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金融機関におけるアプリ活用のポイントとは?
デジタルマーケティングには対面から非対面のチャネルにシフトする『顧客接点の変化』と、得られた情報を活用して顧客の理解を深める『顧客理解の深化』という2つの観点があり、ともに重要だと考えています。デジタルチャネルといえば、まず分かりやすいのがアプリです。最近では金融機関がお客様との新しい接点としてアプリに力を入れるケースも多くなってきましたが、アプリを導入する上では何がポイントになりますか。
(※)出典:インフキュリオン調査資料(https://insight.infcurion.com/business/japan-cashless-payment-2021/)
内田さん まず、なぜアプリなのかという観点ですが、ほとんどの人がスマホを保持していることに加え、ウェブブラウザよりもアプリの利用時間が長く、有効なチャネルとなっていることが背景にあります。アプリの活用に当たっては、他のチャネルと連携させつつ、ユーザーにはアプリを通じて魅力的な体験やコンテンツを提供していくことが重要です。
アプリはオウンドメディアの中でも極めて有効なツールですから、例えば他のチャネル経由でアプリの認知度を上げて、極力アプリに寄せて顧客を育成していく考え方もあります。アプリに寄せてユーザーが増加すればデータを取得しやすくなり、レコメンド精度が向上するため、金融商品の売上の向上にも繋がります。また、リソースをアプリに集約することで、コスト最適化を図ることもできます。
そうして考えると、アプリの成功には機能やデザイン等の表面的な部分も重要ですが、下支えする施策や、体制整備・維持も重要です。
青柳さん 実際に運用を始めてから意識すべきことはありますか。
内田さん アプリのリリース後、どうなったら成功なのかが不明瞭なまま運用されているケースが意外と多いです。アプリの取引量を増やしたいなら、必要なKPIを設定し、施策およびレビューを回していくのが重要です。また、ユーザーのステージを定義することも大事です。
アプリの認知やダウンロード促進については、ダウンロード・口座連携したら現金が当たるといったキャンペーンも有効ですが、店頭でのアプリの訴求や、アプリストアでのレビューの評価の対策などの地道な対応も有効です。その際には、どこからダウンロードされたか計測できる機能を活用するのも有効です。その後は、口座連携まで繋げ、しっかりユーザーになってもらうことが大事です。
アクティブ化の促進・ユーザー離脱の防止も重要であり、そのためには、ダウンロード後にもプッシュ型でコミュニケーションすることで、エンゲージメントを強化していくことも必要です。アプリにより取得できる口座情報以外のデータも活用して、最適なタイミングで顧客とOne to Oneでコミュニケーションを図っていくこともできます。ユーザーが増加すれば、広告などの新ビジネスの展開も考えていくこともできます。
内田さん はい、ただし、金融機能の提供のみならず、アプリの設計やマーケティング機能に係るサポートも合わせ技で提供していくことが大事です。自社アプリへの決済機能導入を検討している企業と会話すると「どのくらい効果が出るのか」、「その前に集客したい」といったことを言われることが多いです。他社に金融機能を提供して得られるノウハウを活用するという視点も重要です。金融と他業態の垣根やオンラインとオフラインの垣根がなくなってきていることにも着目したいですね。
青柳さん アプリは構築しておしまいではなく、構築してからが重要だということがよく分かりました。従来、アプリ運用は金融機関があまり取り組んでこなかった領域ですが、お二人は今のトレンドをどのように見ていますか。
内田さん 現状はアプリがユーザーに認知され始めたステージで、これからはユーザーとのコミュニケーションが大事になるフェーズに入っていくと思います。ダウンロード数を増やすのも重要ですが、アプリで何を目指すか、どうしたら成功と言えるのかを、改めて考えてみると次の一手が見えてくるのではないでしょうか。
川田さん リアルのビジネスとアプリの間に少し乖離があるような気がします。アプリで新ビジネスを構築していく際には、単純に今の業務をデジタル化するのではなく、もう一歩踏み込めるともっと価値が高まると思います。システム現場と企画部門が上手く融合できるともっと面白いことができると思います。
青柳さん デジタルの世界では「パーソナライズ」という単語がよく使われますが、顧客によって最適なサービスは異なるものです。フルバンキングの機能を利用したい人もいれば、残高照会やQR決済ができれば充分という人もいます。
アプリ運用において、バンキングアプリに寄せると機能拡張が遅くなり、個別機能でアプリ化するとバラバラ感が出てしまう。金融業界の方と話すと、その分け方をどう考えればよいのかという悩みをお持ちの方も多いです。
内田さん アプリの目的と対象ユーザーをどう設定するかという観点が大事だと思います。残高確認だけできればいいというユーザーもいますが、一方では、振込や送金もしたいという場合もあります。初期ユーザーと熟練ユーザーに区分けしてそれぞれ展開していくのか、あるいは、仕組みとしては1つにして、使い方に応じて機能が変わってくる仕組みに設計するのか、目的次第だと思います。
一番避けたいのは「他の会社もこの機能を入れているから」という理由で色々な機能を入れてしまい何のためのアプリか分からなくなるという事態です。ユーザーも混乱してしまうため、バランスが重要ですね。
青柳さん 金融機関のリアルチャネルにも同じようなことが起きているのかもしれませんね。例えば、金融機関の店舗も昔はフルスペック型ばかりでしたが、最近はお金を取り扱わない軽量店舗が登場しています。その中間もありますよね。
「さるぼぼコイン」に見る地域社会を巻き込んだデジタルマーケティング
川田さん 岐阜県飛騨高山の『さるぼぼコイン』は、人口減少に伴い地域経済がシュリンクしていく中で、どうすれば地域を活性化できるかを、主な目的として開始しました。単発のプレミアム商品券などとは異なり、持続的なビジネスモデルの設計や運用を含めた体制整備が必要なため、全国的にも珍しい事例だと思います。
近年はPayPayの普及に伴いQRコード決済の認知も広がっており、事業者側の受入もスムーズになってきています。コロナ禍では経済振興を目的にプレミアム商品券を採用する例もありますが、ばら撒き的な手段は結局の経済効果が大きくありません。『さるぼぼコイン』のようなデジタル通貨なら、使用できる店舗を限定したり、住民の生活状況で割合を変えたりするなどの工夫をプログラムで実現できます。経済効果を高めるチューニングができて面白いところですね。
川田さん 先払いクーポンや行政によるポイント付与、民間ポイントなどとの連携施策のほか、観光面での支援や商店街と協力したキャンペーンなども考えられます。例えば『さるぼぼコインタウン』という特設サイトでは『さるぼぼコイン』でしか買えない「裏メニュー」を取り扱っています。事業者の創意工夫を促す仕掛けになっていてすごく面白いと思います。
その他の例だと『せたがやPay』では商店街でのイベント開催や、高齢者などを対象としたサポートも実施しています。こうしたきめ細やかな取組みも非常に重要で、そのためには本部機能と現場の営業部門を一気通貫で繋げる体制構築が非常に大事です。
これはとても大変ですが、金融機関側にも地域事業者の潜在的・顕在的なニーズについて理解を深められたり、事業者とリレーションシップを構築できたりするメリットがあります。
青柳さん 昨今求められている、地域社会のDXを引っ張っていくという金融機関の役割にもつながっていきそうですね。
企業だけでなく、自治体との協力も重要です。例えば、地域ポイントや行政ポイントなどの制度と連携することで、ボランティアや健康イベントへの参加でポイント付与する施策があります。紙ベースだとコストや手間がかかりますが、地域通貨が普及していれば相乗りできます。また、地域でアプリが浸透していれば、災害時の情報配信や、復興時の寄付金・義援金募集のプラットフォームとしても活用できると思います。
青柳さん 『さるぼぼコイン』はどのようなきっかけで立ち上げられたのですか。
川田さん もともと飛騨信用組合が地域金融としての在り方を議論する中で、地域通貨というテーマが挙がっていました。そんな中で私自身、飛騨信用組合にたまたま知人がいたことや、地縁があり地域貢献したいという思いが生じ、意気投合したのがきっかけです。人口減少に伴い経済もシュリンクしてくのではという危機感にも背中を押されました。その後、波に乗っかって色々取り組む中で、どんどんアイデアが膨らんでいったという感じです。
青柳さん 加盟店開拓のハードルの高さを感じる金融機関も多いと思います。実際に色々取組みをされている川田さんの視点からはどのように見えていますか。
川田さん プレミアム商品券などの事業をすると、事業者は積極的に参加してくれる印象です。単に行政から請け負っているというスタンスになってしまうのでなく、後押ししてくれる波を上手く利用して推進できるとよいと感じます。個人だけで努力するのも限界があるので、組織として動けるのも重要だと思います。
青柳さん 川田さんの地域通貨の取組みは、金融機関や自治体など多くの関係者と連携していますが、その点で難しさはありますか。
川田さん 当然ながら、関係者が多くなるにつれて調整が大変になります。それぞれの組織の目的が違うからです。組織の枠を超えた大義や目的を設定し、それぞれの組織のゴールを紡いでいくことが大事です。それが上手くできないと、遠回りしてしまうことが多い印象です。
今後の展望
内田さん 金融機関は自社アプリを進化させていき、アプリを通じて顧客をより深く理解していくことで、最適なコミュニケーションを可能にしていくことが重要です。
さらに近年は、BaaSという言葉を目にする機会も増えているように、色々な業種の企業に金融機能を展開したり、組み込んでいったりするという視点も必要です。その際には、金融機能を組み込むことによるリスクを考える必要性も出てきます。金融機関は金融機能の提供に加えて、取引先企業のアプリをどのように成功させていくかということも、ビジネスパートナーとして考えていく必要があるのかなと思っています。
川田さん 決済で流れるフローのお金に加えて、ストックで貯まっているお金、例えば寄付やクラウドファンディング、将来的には証券トークンやソーシャルインパクトボンドなども、地域内で循環するスキームにできるとよいですね。行政のDXは今後も継続していく流れだと認識しています。
当社は自治体と協業する機会が多いので、マイナンバーの活用等、行政の業務を効率化したり、住民の利便性を向上・発展させたりすることが目標になります。また、当社はスーパーシティやスマートシティなどの取組みにも参加しています。さまざまな方と連携しながら、中小事業者や地域のDXおよびデジタル活用による効率化にも貢献していきたいですね。
内田 智英 さん
株式会社アイリッジ 営業本部 ビジネスパートナー部 テレコム&フィナンシャルグループ長(取材当時)
記事公開日現在:営業本部 ビジネスパートナー部 アライアンス戦略グループ長
NTTデータ経営研究所にて、BPR、新規事業開発支援等、多数のコンサルティングプロジェクト従事。その後、アイリッジへ入社し、大手企業を中心に、O2O/OMOアプリの企画・コンサルティングや、アライアンス推進、新規サービス企画業務に従事。
アプリの立ち上げ時に担当した主な案件としては、大手ショッピングセンターアプリ、大手ドラッグストアアプリ、リユース関連企業アプリ等であり、現在は主に、FANSHIP SDK提供中心に、メガバンクアプリ、地銀アプリ、信金アプリ、流通系金融会社アプリ、ノンバンク企業アプリ等を担当。
アイリッジ(https://iridge.jp/)
川田 修平 さん
株式会社フィノバレー 代表取締役社長
PwCコンサルティングでERPシステムのコンサルタント、ボストン・コンサルティング・グループで戦略コンサルタントとしてプロジェクトを推進。GEコンシューマーファイナンスで保険事業を担当した後、SMS(医療介護業界ベンチャー)を経て、アイリッジ入社。アイリッジでは、営業と新規事業開発を担当し、FinTech、決済領域でのプロジェクトを推進。その後、デジタル地域通貨を中心としたFinTech事業を子会社化し、「フィノバレー」を設立。
フィノバレー(https://finnovalley.jp/)
青柳 雄一 さん
株式会社NTTデータ バンキング統括本部 OSA推進室 部長
入社以来、数多くの金融系新規サービス立ち上げに従事。2015年からはオープンイノベーション事業にも携わり、FinTechへの取り組みを通じて、複数の金融機関のデジタル変革活動を推進。NTTデータのデジタル組織立ち上げ、デジタル人財戦略策定/育成施策も実行。現在は当社金融分野の新デジタル戦略、外部連携戦略策定・実行にも従事。2021年10月にリリースした金融APIマーケットプレイス「API gallery」の推進をリード。
API Gallery(https://api-gallery.com/)
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。