量子コンピュータ×保険業界
量子コンピュータは「重ね合わせ」などの量子力学の特性を利用した、従来のコンピュータ(ここでは古典コンピュータと表現する)とは全く異なるアーキテクチャを持ったコンピュータです。Googleはスーパーコンピュータで1万年かかる計算を量子コンピュータでは200秒で実行した、と発表しており、大きな期待を集めています。
量子コンピュータの使い道として、創薬や材料など膨大な計算時間を要する化学分野のシミュレーションに関する研究が多く行われています。また、金融や保険分野では膨大な組み合わせを持つポートフォリオ評価に関する研究が盛んです。最近ではSOMPOグループ様が日立製作所様と自然災害リスクに対するポートフォリオ評価を疑似量子コンピュータ ※1 により実施しています。
一方で、今回は保険業界特有の保険計理業務を題材に量子コンピュータの適用検証を行いました。
保険計理業務とは保険契約や保険商品の収益性・リスクなどについて数理的な分析や財務上の計算を行います。財務健全性の担保や経営戦略の支援などを担い、競争力と顧客の信用を高めるうえで保険会社において重要な基盤となります。
今回、この保険計理業務が量子コンピュータによってどのように変わるのかを知るために、保険計理業務の一つであるモデル・ポイント選定業務について検証を行いました。保険計理業務では、責任準備金や事業継続性を検証するために、保有契約データを基に会社の収益状況やキャッシュフローの将来予測をシミュレーションします。しかし、保有する契約件数は数千万件~一億件にのぼり、これらを全件シミュレーションするには膨大な時間がかかってしまいます。そこで、シミュレーション結果が大きく変わらないように代表する保険内容を抽出することで、シミュレーション時間の短縮を行います。この代表する保険内容のことをモデル・ポイントと言い、保険料や責任準備金などの算出方法によって区分した保障単位を基に選定していきます。この業務をモデル・ポイント選定と言い、保障単位ごとに長年の経験などから手作業で行われています。
このようにデータ件数が多く、複雑な業務は従来のコンピュータで代替するには性能的に難しいです。今回、量子コンピュータのうち「量子アニーリング方式」と呼ばれる実用化が進んでいる量子コンピュータの実機を用いて、業務内容を量子コンピュータによって実現可能か検証を行いました。
量子コンピュータの使い道として、創薬や材料など膨大な計算時間を要する化学分野のシミュレーションに関する研究が多く行われています。また、金融や保険分野では膨大な組み合わせを持つポートフォリオ評価に関する研究が盛んです。最近ではSOMPOグループ様が日立製作所様と自然災害リスクに対するポートフォリオ評価を疑似量子コンピュータ ※1 により実施しています。
一方で、今回は保険業界特有の保険計理業務を題材に量子コンピュータの適用検証を行いました。
保険計理業務とは保険契約や保険商品の収益性・リスクなどについて数理的な分析や財務上の計算を行います。財務健全性の担保や経営戦略の支援などを担い、競争力と顧客の信用を高めるうえで保険会社において重要な基盤となります。
今回、この保険計理業務が量子コンピュータによってどのように変わるのかを知るために、保険計理業務の一つであるモデル・ポイント選定業務について検証を行いました。保険計理業務では、責任準備金や事業継続性を検証するために、保有契約データを基に会社の収益状況やキャッシュフローの将来予測をシミュレーションします。しかし、保有する契約件数は数千万件~一億件にのぼり、これらを全件シミュレーションするには膨大な時間がかかってしまいます。そこで、シミュレーション結果が大きく変わらないように代表する保険内容を抽出することで、シミュレーション時間の短縮を行います。この代表する保険内容のことをモデル・ポイントと言い、保険料や責任準備金などの算出方法によって区分した保障単位を基に選定していきます。この業務をモデル・ポイント選定と言い、保障単位ごとに長年の経験などから手作業で行われています。
このようにデータ件数が多く、複雑な業務は従来のコンピュータで代替するには性能的に難しいです。今回、量子コンピュータのうち「量子アニーリング方式」と呼ばれる実用化が進んでいる量子コンピュータの実機を用いて、業務内容を量子コンピュータによって実現可能か検証を行いました。
※1 疑似量子コンピュータ
量子コンピュータ特有の計算問題をGPUやFPGAなどの古典的手法で模擬的に効率良く計算する技術。
量子コンピュータ特有の計算問題をGPUやFPGAなどの古典的手法で模擬的に効率良く計算する技術。
保険業務への量子適用検証を実施

国内大手生命保険会社様の協力の基、モデル・ポイント選定業務への量子コンピュータ適用を検証しました。保険会社様が実際に保有している契約データは2,000保障単位の合計1億件以上になる。これに対して、量子コンピュータによるモデル・ポイント選定を行い、契約データの圧縮率、シミュレーションにおける全件データとの乖離率が、手作業で行っている値を上回ることができるか、業務に要する時間を削減できるかを検証しました。また、古典コンピュータでも業務を代替できるのか、同じデータを用いて検証しました。
本検証では、現時点では古典コンピュータも量子コンピュータも業務適用は難しいものの、将来的に量子コンピュータが業務に対して有効な可能性があるという結果を得ました。
古典コンピュータはデータが多くなるとどうしても計算時間が爆発的に増加してしまいます。実際に200保障単位のデータ量に対しては、計算時間が1秒を下回りましたが、契約データ全件2,000保障単位に対しては数十秒の計算時間となり、計算時間が増加しました。しかし、実際の業務では数時間かけている作業を古典コンピュータは数十秒で計算することができており、古典コンピュータによる業務の代替は計算時間の面では良好に思えます。
一方で、計算時間ではなく計算精度に着目すると、古典コンピュータはアルゴリズムで計算時間を抑えるようにしてあり、その結果計算の精度がかなり悪くなりました。現行業務では圧縮率乖離率ともに2%程度の目標となっていますが、本検証では圧縮率15%乖離率45%という結果になりました。古典コンピュータは計算時間と計算精度が強いトレードオフ関係になっており、大量のデータを扱う業務では両立が難しいことが分かりました。
量子コンピュータで検証を実施した結果、手作業で行っている圧縮率や乖離率を上回り、2%を切ることができました。また、量子コンピュータの計算は原理的に一定時間で終えることが可能で、今回の手作業で1時間ほど要している業務を数秒で終えることができるようになります。計算精度と計算時間の両立に大きな期待感を持てる結果となりました。
一方で、大きな課題も残りました。量子コンピュータの性能を測る指標の一つに量子ビット数というものがあります。量子ビット数はどれだけ大きな問題・データを処理することができるかの目安となります。現行の量子コンピュータであるD-Waveは量子ビット数が約5,000であり、現段階で16保障単位の契約データを計算することができました。しかし、実際に保有しているデータは2,000保障単位であり、現在の量子コンピュータの性能では業務全体を置き換えることはできませんでした。これは将来的な性能課題となります。
将来的に量子コンピュータの性能が改善されると、業務フローが改善されることも考えられます。このモデル・ポイント選定業務は繰り返し実施することでモデル・ポイントの精度を高めていきます。モデル・ポイントの選定を実施後に、そのモデル・ポイントの評価を行いますが、これはシステムに投入してから結果がでるまで数十時間を要します。そのため、この業務フローはモデル・ポイント選定 ⇒ モデル・ポイントの評価のためにシステムに投入 ⇒ 数十時間後に評価結果を確認 ⇒ モデル・ポイント選定 ⇒ ・・・ という流れになり、システムの稼働と人手稼働を交互に数十時間ごとに行うことになります。モデル・ポイント選定が量子コンピュータで完結することによって、業務完了まで人手を要しない業務となります。古典コンピュータは計算時間と計算精度のトレードオフにより難しいですが、量子コンピュータでなら人がより働きやすくなる業務構造の改革を行うこともできそうです。
量子コンピュータが成熟することにより、業務に量子コンピュータを適用でき、業務構造を変えていくことができると分かりました。
本検証では、現時点では古典コンピュータも量子コンピュータも業務適用は難しいものの、将来的に量子コンピュータが業務に対して有効な可能性があるという結果を得ました。
古典コンピュータはデータが多くなるとどうしても計算時間が爆発的に増加してしまいます。実際に200保障単位のデータ量に対しては、計算時間が1秒を下回りましたが、契約データ全件2,000保障単位に対しては数十秒の計算時間となり、計算時間が増加しました。しかし、実際の業務では数時間かけている作業を古典コンピュータは数十秒で計算することができており、古典コンピュータによる業務の代替は計算時間の面では良好に思えます。
一方で、計算時間ではなく計算精度に着目すると、古典コンピュータはアルゴリズムで計算時間を抑えるようにしてあり、その結果計算の精度がかなり悪くなりました。現行業務では圧縮率乖離率ともに2%程度の目標となっていますが、本検証では圧縮率15%乖離率45%という結果になりました。古典コンピュータは計算時間と計算精度が強いトレードオフ関係になっており、大量のデータを扱う業務では両立が難しいことが分かりました。
量子コンピュータで検証を実施した結果、手作業で行っている圧縮率や乖離率を上回り、2%を切ることができました。また、量子コンピュータの計算は原理的に一定時間で終えることが可能で、今回の手作業で1時間ほど要している業務を数秒で終えることができるようになります。計算精度と計算時間の両立に大きな期待感を持てる結果となりました。
一方で、大きな課題も残りました。量子コンピュータの性能を測る指標の一つに量子ビット数というものがあります。量子ビット数はどれだけ大きな問題・データを処理することができるかの目安となります。現行の量子コンピュータであるD-Waveは量子ビット数が約5,000であり、現段階で16保障単位の契約データを計算することができました。しかし、実際に保有しているデータは2,000保障単位であり、現在の量子コンピュータの性能では業務全体を置き換えることはできませんでした。これは将来的な性能課題となります。
将来的に量子コンピュータの性能が改善されると、業務フローが改善されることも考えられます。このモデル・ポイント選定業務は繰り返し実施することでモデル・ポイントの精度を高めていきます。モデル・ポイントの選定を実施後に、そのモデル・ポイントの評価を行いますが、これはシステムに投入してから結果がでるまで数十時間を要します。そのため、この業務フローはモデル・ポイント選定 ⇒ モデル・ポイントの評価のためにシステムに投入 ⇒ 数十時間後に評価結果を確認 ⇒ モデル・ポイント選定 ⇒ ・・・ という流れになり、システムの稼働と人手稼働を交互に数十時間ごとに行うことになります。モデル・ポイント選定が量子コンピュータで完結することによって、業務完了まで人手を要しない業務となります。古典コンピュータは計算時間と計算精度のトレードオフにより難しいですが、量子コンピュータでなら人がより働きやすくなる業務構造の改革を行うこともできそうです。
量子コンピュータが成熟することにより、業務に量子コンピュータを適用でき、業務構造を変えていくことができると分かりました。
量子コンピュータが描く保険業界の未来

今回、モデル・ポイント選定という保険計理業務を量子コンピュータで代替可能であると検証することができました。
一方で、大きな性能課題が残りました。量子コンピュータは技術発展が日々進んでおり、その開発スピードを考えるとこの性能課題は2030年~2035年に解決と見込まれます。
ただし、量子コンピュータはコスト面でも大きな課題を残します。現行のほとんどの量子コンピュータはクラウド提供の形をとっています。これらの利用には、おおよそ月当たり数十万、年間で数百万がかかります。また、量子コンピュータの計算時間自体は、現状は秒未満で、今後性能が上がるとマイクロ秒という世界になり、量子コンピュータの稼働率の低さも課題となり得ます。この課題を解決するには、従量課金のようなサービス提供形態に変わるのを待つか、多くの業務に量子コンピュータを適用して、量子コンピュータを使う場面を増やす必要があります。
2030年以降、高性能な量子コンピュータが登場することで、量子コンピュータの実用化も加速していくと考えます。今回は、日常的な業務が量子コンピュータによって置き換わり、より効率的でより高速に業務をこなすことが出来るかを検証しました。このように生命保険分野で大規模なシミュレーション以外のアプローチで通常業務に対して実際のデータを用いて量子コンピュータの適用検証を実施したことは前例のない試みであり、今後の量子コンピュータ実用化に向けて大きな意義となりました。
今回検証したユースケースのように、量子コンピュータだからこそ適用することができる業務は多く存在すると考えられます。より多くの業務が量子コンピュータに代替されることで、量子コンピュータの稼働率が上がりコスト面の課題も自然と克服されることになるでしょう。我々の社会は、量子コンピュータという新しい技術を活用することで、より効率的で精度の高いサービス提供を実現する時代へ移行する基盤を形成しつつあります。業務のあり方も徐々に量子コンピュータを中心に変容していくでしょう。この革新が実現する未来に向けて、現行の技術と連携しながら歩みを進めることが重要です。
一方で、大きな性能課題が残りました。量子コンピュータは技術発展が日々進んでおり、その開発スピードを考えるとこの性能課題は2030年~2035年に解決と見込まれます。
ただし、量子コンピュータはコスト面でも大きな課題を残します。現行のほとんどの量子コンピュータはクラウド提供の形をとっています。これらの利用には、おおよそ月当たり数十万、年間で数百万がかかります。また、量子コンピュータの計算時間自体は、現状は秒未満で、今後性能が上がるとマイクロ秒という世界になり、量子コンピュータの稼働率の低さも課題となり得ます。この課題を解決するには、従量課金のようなサービス提供形態に変わるのを待つか、多くの業務に量子コンピュータを適用して、量子コンピュータを使う場面を増やす必要があります。
2030年以降、高性能な量子コンピュータが登場することで、量子コンピュータの実用化も加速していくと考えます。今回は、日常的な業務が量子コンピュータによって置き換わり、より効率的でより高速に業務をこなすことが出来るかを検証しました。このように生命保険分野で大規模なシミュレーション以外のアプローチで通常業務に対して実際のデータを用いて量子コンピュータの適用検証を実施したことは前例のない試みであり、今後の量子コンピュータ実用化に向けて大きな意義となりました。
今回検証したユースケースのように、量子コンピュータだからこそ適用することができる業務は多く存在すると考えられます。より多くの業務が量子コンピュータに代替されることで、量子コンピュータの稼働率が上がりコスト面の課題も自然と克服されることになるでしょう。我々の社会は、量子コンピュータという新しい技術を活用することで、より効率的で精度の高いサービス提供を実現する時代へ移行する基盤を形成しつつあります。業務のあり方も徐々に量子コンピュータを中心に変容していくでしょう。この革新が実現する未来に向けて、現行の技術と連携しながら歩みを進めることが重要です。
この記事を書いた方
伊井海生(いい かいき)さん
株式会社NTTデータ Innovation技術部イノベーションセンタ シニアエキスパート
伊井海生(いい かいき)さん
株式会社NTTデータ Innovation技術部イノベーションセンタ シニアエキスパート
2023年10月、株式会社NTTデータグループに入社。入社以来、量子コンピュータやイジングマシン・数理最適化技術を用いた、先進技術活用による新規ビジネス創出に従事。


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