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デジタル時代の銀行員の働き方

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昨今、新型コロナウイルス感染症の流行をはじめ、金融機関を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、銀行員の働き方の変化に対する関心が高まっています。新しい時代の銀行員に求められる役割、果たしていくべき価値とは何なのか。業務改革や働き方改革に関するワークショップなどの実践的な取り組みを多数企画・運営され、銀行の実務や経営についても精通されている、日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 岡俊太郎さんに、「デジタル時代の銀行員の働き方」をテーマにご寄稿いただきました。

新型コロナウイルス感染症によりあらわになったこと

新型コロナウイルス感染症が拡大して以来、日本社会全体で、デジタル化の遅れがあらわになりました。例えば、行政機関では、申請や届出に、デジタルツールではなく、ハンコを押印した紙の書類の提出が必要なケースが数多くありました(※1)。学校ではオンライン授業ができず、休校を余儀なくされました(※2)。企業では、テレワーク制度を整備している会社でも、育児や介護などの特別な理由がある従業員にのみ、テレワークの活用を限定しているところがほとんどでしたし(ファシリティも十分整備されていませんでした)、またウェブ会議もあまり活用されていませんでした。

日本社会のデジタルツールの活用の遅れは、これまでもさまざまな人たちから指摘されてきたことでした。例えば、イギリス生まれ、カナダ育ちで、日本企業に対して長くコンサルタントを行ってきたフランシス・マキナニー氏は、随分以前に、すなわち2013年に出版された著書の中で、「日本が高解像度テレビを発明したにもかかわらず、シスコシステムズ型のテレビプレゼンスを用いたテレビ会議がなかなか日本で普及しない」、「日本の経営幹部は、スカイプで話し合えばすむ場合でも際限なく世界中を飛び回っている。時間の無駄は言うに及ばず、出張費用も恐ろしい額にのぼる」と指摘していました(※3)。こうした指摘に対して、私たちが真剣に耳を傾けてきたとは必ずしもいえません。

しかし、今般の新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけに、次のような思いを持った人も多いのではないでしょうか。かつて技術先進国と言われた日本社会は、いまや世界的な技術トレンドから取り残されているのではないか。デジタルを活用して、もっと効率的な社会が実現できるのではないか。「デジタル・トランスフォーメーション」は、日本社会全体の課題として捉える必要があるのではないか。こうしたことに多くの人が気づき、危機意識を高めた今こそ、日本社会全体がデジタルにシフトする大きなチャンスになるかもしれません。

銀行員の働くことの価値とはなにか

さて、この新型コロナウイルス感染症拡大によって、銀行員の働き方も、デジタル化にはまだまだ程遠いものであることに気づかされました。そこで、これまでの銀行員の働き方の特徴について、私がこれまで多くの方にインタビューしてきたことを踏まえ、振り返ってみたいと思います。

まず、これまでの多くの銀行員の働き方はアナログ的なものが少なくなく、デジタルツールをうまく活用できていたとは必ずしも言えませんでした。例えば、法令等で求められているものも含めて、取り扱う紙の書類が多く、コピー、修正時の差し替え、保管と廃棄、検索などに多くの時間をかけてきました(紙の書類がある背景には、押印の問題があります)。また、会社の内と外との境界を区切る境界防御型のセキュリティのあり方に馴染んでいたこともあり、インターネット環境を使用したテレワークの利用については慎重でした。顧客との面談や内部の会議・研修に、ウェブ会議はあまり活用されてきませんでした。ポストや階層を意識させるメール文化が中心で、フラットな組織に適合的なビジネスチャットは活用されていませんでした。

また、これはデジタルとは直接的には関係のないことですが、もともと厳格な内部管理を求められてきたことが影響してか、内向きの仕事が少なくなく、内部文書や稟議書の作成やそれらの字句の修正、組織内部の合意形成のための長時間の会議に、働く時間の多くを割いてきました(※4)。

いうまでもなく、銀行員の働くことの価値は、顧客や社会の課題を、金融機能を通じて解決することによって生じるものです。時間をかけて沢山の書類をファイリングすることや、内部で活用するため精緻で丁寧な報告書を書くことが、銀行員の働くことの本質ではありません。大事なことは、働く時間を、顧客と社会の課題解決にフォーカスできるようにすることです。

それを実現するためには、現在のようにさまざまなデジタルツールが活用できる時代にあっては、デジタル化できる仕事はデジタルに委ね、さらに内向きの仕事を極力削減すべく、仕事の進め方を大胆に見直す必要があります。銀行員の働き方は、ビジネスプロセスを大きく変え、効率化をして、生産性を高める余地が大いにあるのです。BPR(Business Process Re-engineering=業務改革)は、銀行員の取り組むべきフロンティアなのです。

銀行員の働き方はなぜデジタルにシフトしなければならないのか

もっとも、従来の働き方を変えることには、大きな抵抗感があることは事実です。多くの職員は、既存の事務フローや、それを成り立たせている思考方法に、慣れ親しんでいます。改革のリーダーシップを期待されるマネジメント層も、既存の事務フローの安全性・安定性を重視し、事務の進め方を大きく変えることを好まないといったこともあるでしょう。

しかし、より根本的な抵抗感は、新たなデジタルツールやテクノロジーの導入が自分たちの仕事を奪ってしまうかもしれないという不安から生まれます。よく知られているように、電気が電線を通して行き渡ることで、「点灯夫」という仕事はなくなりましたし、将来的には、急速な人口知能(AI)技術の発展により、自動運転が実現されれば、さまざまな自動車ドライバーの仕事が失われてしまうかもしれません。

歴史的にみて、私たちは、テクノロジーについて、自分たちの今の仕事をそのまま残して、生産性を高める「補完技術(enabling technologies)」であれば好意的に受け止める一方、自分たちの仕事を消滅させてしまう「置換技術(replacing technologies)」には強く抵抗すると言われています(※5)。

ですから、例えば、銀行の店頭事務がアプリケーションでの受付・申込に置き換わりつつあるとか、事務の多くがRPA(Robotic Process Automation)に置き換わるという動きについては、働いている職員の方に対して漠然とした不安を与えているかもしれません。

そのような抵抗感や不安があることは承知した上でなお、銀行員の働き方は、デジタルヘのシフトを加速していくべきであると考えています(ただし、職員の抵抗感や不安を取り除くような、組織的な取り組みが求められる点については後述します)。

その理由の第1は、既に書いたとおり、銀行員の働き方を、顧客と社会の課題解決にフォーカスするためです。現在の成熟した市場では、もはやプロダクトアウトの発想で、商品やサービスを提供することが難しくなっています。銀行員は、より多くの時間を顧客や社会と接して、その課題を発見するために使う、マーケットイン/カスタマーインという発想が必要になっています。そのためには、既存の事務を、デジタルを活用して効率化し、顧客と接する時間を拡大できるようにする必要があるのです。また、顧客接点をデジタル化して、そこで得られたデータを、対面の接客で得られた情報とあわせて分析することで、顧客に対する深い洞察(インサイト)を得るということもできるのではないかと思います。

デジタルシフトを加速すべきと考える理由の第2は、銀行自体の生産性向上が課題になっていることです。特に、これから生産年齢人口が趨勢的に減少する中にあって、シニア層や女性職員に従来以上に活躍してもらうことができたとしても(※6)、少ない人数で、いかに大きな成果を上げるかを考える必要があります。そのためには、デジタルツールを活用していくことは、避けえない選択肢であると考えます。

デジタルシフトを加速すべきと考える理由の第3は、これは冒頭に書きましたが、今回の新型コロナウイルス感染症拡大により、日本社会全体のデジタル化が社会課題になっていることです。銀行員は多くの企業や個人の顧客から頼りにされているのではないかと思います。ですから、銀行員自身が新たなデジタルツールを積極的に使いこなし、そうした取り組みに顧客を巻き込むことで、顧客自身の生産性向上に貢献し、社会全体のデジタル化を底上げすることが期待されています。例えば、中小企業では、経理や税務などの間接業務を効率化したいという希望が強くあるようであり、銀行がこうした業務のデジタル化を支援することは、取引先の経営基盤の強化に繋がることでしょう。

銀行員に求められる学習のあり方と社会への関わり

さて、最後に、こうした日本社会全体がデジタルにシフトする時代にあって、銀行員に求められることを書きたいと思います。

まず、学習を継続しなければならないということです。テクノロジーの進歩のスピードは加速しており、新しい技術やその活用方法が次々と出現しています。また、それに伴い、社会の変化のスピードも加速しています。今日、習得した技術や知識も、非常に短い期間に陳腐化してしまう可能性は高いのです。

また、銀行員は、融資、預金、投資信託、保険などさまざまな商品知識を習得しなければならないし、経済環境や金融市場や企業経営に関する知識も学ばなければならないなど、必要な知識を体得するのに時間がかかる職業なのですが、意識してテクノロジーの潮流についても学習しなければなりません。

Googleの「20%ルール」は、働く時間を分割し、その20%を、今すぐ役に立たなくとも、将来大きなチャンスを得られるかもしれない分野への探索にあてるというものです。実際に業務時間を使えるかどうかは別にして、このような意識をもって、テクノロジーについて学習していくことが必要でしょう。この新型コロナウイルス感染症を契機に、大変多くの、テクノロジーに関するウェビナーが開催されています。

ただ、学習することを職員個人の努力のみにゆだねるだけではなく、職員の抵抗感や不安を取り除くような、組織的な取り組みが求められていると思います。多くの職員が、テクノロジーの導入に対する抵抗感や不安を和らげ、社会の変化に適応していくためにも、銀行が、組織として、生涯学習を行っていく機会(リカレント教育の機会)を提供することは、ますます重要になることでしょう。

銀行員にとって、学習のあり方とともに重要なことは、社会への関わりです。銀行の中で長時間働き、同質の人と会話するばかりでは、社会が置かれている課題に気がつくはずもありません。幾つかの金融機関が副業や社外兼業を行うことを認めるようになってきましたが、それにより期待されていることは、キャリア自律だけではなく、銀行員が社会の課題に目を向けるということなのではないかと思います。また、これは、テレワークを実践してみての個人的な感想ですが、家族と過ごす時間が長くなり、家庭や子どもたちの抱えている課題に目を向ける機会が多くなりました。

今般の新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけに、銀行員の働き方や働くことへの意識が大きく変わっていくことで、顧客や社会の課題解決に向け、金融機能が一層適切に発揮される時代となっていくことを願ってやみません。
(※1)エストニアでは、結婚・離婚・不動産取引を除く行政手続の99%を、オンラインベースで、役所に赴くことなく、紙の書類を用意する必要もなく、365日24時間、いつでもできる体制が整えられているそうです。詳しくは「デジタル化する世界と金融 北欧のIT政策とポストコロナの日本への教訓」(中曽宏監修、山岡浩巳・加藤出・長内智著、きんざい、2020年)をご参照ください。

(※2)文部科学省・国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」(令和元年12月3日)によれば、日本は、学校の授業(国語、数学、理科)におけるデジタル機器の利用時間が短く、OECD加盟国中、最下位だそうです。

(※3)フランシス・マキナニー著「日本企業はモノづくり至上主義で生き残れるか」(ダイヤモンド社、倉田幸信訳、2014年)。なお、原著は2013年に出版。

(※4)これは日本企業全体の問題でもあり、越川慎司著「仕事の『ムダ』が必ずなくなる 超・時短術」(日経BP社、2019年)の中の分析によれば、日本の会社員の働く時間は、社内会議に43%、資料作成に14%、メールに11%が奪われています。

(※5)カール・B・フレイ著「テクノロジーの世界経済史-ビル・ゲイツのパラドックス」(日経BP社、村井章子・大野一訳、2020年)から引用しました。

(※6)大手金融機関では、シニア層を活性化させる人事施策を創設したり、女性活躍を推進するために職系を統合したりする(一般職制度を廃止する)動きがみられています。
【この記事を書いた方】
日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 岡俊太郎
1970年生まれ。1994年に日本銀行に入行。名古屋支店、政策委員会室、発券局を経て、2016年6月より現職。金融機関の働き方の改革、業務改革、顧客志向の経営、デジタル・トランスフォーメーションを調査研究中。2児の父親として、家事育児にも奮闘中。

【金融高度化センター】
金融高度化センターでは、時代とともに金融技術や金融機関の経営管理手法が高度化していく中で、金融機関がそうした動きに対応できるように、各金融機関の取り組みを支援している。具体的には、(1)金融高度化セミナーやワークショップの開催を通じた金融機関との対話の促進や、(2)先進的な金融技術等に関する調査・研究とその成果(論文)の公表などの活動を行っている。最近では、金融機関の働き方の改革、業務改革、デジタル化のほかに、地域活性化やSDGs/ESG金融などについて調査研究を進めている。
※本稿は筆者個人の意見であり、筆者が所属する日本銀行の意見ではありません。
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執筆 オクトノット編集部

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