本シリーズでは、生成AIの普及によって、金融機関と顧客の接点がどのように再設計されるのかを、全4回で考えます。前回の「情報接点編」第一弾も合わせてご覧ください。
比較されないのではなく、比較軸を変える
前編では、生成AIによって金融機関が「検索される存在」から「AIに比較される存在」へ変わりつつあることを見てきました。AIに正しく見つけられ、正しく要約されるためのAEOやGEOへの対応は重要です。しかし、それだけではAIが作る比較表の中で選ばれる戦いにとどまります。
ここで考えたいのは、「比較されない状態」をつくることではありません。顧客は常に何かと何かを比べています。重要なのは、金利、手数料、還元率、価格、スペックといった従来の比較軸だけで横並びにされるのではなく、別の軸で選ばれる状態をつくることです。
AIによる無慈悲な比較から逃げるとは、比較そのものを避けることではありません。従来の比較軸から抜け出し、顧客の生活にどれだけなじんでいるか、どれだけ履歴や状態が蓄積されているか、どれだけ自然に戻ってこられるかという新しい軸で比較される状態をつくることです。
その手がかりは、すでに生活導線への入り込みに成功している企業の事例に見ることができます。
ここで考えたいのは、「比較されない状態」をつくることではありません。顧客は常に何かと何かを比べています。重要なのは、金利、手数料、還元率、価格、スペックといった従来の比較軸だけで横並びにされるのではなく、別の軸で選ばれる状態をつくることです。
AIによる無慈悲な比較から逃げるとは、比較そのものを避けることではありません。従来の比較軸から抜け出し、顧客の生活にどれだけなじんでいるか、どれだけ履歴や状態が蓄積されているか、どれだけ自然に戻ってこられるかという新しい軸で比較される状態をつくることです。
その手がかりは、すでに生活導線への入り込みに成功している企業の事例に見ることができます。

図1. すでに顧客接点の再設計が済んでいる企業は少なくない
Nike Run Clubは、シューズを「走り続ける環境」に変えた
Nike Run Clubは、Nikeが提供するランニング記録・トレーニング支援アプリです。この事例で見るべきポイントは、単にランニングアプリを提供していることではありません。シューズという商品を、ランニングを続ける環境の一部に変えている点です。
従来、Nikeのシューズは店頭やECサイトで、AdidasやASICSなどの他社シューズと比較される商品でした。比較軸は、価格、デザイン、軽さ、履き心地、ブランドイメージです。顧客が靴を買おうと思った瞬間に、他社商品と横並びで比べられていました。
しかしNike Run Clubでは、ユーザーはアプリに自分のシューズを登録し、その靴で走った距離を記録できます。トレーニングプランや音声ガイドを使いながら走ることで、走行距離や運動履歴がアプリに蓄積されていきます。ユーザーは、靴を買うためではなく、今日のランニングメニューを確認するため、今月の走行距離を見るため、自分の目標に近づくためにアプリへ戻ります。
このとき比較軸は、「どの靴が安いか」「どの靴が軽いか」だけではなくなります。単なる他社の靴と、自分の走行履歴、目標、習慣につながっているNikeの靴が比較されるようになります。Nikeは比較されなくなったのではありません。靴単体の比較から、ランニングを続けられる環境としての比較へ軸を変えているのです。
従来、Nikeのシューズは店頭やECサイトで、AdidasやASICSなどの他社シューズと比較される商品でした。比較軸は、価格、デザイン、軽さ、履き心地、ブランドイメージです。顧客が靴を買おうと思った瞬間に、他社商品と横並びで比べられていました。
しかしNike Run Clubでは、ユーザーはアプリに自分のシューズを登録し、その靴で走った距離を記録できます。トレーニングプランや音声ガイドを使いながら走ることで、走行距離や運動履歴がアプリに蓄積されていきます。ユーザーは、靴を買うためではなく、今日のランニングメニューを確認するため、今月の走行距離を見るため、自分の目標に近づくためにアプリへ戻ります。
このとき比較軸は、「どの靴が安いか」「どの靴が軽いか」だけではなくなります。単なる他社の靴と、自分の走行履歴、目標、習慣につながっているNikeの靴が比較されるようになります。Nikeは比較されなくなったのではありません。靴単体の比較から、ランニングを続けられる環境としての比較へ軸を変えているのです。
※Nike Run Club:https://about.nike.com/newsroom/releases/nike-run-club-app-new-features
Coke ONは、自販機購入を「蓄積が進む一本」に変えた
Coke ONは、コカ・コーラ社の対応自販機とスマートフォンアプリを結び付け、購入や歩数に応じてスタンプを貯められるサービスです。この事例も、単に歩数やスタンプでアプリの再訪理由を作った話ではありません。より重要なのは、自販機で飲料を買う瞬間の比較軸を変えている点です。
従来の自販機購入は、のどが渇いたときに近くの自販機を見つけ、その場で飲みたい一本を選ぶ行動でした。このとき顧客は、目の前の商品を価格、味、気分、ブランドで比較します。コカ・コーラ社の商品も、他社商品や他社自販機と、その瞬間ごとにフラットに比較されていました。
しかしCoke ONでは、購入によってスタンプが貯まり、一定数が貯まると無料チケットに変わります。さらに、歩数目標の達成でもスタンプが付与されます。これにより、顧客にとってコカ・コーラ社の自販機で買う一本は、単なる「今買う飲料」ではなくなります。
比較されているのは、「今買う無作為の一本」と、「これまで貯めたスタンプに、今買うことで追加のスタンプが積み上がる一本」です。顧客は、目の前の商品だけでなく、過去の蓄積と将来の無料チケットまで含めて判断するようになります。
Coke ONは、他社商品と比較されなくなったわけではありません。比較の軸を、味や価格だけの比較から、「これまで貯めたものがさらに進むかどうか」へ変えています。偶発的だった自販機購入を、過去の蓄積と未来の報酬につながる行動に変えている点が本質です。
従来の自販機購入は、のどが渇いたときに近くの自販機を見つけ、その場で飲みたい一本を選ぶ行動でした。このとき顧客は、目の前の商品を価格、味、気分、ブランドで比較します。コカ・コーラ社の商品も、他社商品や他社自販機と、その瞬間ごとにフラットに比較されていました。
しかしCoke ONでは、購入によってスタンプが貯まり、一定数が貯まると無料チケットに変わります。さらに、歩数目標の達成でもスタンプが付与されます。これにより、顧客にとってコカ・コーラ社の自販機で買う一本は、単なる「今買う飲料」ではなくなります。
比較されているのは、「今買う無作為の一本」と、「これまで貯めたスタンプに、今買うことで追加のスタンプが積み上がる一本」です。顧客は、目の前の商品だけでなく、過去の蓄積と将来の無料チケットまで含めて判断するようになります。
Coke ONは、他社商品と比較されなくなったわけではありません。比較の軸を、味や価格だけの比較から、「これまで貯めたものがさらに進むかどうか」へ変えています。偶発的だった自販機購入を、過去の蓄積と未来の報酬につながる行動に変えている点が本質です。
※Coke ON:https://c.cocacola.co.jp/app/
Oliveは、銀行アプリを「日常のお金の環境」に変えた
金融領域では、SMBCグループのOliveが分かりやすい例です。Oliveは、口座、カード、決済、ポイント、証券などを一体化し、日常のお金の動きを一つのサービスにまとめています。
従来、銀行やカードは、手数料の安さ、還元率、ATMの使いやすさ、アプリの見やすさなどで比較されてきました。顧客は、口座を作る、カードを申し込む、投資を始めるといったタイミングで、金融機関を横並びに見比べていました。
Oliveが変えているのは、金融機能を日常決済やポイ活の流れに組み込んでいる点です。顧客は、還元率やポイント、資産残高、決済状況を確認するために銀行アプリへ戻ります。銀行側が顧客にしてほしい個人情報の更新、決済手段の集約、証券口座の開設なども、ポイント還元率の向上と結び付くことで、顧客にとって意味のある行動になります。
このとき比較軸は、「どの銀行の手数料が安いか」「どのカードの還元率が高いか」だけではなくなります。口座、カード、決済、ポイント、証券がまとまり、日常のお金の動きが見える環境として比較されます。Oliveもまた、比較されないことを狙っているのではありません。金融商品単体の比較から、日常のお金の環境としての比較へ軸を変えているのです。
従来、銀行やカードは、手数料の安さ、還元率、ATMの使いやすさ、アプリの見やすさなどで比較されてきました。顧客は、口座を作る、カードを申し込む、投資を始めるといったタイミングで、金融機関を横並びに見比べていました。
Oliveが変えているのは、金融機能を日常決済やポイ活の流れに組み込んでいる点です。顧客は、還元率やポイント、資産残高、決済状況を確認するために銀行アプリへ戻ります。銀行側が顧客にしてほしい個人情報の更新、決済手段の集約、証券口座の開設なども、ポイント還元率の向上と結び付くことで、顧客にとって意味のある行動になります。
このとき比較軸は、「どの銀行の手数料が安いか」「どのカードの還元率が高いか」だけではなくなります。口座、カード、決済、ポイント、証券がまとまり、日常のお金の動きが見える環境として比較されます。Oliveもまた、比較されないことを狙っているのではありません。金融商品単体の比較から、日常のお金の環境としての比較へ軸を変えているのです。
※SMBC Olive:https://www.smbc.co.jp/kojin/olive-account/merit/point_rate/
三つの事例から見える、生活導線設計の共通点
Nike Run Club、Coke ON、Oliveに共通しているのは、単にアプリを作ったことではありません。商品を必要とする瞬間だけを取りに行くのではなく、その前後にある生活行動へ入り込み、比較軸そのものを変えている点です。

図2.勝者の再設計は接「点」だけの施策ではなく導「線」としての一気通貫
この構造は、三つの視点で整理できます。
一つ目は、文脈の占有です。Nikeはランニング、Coke ONは歩行や自販機利用、Oliveは日常決済やポイ活という文脈に入り込んでいます。商品を探す瞬間ではなく、商品が必要になる前後の行動を押さえています。
二つ目は、自己資産の形成です。Nikeでは走行距離や運動履歴、Coke ONではスタンプやチケット、Oliveではポイント、決済履歴、資産情報が蓄積されます。顧客にとって「ここに情報や状態を貯めておく意味」が生まれます。
三つ目は、習慣化された回帰です。ユーザーは、広告を見たから戻るのではありません。自分の記録を確認するため、スタンプを進めるため、還元率や残高を見るために戻ります。企業都合のリマインドではなく、顧客自身の理由で再訪が起きています。
この三つがそろうと、サービスは単なる商品接点ではなく、生活導線になります。そして比較軸は、価格や機能だけではなく、生活へのなじみ、蓄積、継続性へ移っていきます。
一つ目は、文脈の占有です。Nikeはランニング、Coke ONは歩行や自販機利用、Oliveは日常決済やポイ活という文脈に入り込んでいます。商品を探す瞬間ではなく、商品が必要になる前後の行動を押さえています。
二つ目は、自己資産の形成です。Nikeでは走行距離や運動履歴、Coke ONではスタンプやチケット、Oliveではポイント、決済履歴、資産情報が蓄積されます。顧客にとって「ここに情報や状態を貯めておく意味」が生まれます。
三つ目は、習慣化された回帰です。ユーザーは、広告を見たから戻るのではありません。自分の記録を確認するため、スタンプを進めるため、還元率や残高を見るために戻ります。企業都合のリマインドではなく、顧客自身の理由で再訪が起きています。
この三つがそろうと、サービスは単なる商品接点ではなく、生活導線になります。そして比較軸は、価格や機能だけではなく、生活へのなじみ、蓄積、継続性へ移っていきます。
海外金融事例でも、比較軸の転換が起きている
海外の金融機関や金融隣接企業を見ると、この比較軸の転換はさらに明確に表れています。

図3.Discovery Bank:「金利の比較表」を無効化し「日々の健康や安全」を占有
南アフリカのDiscovery Bankは、健康的な食材の購入、運動、安全運転といった日常行動を金融メリットに結び付けています。従来の銀行比較では、預金金利や借入金利が主な軸になりがちです。しかしDiscovery Bankでは、顧客の生活行動がステータスとして蓄積され、そのステータスが金利優遇や提携先特典につながります。比較されているのは、金利単体ではありません。健康や安全に関する行動が、金融上の価値に変わる仕組みそのものです。
(※)Discovery Bankの顧客数発表:https://www.mynewsdesk.com/za/discovery-holdings-ltd/pressreleases/discovery-bank-grows-to-one-million-clients-two-years-ahead-of-plan-3338804

図4.Shopify:「法人融資の比較」を無効化する「日々の店舗運営」の占有
Shopify Capitalは、ECサイト構築・運営プラットフォームであるShopifyが、加盟店向けに提供している資金提供サービスです。従来の法人融資では、事業者が資金繰りに困ったタイミングで銀行に相談し、金利、審査スピード、必要書類などを比較していました。一方、Shopify Capitalは、日々の売上、注文、在庫、顧客情報が集まる店舗運営の文脈に入り込んでいます。資金調達は、銀行に相談しに行くものではなく、日々見ているダッシュボードの中で、必要なタイミングに提示されるものになります。比較軸は、融資条件だけでなく、自社の事業状況をすでに理解しているかどうかに移ります。
(※)Shopify Capital:https://help.shopify.com/en/manual/finance/shopify-capital

図5.Revolut:決済アプリから「海外旅行のインフラ」への再設計
Revolutは、海外旅行時の決済や両替に加え、eSIMによる通信確保の文脈へ入り込もうとしています。従来の比較軸は、海外で使いやすい決済アプリかどうかでした。しかし、旅行中の通信残量、支出、両替、決済が一つのアプリ内で見えるようになると、Revolutは決済アプリ単体ではなく、海外旅行中に頼れるインフラとして比較されるようになります。
これらの事例も、比較を避けているわけではありません。従来の金利、手数料、決済機能といった比較軸だけで戦うのではなく、健康、店舗運営、旅行といった生活や仕事の文脈に入り込み、別の軸で選ばれる状態を作っています。
これらの事例も、比較を避けているわけではありません。従来の金利、手数料、決済機能といった比較軸だけで戦うのではなく、健康、店舗運営、旅行といった生活や仕事の文脈に入り込み、別の軸で選ばれる状態を作っています。
(※)Revolut eSIM発表:https://www.revolut.com/news/revolut_launches_esim_a_seamless_way_to_avoid_unexpected_roaming_charges/
比較表で勝つ前に、別の軸で選ばれる状態をつくる
生成AI時代には、金融サービスの金利、手数料、還元率、審査スピード、アプリ評価は、これまで以上に短時間で比較されます。この比較に備えることは必要です。AIに正しく見つけられ、正しく要約される状態を整えることも欠かせません。
ただし、それだけでは常に比較表の中で選ばれる戦いになります。金融機関が考えるべきなのは、比較されないことではありません。顧客が金融商品を探す前に、どの生活や仕事の文脈にいるのかを見つけ、その中で別の比較軸を作れるかどうかです。
住宅ローンであれば、ローン比較の前に、家計、貯蓄、住まい検討の文脈があります。資産運用であれば、投資商品比較の前に、余剰資金、支出見直し、将来不安の文脈があります。法人融資であれば、融資相談の前に、売上確認、在庫管理、入金予定の文脈があります。
顧客接点の再設計は、マーケティング施策の追加ではありません。商品、アプリ、データ、提携、チャネル、評価指標を横断して、顧客の生活や仕事のどこに入り込むかを考える経営テーマです。
AIが選ぶ時代だからこそ、その前に人の生活の中で別の比較軸を持つ。そこに、これからの金融機関の新たな競争力があります。
ただし、それだけでは常に比較表の中で選ばれる戦いになります。金融機関が考えるべきなのは、比較されないことではありません。顧客が金融商品を探す前に、どの生活や仕事の文脈にいるのかを見つけ、その中で別の比較軸を作れるかどうかです。
住宅ローンであれば、ローン比較の前に、家計、貯蓄、住まい検討の文脈があります。資産運用であれば、投資商品比較の前に、余剰資金、支出見直し、将来不安の文脈があります。法人融資であれば、融資相談の前に、売上確認、在庫管理、入金予定の文脈があります。
顧客接点の再設計は、マーケティング施策の追加ではありません。商品、アプリ、データ、提携、チャネル、評価指標を横断して、顧客の生活や仕事のどこに入り込むかを考える経営テーマです。
AIが選ぶ時代だからこそ、その前に人の生活の中で別の比較軸を持つ。そこに、これからの金融機関の新たな競争力があります。



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