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事業成長担保権がもたらす融資業務の変化とは 実行面の課題や活用への期待

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金融機関から融資を受けるときに、必ずしも「目に見えるもの」ではない、企業の事業そのものの成長性を担保にする制度の議論が近年本格化しています。その流れから、2023年2月に事業価値に着目した担保制度として「事業成長担保権」の概要が公表されました。検討の背景には、不動産担保や個人保証に依存しない「事業性」に着目した融資実務を支える制度への期待の高まりがあります。また、事業成長担保権は、センサーデータ利活用の取り組みとの親和性や農林水産業における流通革命の可能性など、デジタル技術の活用という面でも期待できる制度です。事業成長担保権の概念や実務面の課題、将来的な活用について、金融法やIT法を専門分野として研究されている中央大学教授の杉浦宣彦さんにお話をお聞きします。

事業成長担保権の背景と目的

──新しい融資の形を支える制度として2023年2月に「事業成長担保権」の概要が公表され、注目されています。事業成長担保権の検討が進められている背景についてお聞かせください。

杉浦さん 金融機関の融資業務では、現行の担保法制のもと、土地や建物、設備などの言わば”可視性のあるもの”を担保として、その価値を基準に融資するのが基本的な考え方です。反面、可視性のある資産を十分に持たないベンチャー企業等が新規事業を立ち上げる際に、事業を評価してそれを担保のような形で捉えてもらうのは難しく、補助金やファンドに頼る必要があります。ずいぶん昔から、この従来型の担保によらない融資の方法について幅広く議論されていましたが、事業評価や将来予測の難しさから、二の足を踏むような状態でした。

このままではこれから生まれてくる新しいビジネスモデルに対応しきれず、新しく事業を起こす人たちに十分に資金供給できないのではないかという危機感もあり、今回ようやく満を持して事業成長担保権という新しい考え方を進めていくことになったのだと考えます。

事業成長担保権がもたらす金融機関の変化

──事業成長担保権の活用により、金融機関の融資業務がどのように変わると思われるかをお聞かせください。

杉浦さん 従来型の融資では担保評価額に基づき希望金額の融資可否を判断するという考え方が主流でしたが、事業性担保の場合、まずその事業の評価をどう算定するかというデューデリジェンスの部分にハードルが出てくるでしょう。新しく考案されたビジネスモデルなどは特に予測困難な要素がたくさんありますが、何かしらの将来を予測していく必要があります。過去の類似事業の記録をもとにどういう形で評価するのかなど、目利き力が要求されることが、金融機関の融資業務における大きな変化であり、課題になると思います。

また、新しい融資業務にはもう一つの大きな課題があり、価値評価が評価機関のあいだで著しく違わないようにしなければならないということです。事業の展開にはさまざまな要素が働きます。金融機関は毎四半期など一定の間隔で継続的にデューデリジェンスを実施する必要がありますが、評価元や評価時期によって結果にバラつきがあると、融資・投資額が正しいかどうかが判断できなくなります。最悪、事業担保そのものが信頼できなくなってしまうこともあり得ます。

当面のあいだはコンサル会社など第三者の評価機関に依頼してデューデリジェンスを行うのが妥当だと思いますが、評価機関をまるきり頼るのではなく、今回の制度は信託制度を活用するようですから、信託会社や金融機関自身でしっかり見極めながら第三者評価を活用していく手法の育成が近々の課題となるでしょう。

ほとんどの国内金融機関は事業成長担保権を活用したファイナンス手法についてこれから経験を積んでいくことになります。事業の評価額がある程度均一化され安定した事業評価を行うためのノウハウが形成されるまでには、それなりに年数がかかるかもしれないと考えています。

──そのような融資業務の変化によって、銀行員に求められるスキルセットや銀行経営はどのように変わると思われるかをお聞かせください。


杉浦さん これまで銀行員には、従来型の担保ベースの融資では事業そのものの理解があまり求められてきませんでした。今後は事業の理解はもちろん、ビジネスモデルの展開を予測するための経営学の知識やそれを活用するスキル、さらには事業そのものに関する法的知識も必要となり、行員はマルチな才能を持つビジネスパーソンになっていかなくてはならないと考えています。

その意味でいうと、これまでの銀行員像とは異なり、例えばビジネスモデルを理解しているコンサル出身の行員が活躍するなど人材の流動性向上につながる可能性がありますし、金融機関の人材育成方針も変える必要が出てくるでしょう。事業成長担保権が金融機関の組織運営に大きな影響を与えるのではないかと期待しています。

事業成長担保権の活用に向けた課題

──事業成長担保権の設立に向けては、今もさまざまな論点で議論が行われています。破綻時に利用する法制度や執行上の課題にはどのようなものがあるでしょうか。

杉浦さん 破綻時における執行制度がどうなるかが一番大きな課題でしょう。そこには事業をどのように担保に設定するのかという手続き上の問題もあります。また、法務省や金融庁の資料には、破産時は企業価値(清算価値)から優先弁済とありますが、現在の執行制度から考えてもどのように具体的な弁済内容や弁済順位を決めていくのかなど、関連する事務手続き等も含め、現行の制度とはかなり違うものになるかもしれません。そのため、執行制度が今後どのようなものになるか=使い勝手がよいものになるか注目されます。

また、実際に動いている事業における企業価値から弁済というのは、一部の事業を部分分解し弁済に充てるなどすれば、その事業で働く方々の保護も必要ですし、執行のやり方を間違えれば、企業価値がさらに落ちてしまう恐れもあるかもしれません。

──事業成長担保権による融資を望む企業側の目線では、どのような課題があるでしょうか。

杉浦さん
 まずは、将来予測まで見据えた過去からの事業の記録をもとに、きちんとした事業計画が立てられるかが実質的に大きな課題であると考えます。事業成長担保権はつまるところ成長性の話ですから将来の計画について証拠を出しながら説明していく必要があります。そのためには予測の基礎となるデータを確保する必要があります。ベンチャー企業が新しい事業を始める場合、連続性を持った過去データがありません。基本、この担保権を活用できるのは、将来キャッシュフローを算出できて企業価値があると判断できる企業に限られることになるわけですが、事業の価値評価を作り出すことの難易度は非常に高いと思います。
また、過去から今後のデータを積み上げて管理していくことを考えると、当然のことながら高度なデジタル技術を用いた保管や分析ツールが必要になりますから、そのようなシステムを誰がどのように構築できるか・・・という点も企業側に対応が求められるのではないかと思います。

次に、評価する事業の将来が最終的にどのようになるのかを常に意識する必要があるということです。融資実行時は価値があると判断されていても事業状況の変化によって急激に事業価値が下がってしまう可能性があります。

例えば大手自動車メーカーの主力車種について部品を納入している下請企業の場合、部品の受注が半永久的に続くかどうかは確約されていません。そもそも自動車メーカーが大幅なモデルチェンジや主力車種の製造終了を決定することもあり得ます。そのため、自社の事業に関連するビジネスライフサイクルを他社の動向も含めて把握し、事業価値を推し量らなければいけないのです。

そもそも事業担保権である以上、事業全体とその終了時の価値が問題となるので、事業開始段階の評価から終了時まで事業価値の変化がどのように発生するのかを予測・測定するのが、難しいところだと思います。

最後に、登記などの方法によっては、担保設定時の事業の内容がある程度外部に開示される形になる可能性もあることを考える必要があります。そうなると、事業の情報をオープンにすることになりますから、競合他社と激しい競争につながる可能性があり、知財・ノウハウの問題も含め、受託信託会社や金融機関がしっかり連携をとってビジネスモデルの優位性の維持や秘密情報の取り扱い方法に留意していく必要が出てくるかもしれません。

また、下請企業などの場合、仕入先企業の事業が失敗・低迷した場合に、引きずられて自社の事業も価値評価が下がってしまうという危険性があります。反面、多くの企業との取引を通じてリスク分散できているかどうかもポイントになるわけで、各企業の真の実力がこの権利の活用の過程ではっきりしてくるかもしれません。このような企業間の複雑な取引関係も事業価値に織り込んでいく必要があります。

事業成長担保権とデジタル技術の関わり

──事業成長担保権を用いた新しい融資の仕組みづくりに、デジタル技術はどのように関わると思われるかをお聞かせください。

杉浦さん まず、データ利活用の取り組みは事業成長担保権と相性がよいと考えられます。対象とする事業がどういう状態にあるのかが分かるということは非常に大事で、例えばNTTデータが協力されている事業でもタグ一つで牛の行動をモニタリング・分析して死亡率低下に役立てるというソリューションの事例がありますね。事業の評価のためには膨大なデータを取得する必要がありますし、取得したデータをどう利用するかというのも重要なポイントだと考えます。
https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2022/090100/

そして、将来的に担保権という権利を売り買いすることを考慮すると、データ化された電子帳票の形式が採られているほうがよいだろうと考えています。担保権の内容を分かりやすく伝えるための付属情報についてどのように記入するか等の技術的な実装方法は十分検討されるべきです。そこはITベンダーの力の見せどころではないでしょうか。

例えば、新しい事業を始めますという表面的な情報だけではなく、事業計画や過去の実績、将来予測といった、担保権に付属するさまざまな情報をどう見せるかによって事業評価の結果は少なからず変わります。そういった投資家サイドから見たときの分かりやすさというのはすごく大事で、今回の事業成長担保権においても、背景を分かりやすくデジタル化し効率的に開示・説明できるツールが作成され、その権利を売買する方法が模索・確立されるのではないかと期待しています。

──融資業務以外における、事業成長担保権とデジタル技術の関わりについてお聞かせください。

杉浦さん 事業成長担保権については、農産物流通の革命にもつながる可能性があると考えています。かつて日本では、食糧供給の安定を目的に設立された食糧管理法に基づき、全国農業協同組合連合会(JA全農)が全国の農産物流通の指揮役を実質上務めていた時期もありました。市場の自由化や時代の状況・要請が変わったとはいえ、農産物流通を管理する仕組みがなく、情報のデジタル化が遅れた結果、農産物が特定の地域に偏ってしまい余りが発生したり、逆に他の地域で不足が発生したりといった非効率なことも起こっています。

しかし、事業成長担保権の枠組みの導入を契機に農産物の在庫や取引価格を電子的に管理するようになれば、農産物の量と価格情報を全国的に共有できる流れが生まれ、農産物価格を一覧化したデジタル帳簿のようなものが実現するかもしれません。仮にそれが実現できた場合、農家、JA、流通業者は今よりももっと自由にかつ、自律的に農産物を流通させられるようになり、ついては価格の変動幅に幾ばくかの影響を与えることができるのではないかと考えます。

また、近頃は消費者の嗜好が多様化・具体化されており、例えば魚を購入する際に、特定の漁場で獲れたアジを指定して購入したいと考える消費者も存在します。日本全国に広がる消費者の関心に対応するためには、今のように特定の仲買人や卸商社が主体となって配分する形式だけではなく、消費者が直接産地や市場にアクセスできるケースもより必要になってくるのではないかと考えています。地域の農林水産業者にとっても、生産物をどんどん日本全国や海外の市場へ売り出していくのを考えたとき、デジタル技術の活用が必須になります。

このように、事業成長担保権が一つのよいきっかけとなり農林水産業におけるデジタル化とイノベーションの進展の機運が高まるのではないかと期待しています。

事業成長担保権の将来的な展望

──ユースケースの検討において、事業成長担保権の活用が期待される業界についてお聞かせください。

杉浦さん 農業分野、特に野菜工場のような分野では栽培開始から収穫までのプロセスがある程度確立されており、3~4年後までの精緻な事業予測が可能です。例えば水耕栽培の野菜や果実は、温度管理の結果、どれくらいの糖度の生産物ができるかが把握されています。実際、もともと農業ではすでに生産計画をもとに融資をする融資形態が存在しています。過去からの事業の記録も豊富ですし高い精度で将来予測が行われていますから、事業成長担保権についても比較的活用しやすい業界かもしれません。

──企業にとって、事業立ち上げ段階の資金調達以外で事業成長担保権の活用が期待できる領域はありますか。

杉浦さん 融資や投資のために事業の成長性を基本に担保権化する制度ですから、その事業に対して単なる夢ではなく、事業性を評価し投資したいという投資家が現れれば、事業を応援するための一つの手段として事業成長担保権を活用できるかもしれないと考えています。事業成長担保権はその中身が評価されれば、マーケティングにも使えるでしょうし、中小企業やベンチャー企業だけではなく、大企業にとっても有用かもしれません。

例えばアミューズメント業界においては大規模な資金調達と広告宣伝が重要だと思われます。このようなケースに事業成長担保権を利用し担保を設定することで事業内容を把握しやすい形が作れ、法制度に基づき資金回収できる形ができれば、一つの事業計画に対して一般の投資家が応援できるような投資商品ができるかもしれません。法制度や権利関係の裏付けに違いはありますが、クラウドファンディングに近い考え方ですね。

また、先ほど企業側における担保設定時の課題をお話ししましたが、逆に、担保設定されていることによって第三者目線での事業価値を把握しやすいというメリットもあります。例えば、事業譲渡やM&Aの局面でも事業成長担保権が設定されていることで、その価値評価に役立つかもしれません。

──最後に、事業成長担保権の活用に対する期待や今後の展開をお聞かせください。

杉浦さん これまでは事業性を評価するという考え方がなかったがために、新規に事業の立ち上げを望む企業は資金調達に苦労されていました。しかし、この度の事業成長担保権が議論のきっかけになって新しい資金調達方法が増え、金融機関の融資ノウハウのレベルや新たな金融商品の開発力が向上すると予測されています。事業成長担保権の活用によって日本の金融機関のビジネスモデルが新しいスタイルに進化することを期待しています。

一方で、これまでお話ししたように、事業成長担保権を実際に利用するにあたっては未ださまざまな課題が残っています。担保権執行時にどういう形で資金を回収するのか、どのように担保として設定し、融資実行時にはどういうルールで資金を投資するのかといった論点について、今後法務省や金融庁主導の議論の中身が適宜明らかになると思います。実務運用がどのようなものになるのか、その内容が早く明らかになっていくことを期待するところですし、金融機関や活用に可能性を見出している業者も検討・研究を進めていく必要があると考えます。

杉浦 宣彦 さん
中央大学 ビジネススクール 大学院戦略経営研究科 教授

中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))。香港上海銀行、金融庁金融研究センター研究官、JPモルガン証券シニアリーガルアドバイザーを経て、現職。金融法、IT法、コーポレートガバナンス論が主要な研究分野だが、積極的にビジネスの現場にも関わり、(株)サンドラッグ社外取締役を務めるとともに、農業分野でもJAグループの自己改革会議に関する有識者会議座長等を務める。また、金融庁・消費者庁「多重債務問題及び消費者向け金融等に関する懇談会」構成員。
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。

金融商品取引所に新卒入社し、市場運営業務に従事したのち、システム運用部門に転属。システム運用業務の迅速性・正確性向上のためAIやRPA等のPoCを推進するなかで、技術動向把握やDXノウハウ獲得の必要性を実感し、NTTデータに出向。金融×デジタルを切り口としたトレンド調査や情報発信、顧客へのビジネス企画提案など、新規ビジネス創出関連の業務に幅広く取り組む。

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