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金融機関のワーク・エンゲージメント向上のために 他律から自律への転換

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ここ数年、金融機関の方から職員の離職率が高くなっているとの悩みをよく聞きます。職員の離職を食い止め、定着を促すうえでの鍵は、ワーク・エンゲージメントの向上にあります。職員の自律、成長機会、新しい技術の導入といった3つの視点から、金融機関がワーク・エンゲージメントを向上するための方策を説明します。

金融機関の離職率とワーク・エンゲージメント

ここ数年、金融機関の方から、職員の離職率が、以前に比べて高くなっており、悩んでいるとの話をよく聞きます。離職率が高くなっている背景には、人口減少やグローバルな競争激化による日本経済への成長期待の変化と相まって、金融機関の将来像に対する不透明感が高まっているためではないか、ということも言われています。また、デジタル化やAI(人工知能)の普及が進む中で、自分たちの仕事が将来的にどのように変化していくのか、漠然とした不安を抱いている方もいるようです。さらに、多くの職場では、環境変化に対応した多様な働き方の実感が得られていない、ということも背景にあるように思われます。

もちろん、すべての金融機関が離職率の高さに手をこまねいているわけではありません。働き方や人事制度を大きく変革してきた金融機関の中には、実際に離職率が低下して、変革の手ごたえを感じている方もいるのではないでしょうか。また、世の中の離職が活発になっている状況を「労働市場の流動化が本格化してきたもの」と捉え、キャリア採用(中途採用)を積極化する動きが金融機関でも広がっています。さらには、「アルムナイ(離職者、退職者の意味。英語の本来の意味では、卒業生、同窓生)」の交流組織を立ち上げて、中途退職した人材を再び呼び戻そうとする金融機関もみられています。

こうしたさまざまな取り組みもみられますが、いずれにせよ、金融機関にとって、職員の離職を抑止し、定着を促すことは、組織の活性化や発展において引き続き非常に重要なテーマです。私は、ここでの鍵は「ワーク・エンゲージメント」にあるのではないかと思っています。

ワーク・エンゲージメントとは何か

ワーク・エンゲージメントとは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、『仕事から活力を得ていきいきとしている』(活力)、『仕事に誇りとやりがいを感じている』(熱意)、『仕事に熱心に取り組んでいる』(没頭)の3つが揃った状態」として定義されます。そして、ワーク・エンゲージメントスコアが高い企業では、相対的に、離職率が低く、定着率が高くなっています(注1)。

それでは、各金融機関が、個々の職員のワーク・エンゲージメントを高めるためには、どうすればよいのでしょうか。さまざまなモデルが提唱されていますが、よく知られているものとして、「仕事の要求度‐ 資源モデル(Job Demands-Resources model)」があります(注2)。このモデルの含意は、「仕事の要求度」が高くても、「仕事の資源」が豊富にあれば、ワーク・エンゲージメントが高まる、というものです。

「仕事の要求度」とは、「仕事量が多い」、「締切りが厳しい」、「仕事の難易度が高い」など、ストレスを引き起こす要因となるものです。一方、「仕事の資源」とは、「自分のやり方で仕事ができる(一定の裁量がある)」、「上司や同僚からのサポートがある(フィードバックやコーチングが適切になされている)」、「正当な評価がされている」、「キャリア開発の機会がある」、「仕事の働きやすさがある」などです。

つまり、人手不足や新たなチャレンジなどにより、仕事のストレス(「仕事の要求度」)が高まるような場合には、自らの創意工夫を行う余地を増やしたり、上司や同僚が適切に支援したり、仕事による成長の機会を高めるなど、「仕事の資源」を豊富に提供することが重要であり、それにより、職員が、仕事へのやりがいを感じたり、熱意をもって仕事に取り組めるようになる、ということです。

この記事では、紙幅の都合上、金融機関が職員に提供する「仕事の資源」として、
1. 自律の機会を提供すること
2. 成長機会を与えること
3. 新しい技術を導入すること
以上の3つに焦点を当て、これらを通じて、職員のワーク・エンゲージメントを高めるための方策について考えたいと思います。

自律の機会を提供する

私たちの仕事は、多くの場合、「他律」でできています。「他律」とは、組織のミッションや上長からの指示に従い行動することを意味します。例えば、営業担当者であれば、いわゆる「ノルマ」と言われる営業目標が示されるように、通常、職員の目標は、組織全体の目標が個々人に配分される形で与えられます。これだけ見ると、個々の職員にとって、「目標は上から降りてくる」ように思われるかもしれません。こうした「他律」を中心とした働き方では、個々の職員の働く姿勢は受身になったり、やらされ感に満ちたり、マンネリ化してしまいがちです。また、「上意下達」の組織文化が徹底してしまうと、職員の「心理的安全性」が損なわれ、職員が自分の意見や気持ちを安心して表現できる環境でなくなることも起きるでしょう。「他律」の行き過ぎは、ワーク・エンゲージメントを阻害してしまうことにもなりかねないのです。

このような他律的な働き方を、もう少し自律的なものに変えていくことで、組織全体をチャレンジ精神旺盛な、イノベーティブなものにできないか。そのような観点から、人材マネジメント手法が変化してきています。例えば、多くの日本企業でみられる目標管理制度(MBO:Management by Objectives)に代えて、職員のモチベーション向上に配慮したOKR(Objectives and Key Results)を導入する金融機関も一部でみられ始めています。これにより、個々の職員の立てる年度目標は、「組織によって配分されるもの」という意識よりもむしろ、「組織全体の目標を踏まえて、職員それぞれが主体的に立てるもの」という意識に変化し、目標に対する職員自身の当事者意識を高める効果があります(注3)。

また、職員の自律的な働き方を促すために、仕事の時間の配分を見直す動きもあります。例えば、米国のIT企業が採用して広く知られることとなった「20%ルール」は、業務時間内の20%を、普段の業務とは異なる業務に充ててよいという制度です。実際に、同様の制度を導入した日本の官公庁や金融機関では、普段の業務の生産性を高めつつ、職員が自らコミットしたいプロジェクトに時間を割くことができるようになり、ワーク・エンゲージメントが高まってきているとの話を聞きます。

さらに最近では、いわゆる「ノルマ」を廃止して、顧客志向の経営に舵を切る動きが一部の金融機関でみられています(注4)。「ノルマ」などの営業目標が他律的なものであればあるほど、ワーク・エンゲージメントを阻害することにもつながりかねず、さらにそうした営業目標のプレッシャーが顧客とのエンゲージメントを損なう可能性もあるため、これらを防ぐような工夫を講じる取り組みが進んでいます。

成長機会を与える

若い人たちにとって、最初に就職した企業で定年まで働くという、終身雇用を前提とした働き方は徐々に一般的なものでなくなってきているようです。このため、彼らは、早いうちに経験や知識を蓄えて、今働いている企業の内外で通用するスキルを身につけたい、成長機会を得たい、と考えています。しかし、メンバーシップ型雇用を採用している多くの日本企業では、職務で経験したいことや配属に関しての職員の希望がすべてかなえられるわけではなく、結果として、成長機会を得られていないと感じることがあるかもしれません。

こうした中、成長機会を個々の職員に与えるために、「キャリア自律」が重要であると言われるようになってきています。すなわち、キャリア開発をそれぞれの職員が主導するように促していくことが求められてきています。

実際に、キャリア自律を職員に促している金融機関では、例えば、
① 個々の職員が学習しやすい環境を整える(オンデマンドの研修メニューを充実させるなど)
② 職務要件を明示した公募ポストを増やす(これにより、自らが希望するポストに就くには、どのような経験や学習が必要か明示され、若手職員の学習のガイダンスになる)
③ 社内外での副業・兼業などを通じて、多様なキャリアビジョンを描けるようにする
④ 上司が、1on1(ワン・オン・ワン)のミーティングを通じて、各々の職員のキャリア希望を傾聴して、キャリアビジョン構築の支援を行う
⑤ キャリアカウンセリングやキャリア研修を実施する
といった取り組みが行われています。

個々の職員のキャリア希望を組織がすべてかなえられるわけではない中で、個々の職員のキャリア開発について、職員自らが当事者意識を持てる環境を整えていくことが一層重要な時代になってきています。

新しい技術を導入する

今の若い職員は、幼い頃からスマートフォンがあり、「デジタル」なものを身近なものと感じる時代に育ってきました。そうした彼らが、金融機関に就職して、もし、紙やハンコ、電話やファックスなど、「アナログ」なものに囲まれ、便利なコミュニケーションツールのない状態を目の当たりにしたら、どう感じるでしょうか。さらに、ここにきて、生成AIも新たに登場しています。日常生活と職場のデジタル環境のギャップが広がっていくという、難しい時代を迎えています。

企業が新しい技術を導入することが、ワーク・エンゲージメントにどのように影響するかについては先行研究があり、ワーク・エンゲージメントを高める方向に作用するようです(注5)。新しい技術は、習熟するために相応の負荷がかかり、「仕事の要求度」を高めることにもつながりかねないのですが、それ以上に、「仕事の資源」として、働き手を支援する効果が強く期待されるためのようです。

生成AIの例でいえば、情報収集、文書の起案や校正、翻訳業務、アイデア出し、企業内ルールの照会、プログラミングの支援など、リスクと副作用を検証しながら、ユースケースを模索する動きがさまざまな企業で始まっています。金融機関での活用においては金融機関ならではの固有の課題もありますが、ワーク・エンゲージメント向上の観点から、新しい技術を「仕事の資源」として捉えてみることも重要になってきています。

さいごに

この記事では、ワーク・エンゲージメントの向上につながる例をいくつか述べました。もちろん、こうした取り組みだけで十分と言うつもりはありません。個々の職員のワーク・エンゲージメントには、組織の要因のほか、さまざまな個別要因も影響します。最近では、上司と部下の1on1のミーティングの機会が持たれる職場が増えているようですが、若手に限らず、職員一人ひとりの話を傾聴して、ワーク・エンゲージメントを高める取り組みを不断に進めていくことがこれまで以上に求められています。

それぞれの職場がワーク・エンゲージメントを高める工夫を進めることで、そこで働く職員がやりがいと熱意をもって仕事をする、そうした理想像を追求するロールモデルの登場を願ってやみません(注6)。
(注1) 詳細は、厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」(https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1.pdf)第Ⅱ部第3章(170ページ以下)を参照。
(注2) Journal of Applied Psychologyという学術雑誌に掲載された、Demerouti、Bakker、Nachreiner、Schaufeliによる論文“The job demands-resources model of burnout”(2001)によって初めて提唱され、その後、発展をしてきたものです。
(注3) 他律的な働き方を自律的な働き方に変えるために、人事・組織マネジメントをどのように変えればよいのかを体系立てて説明した本として、例えば松丘啓司「エンゲージメントを高める会社 人的資本経営におけるパフォーマンスマネジメント」(ファーストプレス、2023年)があり、この記事を執筆するうえでも参考になりました。
(注4) ニッキン「【実像】「ノルマ廃止」の試練 脱“やらされ感”が生む現場力」(2023年10月20日10面掲載記事)を参照。
(注5) 株式会社リクルート マネジメント ソリューションズ「RMS Message vol.57」(2020年2月号)09~10ページ参照。
(注6) 当職が所属する金融高度化センターでは、2023年4月に、金融高度化セミナー「金融機関の人材戦略」を開催して、働き方や人事制度の変革を進め、ワーク・エンゲージメントを高めている金融機関の取り組みを紹介しました。詳細は、金融高度化センターHP(https://www.boj.or.jp/finsys/c_aft/aft230707a.htm)をご覧ください。
【この記事を書いた方】

【この記事を書いた方】

日本銀行 金融機構局 金融高度化センター 企画役 岡俊太郎 さん
1970年生まれ。1994年に日本銀行に入行。名古屋支店、政策委員会室、発券局を経て、2016年6月より現職。金融機関の人材戦略、業務改革、顧客志向の経営、デジタル・トランスフォーメーション、AI活用を調査研究中。2児の父親として、家事育児にも奮闘中。

【金融高度化センター】
金融高度化センターでは、時代とともに金融技術・リスク管理手法等が高度化していく中で、そうした動きに対応し、金融仲介機能をより有効に発揮していくための各金融機関の取り組みを支援している。最近では特に、オフサイト・モニタリングの活動等と協働し、地域金融機関が共通して抱える経営課題の解決に資する情報提供に取り組んでいる。具体的には、(1)セミナーやワークショップの開催を通じた金融機関との対話の促進や、(2)先進的な金融技術や金融仲介機能の向上のための各金融機関の取り組み状況等に関する調査・研究とその成果の公表(論文、講演等)などの活動を行っている。
※この記事は筆者個人の意見であり、筆者が所属する日本銀行の意見ではありません。
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執筆 オクトノット編集部

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