表しています。これは約320万件の問い合わせに相当し、約1,300万ユーロの削減効果を生んだとされています。さらに重要なのは、浮いた人的リソースを単純に削減したのではなく、8,500名のコールセンター従業員を、リモートでのインテリアデザイン相談やデジタル販売、複雑な問い合わせ対応へリスキルした点です。リモート顧客接点での販売は13億ユーロへ達しました。
この事例でAIが担ったのは、商品が届かない不安、返品できるか分からない苛立ち、在庫や営業時間が分からないストレスといった、ライトな感情処理を伴う定型問い合わせです。状況を即時に確認する。ルールを説明する。次の行動を示す。待ち時間を減らし、怒りや不安が大きくなる前に受け止める。これにより、人がすべての問い合わせを抱える必要はなくなります。
一方で、人が移った先は、暮らし方を聞き取り、部屋の制約を理解し、好みや生活導線を提案に変え、「この部屋ならこれでよい」という納得をつくる領域です。つまりIKEAの事例は、AIで問い合わせを削減した話にとどまりません。AIで閉じられる不安を大規模に吸収し、人をより高付加価値な相談領域へ再配置し、その結果として売上成長にもつなげた事例です。
金融機関でも、受付状況の確認、必要書類の案内、手続きの進捗確認などはAIで受け止めやすい領域です。その分、人は退職金運用、住宅ローン、相続のように、感情やリスク、個別事情が深い相談へ集中できます。

金融AI接点は「閉じる・動かす・渡す」で設計する

金融領域でこの構造を先行的に示しているのが、Bank of AmericaのEricaです。Ericaは2018年に開始されたAI駆動型のバーチャル金融アシスタントであり、約5,000万人の利用者、累計30億件超の顧客インタラクション、月間5,800万件超のインタラクション規模に達していると発表されています。
Ericaが受け止めるのは、日常の小さな金融不安です。今月使いすぎたかもしれない。見覚えのない引き落としがある。カードを失くしたかもしれない。支払い状況を確認したい。将来のために何をすべきか分からない。こうした不安に対して、AIで閉じられるものはその場で閉じます。支出見直しや特典案内など、次の行動へ動かせるものは前向きな行動へつなぎます。投資、住宅ローン、退職、相続のように、リスクや感情が高く、個別事情が強い相談は人へ渡します。
この構造は、金融機関がAI接点を設計する際の基本になります。AIに任せるべき領域は、低リスク、高頻度、定型、事実確認、軽い不安や怒りです。人が関与すべき領域は、高感情、高リスク、個別文脈、規制・説明責任、最後の納得や信頼形成です。
ここで重要なのは、業務名だけでAIと人の境界を決めないことです。同じ「投資」というテーマでも、残高確認や過去取引の確認であればAIで閉じられます。一方、退職金の運用方針や家族の将来を含む資産形成であれば、人が関与すべき場面になります。同じ「住宅ローン」でも、必要書類の確認はAIで対応しやすい一方、借入額が家計や将来の生活に与える影響を一緒に考える場面では、人の対話が必要になります。
金融AI接点は、「閉じる・動かす・渡す」で設計する必要があります。AIが即時に回答・解決し、顧客の不安を閉じる。AIが提案・案内し、顧客を次のアクションへ動かす。そして、人が対話で感情、リスク、文脈を理解し、最適な意思決定を支援する。この線をどこで引くかが、金融機関のAI活用における設計の要になります。

図2.先行事例から見るAIと人の境界

前編まとめ:人が出るべき瞬間を見極める

生成AIによって、企業と顧客の接点は検索後・比較後・問い合わせ後だけではなく、その手前に広がっています。まだ言葉になっていない不安、何を調べればよいか分からない迷い、人に相談する前のためらい。こうした「行動前の内面」が、AIとの対話によって新たなデジタル接点になりつつあります。
L’Oréalの事例では、AIが顧客の心の準備をつくり、人が最後の納得を支えていました。IKEAの事例では、AIがライトな感情処理を伴う定型問い合わせを大規模に引き受け、人が暮らし方や空間の相談へ移っていました。Bank of AmericaのEricaの事例では、金融の日常的な不安をAIが閉じ、必要に応じて行動へ動かし、高リスク・高感情の相談を人へ渡していました。
ここから見えてくるのは、AIか人かという二者択一ではありません。AIが担うべき不安と、人が担うべき不安を見極めることです。軽い不安や定型的な確認はAIで素早く受け止める。一方で、生活文脈が深く、意思決定のリスクが高く、最後の納得が必要な場面では人が関与する。この分担ができて初めて、生成AIは顧客接点の質を高めるものになります。
前編では、金融機関が自ら用意するAI接点を中心に見てきました。後編では、もう一つの入口を考えます。それは、顧客が自分の手元にある生成AIで不安を整理し、仮説や比較軸を持って金融機関に来るケースです。そのとき金融機関に求められる役割は、初歩的な説明を一から繰り返すことではなく、顧客の仮説を検証し、実行条件に変え、安全に前進させることへ移っていきます。

2015年、NTTデータに入社。技術開発本部にて量子コンピュータやロボティクスなど最先端技術の研究開発をリード。2020年から4年間、「NTT DATA Technology Foresight」の策定に従事。2024年より現担当へ異動。金融分野におけるフォーサイト起点のビジネス創出に挑み、新たな価値の創造を目指している。

感想・ご相談などをお待ちしています!

お問い合わせはこちら
アイコン