地方を拠点とした「古書ビジネス」
こうした地方を拠点とした「古書ビジネス」という事業に目を付けたのはなぜでしょうか?
5,000冊を回収して約半分を売りさばきましたが、残りをどうしようかと思っていたときに当時まだ一般的ではなかった中古商品のフリマサイトに出品してみました。
教科書というより一般専門書として全国に売れることが分かり、中古専門書を中心とした通販特化型ビジネスとして会社を設立することにしました。
東京都文京区の雑居ビルの狭い地下を格安で借りて学生5人でのスタートでした。5年ほど東京でやっていましたが限界も感じていたところ、大学で地域産業研究のゼミに所属しており地方を拠点とするビジネスの可能性に気づき始めていました。
大学院に進学し、当時研究室が島根県の産業創出の取り組みについてフィールド調査をしており毎月通う日々だったこと、父親も島根県出身であったことから縁を感じ、そのまま本社まるごと島根県に移転させることにしました。
東京に比べて家賃は100分の1。回転率の悪い専門書は倉庫代が悩みのタネでしたが過疎地のデメリットを逆手に取る発想で事業は拡大していきました。
島根の現場に身をおいているうちに地域の「担い手」不足の深刻さに気づくようになりました。40~50代の数少ない若手に自治会、見守り、地域の共同作業などさまざまな役が集中してしまっている。
かたや地域を見回してみると自身の趣味や特技でなにかしてみたい、人の役に立ちたいと思っている人が多くいることに気づきました。
ただ、自身の空き時間を活用して実践したいが、地域の既存の活動の枠組みでは難しいと感じている。
多くは子育て中の方や、普段は仕事をしていて週末に時間のある人、そしてシニア層です。なにかしてみたいけれど、何から初めたらいいかわからない。
そんな人達を勝手に「週末ヒーロー」と呼ぶことにしまして、簡単な企画書づくりやプレゼンづくりではじめの一歩を後押しする取り組みを始めました。
約半年間にわたり、月1回の連続講座方式を採り、2011年に島根県で始めて今では全国28ヶ所に広がりました。週末は全国のどこかにいる生活をしています。
慢性的な赤字にある千葉県の三セク鉄道会社「いすみ鉄道」の新たな収益源として、古書の寄付で鉄道を応援できるプロジェクト「い鉄ブックス」がスタートし、2020年のスタートから既に4万冊の寄付を集めるまでになっています。
弊社のネット通販在庫も5万冊ほど移動し、地元のパートさん7名を雇用する体制ができました。
全国への発送を待つ通販在庫
まちづくりとの融合
大きくは儲からないけれどそこに小さな仕事が作り出せる。そうやってまずは人の流れを作り出してみて、ある程度やってみてから、じゃあ本格的にその場の活用方法を考えてみようか、となればいいんじゃないかと思っています。
人々の価値観が多様化する中で深刻な社会課題も数多く顕在化している世の中です。このような課題に目を向け解決の糸口を探っていくことで画期的なソーシャルビジネスが数多く生まれています。
そんな中に次世代のビジネスの種は多く埋まっていると思います。そうやってサステナビリティというものに向き合っていくこと自体が大事なのかなと考えています。
でも、島根県での実績やいすみ鉄道連携など、Amazonプラットフォームを活用した“繋ぐ力”の威力、英国でも古書事業で町おこしに成功した例があることも知りました。
書棚で眠っていた本が活性化して、障がい者活躍と地域創生をもたらす、素晴らしい取組だと今は思っています。
古書事業とまちづくりの事業は弊社でも別物として扱っていたのですが、創業20年以上、地方へ移転してからも15年以上が経ちまして、両者が融合しつつあります。
那須で出会った古書ビジネスと障がい者活躍
私自身が東京の海城学園出身だったということもあり、2017年頃から那須海城学園の跡地活用検討委員会のメンバーとして加えていただいていました。学園理事長の「跡地を現代の知のアトリエとして再生したい」との願いをくみとり、アイディアを議論していきました。
まさか自身が主力メンバーになるとは思っていませんでしたが、地域の担い手育成モデル、そして古書寄付モデルに興味を持ってもらったこともあり、まずは跡地に動きを作ろうということになり、2022年9月に「NPO法人 知のアトリエ」が設立となり理事長の職を拝命しました。
那須町周辺そして都市部在住の人々に新しい学びに触れる機会を創出し、自身の能力や余暇を活かした研究・創作活動の場を提供することで、現代の新たな「知のアトリエ」を那須町に創出する活動を進めていきたいと考えています。
廃校となりましたが、知のアトリエとして再出発を決めた時、現地の施設管理と古書の登録・出入荷を引き受けることになったのは自然な流れだったと思います。
当事業所にとって牧場業務以外の幅出しを狙う意味もありました。
今回は首都圏のNTTデータグループで働く皆さんが寄付した本が那須で障がいを持つ人々に仕事の機会を生み出しました。
2023年春には都市部からの大学生8名を対象として、キャンパス跡地の活用方法を考える2泊3日のアイディアツアーを開催予定です。
企業の先進的な試験研究の場としても活用を進めており、グラウンドでは近所の牧場さんによる「牛がつくる地域循環プロジェクト」と題して、グラウンド牧草地化に向けたチャレンジが進んでいます。
また、造園業の事業承継を支援する一般社団法人が設立準備中となっており、さまざまな方がこの場所で新たな動きを模索してくれています。
農業と福祉の連携ですが、知的障がいや精神障がいの人々が働く場として自然を相手にする農業は注目されています。
当社は6次酪農を営む森林ノ牧場株式会社のパートナーとして牛の世話から乳製品製造まで広く同社の業務に携わっています。
牧場に隣接する高齢者住宅の清掃、廃校になった小学校を地域拠点として再生した那須まちづくり広場の清掃にも当たっています。
那須地域で当社は森林ノ牧場、那須まちづくり広場、知のアトリエ、焼き菓子を製造委託する菓子工房くるみの森など共生の仲間がいます。
ここには日本の社会課題に取り組む縮図があります。人財・組織力の最大化やサステナビリティ経営に取り組むさまざまなチームに訪れてもらい、お客様を含めたチームビルディングの場に活用してもらえたらと、ご案内を準備しています。
菅家さん NTTデータが業務のDX化を進める中で、オンサイトとオフサイトの両面で障がい者の職域を増やしたい、そのため彼らのワークやライフを知ってもらう発信と交流を強化しています。制度やツールやジョブコーチが彼らの「働く」を支援してきましたが、協働の職場をさらに広げる上で、理解者を増やすことが大事だからです。
菅家さん 視察やチームビルディング目的で那須にお越しになる皆様に、障がいに関する基礎知識や体験を提供することで、理解の浸透と行動変容のきっかけが生まれれば、と考えています。
“Diversity, Equity and Inclusion”すなわち“多様な個を公平に受容”ですが、公平(Equity)とは何でしょう? 平等(Equality)は近代社会が確立した重要な理念ですが、個人の社会参加は事情に応じ公平に支援されるべき、それが“お互いさま”で支えあう共生社会、ということだろうと思います。
金融の世界でEquityといえば資本。担保に優先順位があるDebt(負債)と違い資本はリスクを「公平」に引受けます。 法律の場合は、コモンローの法体系を持つ英国で、杓子定規の判決とならないようエクイティローが「公平」を保つと聞きました。
DEIは人権をベースに置きつつ、変化を乗り越え豊かで調和のとれた社会実現への道で、企業が果たす役割もそこにあるとされます。
つまりDEIを促す公平の仕掛けをツールやシステムとして創造するのが企業であり、さまざまな障がい=バリアを乗り越え社会経済活動への参加者が増えることで、SDGs・持続的経済成長が実現するという考え方なのだと思います。
少し長くなりましたが、NTTデータグループがお客様と共にそうした働きを進める企業集団に進化する、その気づきに役に立ちたい。先に述べた当社の障がい者活躍への取り組みの狙いもそこにあります。
多くの人々に支えられる当社だからこそ、事業を通じた社会課題解決に取り組むNTTデータグループに気付きの場を提供して“人々を支えるだいち”をめざす、これが当社のビジョンです。
地域で新規ビジネスを実践するということ
都会では三軍、田舎では即一軍。都市部にいると多くの優秀な人に埋もれてしまいがちですが、田舎は若い人が少ない。偉い方にもすぐに会えるし、そうした中で自身の経験値を高めていけたと思っています。
反面、地方はもともとパイが限られていることもあり、よくビジネスモデルを考えないと都市部以上に苛烈な競争となってしまうことがあります。
優れたアイディアで地元企業や行政から仕事を獲得できたとしても、何年か先には誰かがさらに上を行くアイディアを編み出しているかもしれない。そして、その相手もお互いに知った顔であることがほとんどです。そういう環境が苦手な人には難しいかもしれませんね。
あったらいいなと地元の人々は思っているけれどもみんな忙しくてなかなかやる余裕がない、そんなところに私がふらりと現れて、あなたはここを協力してくれ、あなたはこういうところを見ておいてくれと人と人をつないで今までなかったものを組み上げていくのが一つの仕事だと思っています。
すぐにお金にならないことも多く、雇用創出効果や関連するイベント等での経済効果、事業が実現することで流出を防止できる社会損失効果などを粘り強く説明していく姿勢が求められます。
そして、実現してみんなが喜んでいる頃には私は既に必要とされなくなっていてとても寂しい(笑)、でもそういうのすら楽しめる人は向いているかもしれませんね。
そんなミライを目指して新規事業を楽しみながら育てているお二人に、今日はたくさんのヒントをいただきました。オクトノット読者のみなさんの参考になれば幸いです。
尾野 寛明(おの ひろあき)さん
菅家 裕(かんけ ひろし)さん
株式会社NTTデータだいち 代表取締役社長
NTTデータ創設から銀行営業や財務・経営管理部門を経験し、
NTTデータ四国、NTTデータマネジメントサービスを経て現職
福島県出身
学生時代にエコカレッジを創業し、現在は島根県仁多郡奥出雲町三沢の本社から全国を駆け回る社会企業家。NPO法人 知のアトリエ理事長の他にも各地で歴任。総務省 地域力創造アドバイザー
一橋大学大学院商学研究科日本企業研究センター研究員等を経て、現島根県中山間地域研究センター客員研究員
埼玉県生まれだが、父は島根県出身