AIがもたらす「究極の自動化」への移行
近年、「Agentic AI」という言葉を目にする機会が増えてきました。「Agentic AI」とは、AIがその都度人に指示されなくても、あらかじめ示された目的に沿って、自分で判断しながら動く仕組みのことです。業務の一部を任せられる存在として期待を集めています。
ただし、Agentic AIもあくまでAI技術の進展における一つの通過点に過ぎません。本質的な変化は、AIが賢くなることではなく、人が担ってきた判断や実行のプロセスそのものが、利用者や社会から意識されなくなっていく点にあります。
この考えは、モノ作りの分野ではすでに受け入れられています。例えば研究開発の現場では、人が立ち会わなくても実験から廃棄までを自律的に行う無人ラボが稼働し、人手によるミスをなくしています。製造業では、無人を前提としたことにより工場から照明や空調が無くなりました。建設分野では、人が送った設計データをもとに現場の巨大な3Dプリンタが超短期間で家を建てる事例も出てきています。
これらの事例が示しているのは、単なる作業負荷の軽減ではありません。人が関わっていた工程自体が、社会の表側から消えているという点です。こうした流れは、モノを消費する分野―小売や金融の領域にも広がっていくと考えられます。
ただし、Agentic AIもあくまでAI技術の進展における一つの通過点に過ぎません。本質的な変化は、AIが賢くなることではなく、人が担ってきた判断や実行のプロセスそのものが、利用者や社会から意識されなくなっていく点にあります。
この考えは、モノ作りの分野ではすでに受け入れられています。例えば研究開発の現場では、人が立ち会わなくても実験から廃棄までを自律的に行う無人ラボが稼働し、人手によるミスをなくしています。製造業では、無人を前提としたことにより工場から照明や空調が無くなりました。建設分野では、人が送った設計データをもとに現場の巨大な3Dプリンタが超短期間で家を建てる事例も出てきています。
これらの事例が示しているのは、単なる作業負荷の軽減ではありません。人が関わっていた工程自体が、社会の表側から消えているという点です。こうした流れは、モノを消費する分野―小売や金融の領域にも広がっていくと考えられます。
小売と金融の重なり合う新しい購買体験
例えば、「最近寒くなってきた」と感じたとき、商品を探すことや購入手続きをすることなく、自宅に暖房器具が届く。こうした体験はまだ一般的とは言えないものの、技術的には現実味を帯びつつあります。
AIは、顧客の行動履歴や発言、過去の購買傾向、生活の文脈などをもとに「意図」を推定します。その上で、商品選定、在庫の引き当て、配送方法の選択、支払い、保証の付与までを一連の流れとして処理します。この過程で、金融機能が前面に現れることはほとんどありません。KYCや不正検知、決済、与信、保証といった機能は、利用者に意識されることなく、小売体験の裏側で静かに支えています。
結果として、顧客が感じるのは「買った」「支払った」という行為ではなく、「自分で選んだという自覚すらないまま、必要なものがちょうどよいタイミングで手元にある」という体験そのものです。 このような世界では、小売と金融を明確に分けて捉えること自体が、あまり意味を持たなくなっていくのかもしれません。
AIは、顧客の行動履歴や発言、過去の購買傾向、生活の文脈などをもとに「意図」を推定します。その上で、商品選定、在庫の引き当て、配送方法の選択、支払い、保証の付与までを一連の流れとして処理します。この過程で、金融機能が前面に現れることはほとんどありません。KYCや不正検知、決済、与信、保証といった機能は、利用者に意識されることなく、小売体験の裏側で静かに支えています。
結果として、顧客が感じるのは「買った」「支払った」という行為ではなく、「自分で選んだという自覚すらないまま、必要なものがちょうどよいタイミングで手元にある」という体験そのものです。 このような世界では、小売と金融を明確に分けて捉えること自体が、あまり意味を持たなくなっていくのかもしれません。
新たに登場する「ブラックボックス化」と「コモディティ化」という課題
もっとも、こうした自動化が、社会にそのまま受け入れられるとは限りません。むしろ、そこにはさまざまな不安や疑問が伴います。生活者の立場からすると、「なぜその商品が選ばれたのか分からない」「意図しない高額な購入が行われないか」「トラブルが起きたとき、誰が責任を負うのか」といった懸念が自然に生じます。これは、AIの判断や処理の過程が見えにくくなり、仕組みそのものがブラックボックス化していく中で生まれる不安とも言えるでしょう。言い換えれば、仕組みや判断の理由が分からず、自分では手出しできないと感じる感覚です。
一方で、企業側にとっては、より構造的で深刻な課題が生じます。 AIが購買判断を担うようになると、ブランドや店舗への愛着といった要素が意思決定に反映されにくくなり、商品やサービスが単なる選択肢の一つとして扱われるリスクが高まります。これは、ビジネスのコモディティ化につながりかねません。さらに言えば、これまで時間をかけて築き上げてきたブランド価値が埋没し、ビジネスの持続性そのものが問われるという壁にも直面する可能性があります。
技術的に可能であることと、社会に受け入れられることの間には大きな隔たりがあります。それを埋めるためには、信頼をどのように設計するかという視点が欠かせません。
一方で、企業側にとっては、より構造的で深刻な課題が生じます。 AIが購買判断を担うようになると、ブランドや店舗への愛着といった要素が意思決定に反映されにくくなり、商品やサービスが単なる選択肢の一つとして扱われるリスクが高まります。これは、ビジネスのコモディティ化につながりかねません。さらに言えば、これまで時間をかけて築き上げてきたブランド価値が埋没し、ビジネスの持続性そのものが問われるという壁にも直面する可能性があります。
技術的に可能であることと、社会に受け入れられることの間には大きな隔たりがあります。それを埋めるためには、信頼をどのように設計するかという視点が欠かせません。

究極の自動化時代に必要な3つの基盤:構造・信頼・協調
前章で見てきたように、自動化が進むほど、生活者には不安が、企業にはコモディティ化のリスクが生まれます。では、これらをどのように乗り越えていけばよいのでしょうか。
重要なのは、技術の性能向上だけでは不十分という点です。社会を構成する「個人」「企業」「社会」それぞれのレイヤーでの変化が必要だと考えられます。
重要なのは、技術の性能向上だけでは不十分という点です。社会を構成する「個人」「企業」「社会」それぞれのレイヤーでの変化が必要だと考えられます。
① 個人における新たな「構造」
自動化が進むと、人が担う役割も変わっていきます。AIが実行や判断を担う場面が増える一方で、人には「なぜそれを行うのか」「どのような価値を目指すのか」を定める役割が、より求められるようになります。これは能力やスキルの問題というより、「どこまでをAIに任せ、どこを人が担うのか」を考え直す必要があるという話です。
たとえばIKEAでは、AIチャットボットが定型的な問い合わせ対応を担うことで、従業員はリモート販売においてより付加価値の高い役割にシフトしつつあります。実際、8,500人のコールセンター従業員が再教育を受け、オンラインでのインテリア相談、デジタル小売営業、顧客との関係構築、複雑な問い合わせ対応といった新たな業務領域で活躍しています。こうした人材の再配置とリモート販売の強化により、Ingkaグループ(IKEAの主要事業体)におけるオンライン経由の売上は2022年度末時点で13億ユーロに達し、全体の3.3%を占めるまでに成長しました。同社はこの比率を今後数年で10%まで引き上げることを目標に掲げており、(※1)AIによる業務効率化と人材活用によるサービス強化を両立させる取り組みが、実際の売上にも結びついている好例といえます。
この事例は、人がAIに置き換わるというよりも、人の役割が「実行」から「意味づけ」や「価値づくり」へと否応なく純化されていくことを示していると言えるでしょう。
たとえばIKEAでは、AIチャットボットが定型的な問い合わせ対応を担うことで、従業員はリモート販売においてより付加価値の高い役割にシフトしつつあります。実際、8,500人のコールセンター従業員が再教育を受け、オンラインでのインテリア相談、デジタル小売営業、顧客との関係構築、複雑な問い合わせ対応といった新たな業務領域で活躍しています。こうした人材の再配置とリモート販売の強化により、Ingkaグループ(IKEAの主要事業体)におけるオンライン経由の売上は2022年度末時点で13億ユーロに達し、全体の3.3%を占めるまでに成長しました。同社はこの比率を今後数年で10%まで引き上げることを目標に掲げており、(※1)AIによる業務効率化と人材活用によるサービス強化を両立させる取り組みが、実際の売上にも結びついている好例といえます。
この事例は、人がAIに置き換わるというよりも、人の役割が「実行」から「意味づけ」や「価値づくり」へと否応なく純化されていくことを示していると言えるでしょう。
② 企業における新たな「協調」
AIが購買や意思決定を担うようになると、個社単独で価値を完結させることは難しくなります。小売、金融、物流、保険といった企業が連携し、体験全体としての価値をどう設計するかという視点が重要になります。
単なる効率化のための連携ではなく、価値を守り、育てるために企業間の協調がなければ、結果として商品やサービスはコモディティ化しやすくなります。
その一例として挙げられるのが、トヨタ自動車とNTTグループによるモビリティ領域での取り組みです。(※2)両社は、車両や通信、データ、AIをそれぞれ個別に最適化するのではなく、モビリティサービス全体を一つの仕組みとして捉え直すことを目指しています。自動運転や高度な運転支援を前提とした社会では、車両の性能だけでなく、通信の信頼性、データの即時性、AIの判断品質が相互に影響し合います。どれか一つが欠ければ、安全性や体験全体が成り立たなくなります。そのため両社は、「どの会社の技術を使うか」を個別に選ぶのではなく、通信・車両・インフラ・AIを一体で設計し、全体として安全や価値をどう担保するかという視点で協調を進めています。
この取り組みは、単なる企業連携というよりも、サービスの前提となる安全や信頼を、企業の枠を越えて共に背負う関係を築こうとする試みだと言えるでしょう。こうした協調がなければ、AIが判断を担う世界で価値を維持することは難しくなっていくのかもしれません。
単なる効率化のための連携ではなく、価値を守り、育てるために企業間の協調がなければ、結果として商品やサービスはコモディティ化しやすくなります。
その一例として挙げられるのが、トヨタ自動車とNTTグループによるモビリティ領域での取り組みです。(※2)両社は、車両や通信、データ、AIをそれぞれ個別に最適化するのではなく、モビリティサービス全体を一つの仕組みとして捉え直すことを目指しています。自動運転や高度な運転支援を前提とした社会では、車両の性能だけでなく、通信の信頼性、データの即時性、AIの判断品質が相互に影響し合います。どれか一つが欠ければ、安全性や体験全体が成り立たなくなります。そのため両社は、「どの会社の技術を使うか」を個別に選ぶのではなく、通信・車両・インフラ・AIを一体で設計し、全体として安全や価値をどう担保するかという視点で協調を進めています。
この取り組みは、単なる企業連携というよりも、サービスの前提となる安全や信頼を、企業の枠を越えて共に背負う関係を築こうとする試みだと言えるでしょう。こうした協調がなければ、AIが判断を担う世界で価値を維持することは難しくなっていくのかもしれません。
③ 社会における新たな「信頼」
AIに判断を委ねることに対して、多くの人が不安を感じる背景には、問題が起きた際の対応や責任の所在が見えにくいという点があります。自動化を受け入れるためには、こうした不安に向き合う社会的な信頼の仕組みが欠かせません。
補償や返金、本人確認、不正防止、さらにはAIモデルそのものの監査といった仕組みを通じて、リスクを社会全体で引き受ける枠組みが必要になります。
例えば、東京海上日動では、AI特有のリスク(データ汚染や不正利用など)に対応する保険商品を提供し始めています。(※3)これは、AIに完璧さを求めるのではなく、『エラーは起こり得るもの』という前提に立ち、損害をカバーする仕組みを整えるという考え方です。
つまり、社会的な信頼とは単なる期待ではなく、こうした制度やルールによってあらかじめ設計されるべき基盤だと言えるでしょう。
補償や返金、本人確認、不正防止、さらにはAIモデルそのものの監査といった仕組みを通じて、リスクを社会全体で引き受ける枠組みが必要になります。
例えば、東京海上日動では、AI特有のリスク(データ汚染や不正利用など)に対応する保険商品を提供し始めています。(※3)これは、AIに完璧さを求めるのではなく、『エラーは起こり得るもの』という前提に立ち、損害をカバーする仕組みを整えるという考え方です。
つまり、社会的な信頼とは単なる期待ではなく、こうした制度やルールによってあらかじめ設計されるべき基盤だと言えるでしょう。

金融機関に求められる新たな役割:Trust OS という未来
これからの金融機関は、「取引を処理する存在」から、「信頼を設計するインフラ」へと進化すると考えられます。資金供給にとどまらず、KYCや不正防止、AIモデルの監査、返金・補償といった仕組みを通じて社会に安心を提供することが、AI時代における金融の本質的な価値です。
AIは高度化しても、誤りや想定外を完全に排除することはできません。それでも人がAIに判断を委ねられるのは、その背後に金融が「最後のとりで」として存在しているからです。今後の金融業界の競争力は、金利や商品ラインナップではなく、どこまで信頼と安心を設計できるかによって決まっていくでしょう。
AIは仕事を奪う存在ではなく、金融が本来担ってきた「信頼」という価値を、より明確に浮かび上がらせる存在でもあります。AIを前提とした仕組みが社会に広がるにつれ、人と金融の役割は、これまでとは異なる形で次第に明確になっていくでしょう。
AIは高度化しても、誤りや想定外を完全に排除することはできません。それでも人がAIに判断を委ねられるのは、その背後に金融が「最後のとりで」として存在しているからです。今後の金融業界の競争力は、金利や商品ラインナップではなく、どこまで信頼と安心を設計できるかによって決まっていくでしょう。
AIは仕事を奪う存在ではなく、金融が本来担ってきた「信頼」という価値を、より明確に浮かび上がらせる存在でもあります。AIを前提とした仕組みが社会に広がるにつれ、人と金融の役割は、これまでとは異なる形で次第に明確になっていくでしょう。


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