「○○ペイ症候群」を超えて ―エンベデッド・ファイナンスとは結局何だったのか

「エンベデッド・ファイナンス(※1)」あるいは「組込型金融」という言葉が現れてからずいぶん経ちました(例えば、城田真琴『エンベデッド・ファイナンスの衝撃』(東洋経済新報社)は2021年12月出版)。直近では、JR東日本のJRE BANK(※2) や、住信SBIネット銀行・ヤマトクレジットファイナンスの「NEOBANK」を活用した新事業検討(※3)といった、銀行代理業(※4)を活用したサービスなどが登場しています。
他方で、事業会社の方にとっては、「結局エンベデッド・ファイナンスはうちの会社と関係あるのか」は分かりにくいままではないでしょうか。「とりあえずうちの会社も○○ペイを作りたい」といった思考に陥ってはないでしょうか。
先日、「キャッシュレス決済は店舗手数料負担が極めて大きくなっております。現金・ファミペイでの決済をお願いできれば幸いです」というファミリーマートの貼り紙が話題になりました(※5)。実際、大手キャッシュレスサービスの加盟店手数料は低くなく、店舗からすると自社キャッシュレス決済の需要が高まっている背景があります。エンベデッド・ファイナンスの必要性自体は増しています(※6)。
実は、エンベデッド・ファイナンスは基本的には、事業会社のみなさまが普段取り組まれている「いつもの新事業」とあまり変わりません。しかし、使い方次第では、単なる課題解決を超えた、事業成長そのものを加速させる仕組みに発展させることもできるのです。
本記事では、事業会社が金融機能を活用することの本質を、具体的な事例を用いて改めて解説します。
他方で、事業会社の方にとっては、「結局エンベデッド・ファイナンスはうちの会社と関係あるのか」は分かりにくいままではないでしょうか。「とりあえずうちの会社も○○ペイを作りたい」といった思考に陥ってはないでしょうか。
先日、「キャッシュレス決済は店舗手数料負担が極めて大きくなっております。現金・ファミペイでの決済をお願いできれば幸いです」というファミリーマートの貼り紙が話題になりました(※5)。実際、大手キャッシュレスサービスの加盟店手数料は低くなく、店舗からすると自社キャッシュレス決済の需要が高まっている背景があります。エンベデッド・ファイナンスの必要性自体は増しています(※6)。
実は、エンベデッド・ファイナンスは基本的には、事業会社のみなさまが普段取り組まれている「いつもの新事業」とあまり変わりません。しかし、使い方次第では、単なる課題解決を超えた、事業成長そのものを加速させる仕組みに発展させることもできるのです。
本記事では、事業会社が金融機能を活用することの本質を、具体的な事例を用いて改めて解説します。
(※1) この言葉に確立された定義はありませんが、一般的には「非金融事業者が自社サービスに金融機能を組み込んで提供すること」を指すことが多いようです。
なお、エンベデッド・ファイナンスについては、以前こちらの記事でも解説しています:OktoKnot「Embedded Finance(埋込型金融)とは。活用できる業界や今後の動向を探る」(2021年10月19日):https://8knot.nttdata.com/trend/7871231
(※2) 東日本旅客鉄道株式会社「JRE BANKサービスを5月より開始します ~JR東日本グループブランドの金融サービスで、心豊かな毎日を~」(2024年4月9日):https://www.jreast.co.jp/press/2024/20240409_ho02.pdf
また、JRE BANKのビジネスモデルについては、こちらの記事もご参照ください:OktoKnot「鉄道グループが銀行に参入?JREバンクのビジネスモデルを読み解こう」(2024年7月10日):https://8knot.nttdata.com/trend/2156345
(※3) 住信SBIネット銀行株式会社「住信SBIネット銀行、ヤマトクレジットファイナンスと「NEOBANK」を活用した事業者向け金融サービスの検討を開始」(2025年6月17日):https://www.netbk.co.jp/contents/company/press/2025/0617_003966.html
(※4) 銀行のために、預金や貸付け、為替取引などを内容とする契約の締結の代理・媒介を行う営業のこと(銀行法(昭和56年法律第59号)2条14項参照)。
銀行代理業の解説記事はこちら:OktoKnot「ちょっと気楽に銀行法(7):銀行で新幹線が割引!?」(2025年7月4日):https://8knot.nttdata.com/column/0613654
(※5) FNNプライムオンライン「「現金決済」客にお願いするコンビニ キャッシュレス「決済手数料」が利益を減らす現実 “客を失いたくない”店側は苦慮」(2025年4月12日):https://www.fnn.jp/articles/-/856881
(※6) 例えば、アビームコンサルティング「インサイト」:「キャッシュレス決済事業者が進むべき新たな3つの市場 ~組込型金融(エンベデット・ファイナンス)の先に見えるもの~」(2024年10月18日):https://www.abeam.com/jp/ja/insights/017/
なお、エンベデッド・ファイナンスについては、以前こちらの記事でも解説しています:OktoKnot「Embedded Finance(埋込型金融)とは。活用できる業界や今後の動向を探る」(2021年10月19日):https://8knot.nttdata.com/trend/7871231
(※2) 東日本旅客鉄道株式会社「JRE BANKサービスを5月より開始します ~JR東日本グループブランドの金融サービスで、心豊かな毎日を~」(2024年4月9日):https://www.jreast.co.jp/press/2024/20240409_ho02.pdf
また、JRE BANKのビジネスモデルについては、こちらの記事もご参照ください:OktoKnot「鉄道グループが銀行に参入?JREバンクのビジネスモデルを読み解こう」(2024年7月10日):https://8knot.nttdata.com/trend/2156345
(※3) 住信SBIネット銀行株式会社「住信SBIネット銀行、ヤマトクレジットファイナンスと「NEOBANK」を活用した事業者向け金融サービスの検討を開始」(2025年6月17日):https://www.netbk.co.jp/contents/company/press/2025/0617_003966.html
(※4) 銀行のために、預金や貸付け、為替取引などを内容とする契約の締結の代理・媒介を行う営業のこと(銀行法(昭和56年法律第59号)2条14項参照)。
銀行代理業の解説記事はこちら:OktoKnot「ちょっと気楽に銀行法(7):銀行で新幹線が割引!?」(2025年7月4日):https://8knot.nttdata.com/column/0613654
(※5) FNNプライムオンライン「「現金決済」客にお願いするコンビニ キャッシュレス「決済手数料」が利益を減らす現実 “客を失いたくない”店側は苦慮」(2025年4月12日):https://www.fnn.jp/articles/-/856881
(※6) 例えば、アビームコンサルティング「インサイト」:「キャッシュレス決済事業者が進むべき新たな3つの市場 ~組込型金融(エンベデット・ファイナンス)の先に見えるもの~」(2024年10月18日):https://www.abeam.com/jp/ja/insights/017/
「利用時に割引券を渡す新事業」として考えてみる
複雑に見えるエンベデッド・ファイナンスを、まずは簡単に「利用時に割引券を渡す新事業」として捉え直してみましょう。
架空のカジュアル和食店「豊洲庵」をチェーン展開するA社を例にとって考えてみます。
架空のカジュアル和食店「豊洲庵」をチェーン展開するA社を例にとって考えてみます。

A社はリピート客増加を見込み、まず100円で1ポイントのポイントカードを作成しました。A社が新事業として高級中華料理店「三鷹飯店」を展開する際、「豊洲庵」と「三鷹飯店」の双方間で送客すべく、どちらの店でも使える「Aポイント」を創設したのです。
さらにA社の3つ目の新事業「A Bank」では、口座への入金や送金、デビットカードの利用などでAポイントが貯まる仕組みを導入。これまでライバル店にこだわりなく通っていた客の一部も、「銀行を使うだけで安く和食が食べられるのか」と、新たに「豊洲庵」に通い始めました。
ここまでは、「三鷹飯店」を始めとする他の新事業と変わりません。手広く事業をやって、それらが相乗効果を生むと嬉しい、といった話です。しかし、この「A Bank」という新事業には、他の事業展開とは決定的に異なる特徴が隠されています。
さらにA社の3つ目の新事業「A Bank」では、口座への入金や送金、デビットカードの利用などでAポイントが貯まる仕組みを導入。これまでライバル店にこだわりなく通っていた客の一部も、「銀行を使うだけで安く和食が食べられるのか」と、新たに「豊洲庵」に通い始めました。
ここまでは、「三鷹飯店」を始めとする他の新事業と変わりません。手広く事業をやって、それらが相乗効果を生むと嬉しい、といった話です。しかし、この「A Bank」という新事業には、他の事業展開とは決定的に異なる特徴が隠されています。
「モノ」と「カネ」の違いが生む3つの変化
「利用時に割引券を渡す新事業」(三鷹飯店)と「エンベデッド・ファイナンス」(A Bank)との決定的な違いは、「モノ」を扱うか「カネ」を扱うかです。「カネ」を扱う場合、以下の3つの変化が生まれます。
第一の変化:「カネ」需要からの新規顧客獲得が可能になる
A社の事例で言えば、これまでライバル店に通っていた客が、「銀行を使うだけで安く和食が食べられる」ことに気づいて「豊洲庵」に流れてきたのがこの現象です。
当の顧客は何を求めているのでしょうか。例えば、Google Trendsにおける「JRE BANK」の関連キーワード(Googleであるキーワードを検索した際に、一緒に検索されることの多い他のキーワード)は、上位から順に「銀行」「特典」「カード」「優待 割引」「優待 割引 券」です(※7)。
実際、JRE BANKでは、資産残高などの一定の条件を満たすと、JR東日本営業路線内の片道運賃・料金の割引券(4割引)や、新幹線お任せ旅行の2,000ポイント割引クーポン、普通列車のグリーンを無料で利用できるモバイルSuicaグリーン券の提供などといった具体的な特典が提供されています(※8)。
ポイ活(ポイント活動)の文脈で、「1円でも多く」という層からの注目が高いのではないでしょうか。
消費者からすると、キャッシュレス決済やデジタル地域通貨などは、利便性ももちろん重要ですが、何よりも「お得」「還元」を求めていると思われます。野村総合研究所が毎年行っている調査(※9)でも、「各種決済サービスの申込理由(直近1年間以内に申し込んだもの)」の上位は、順に「無料で利用できるから」「普段利用する店舗やネットショッピングで特典を受けられるから」「スマートフォンアプリの利便性が高いから」「ポイントやマイルプログラムが充実しているから」「年会費・手数料以上のサービスを受けられるから」でした。
物価上昇も相まって、消費者の「1円でも多く」の志向は一層根強くなっていると思われます。つまり、企業の提供する商品やサービス(「モノ」)が良質であることが何よりも大前提でありつつ、「モノ」だけでなく「カネ」の需要が存在するということです。エンベデッド・ファイナンスは、この需要に訴求する側面があります。
A社の事例で言えば、これまでライバル店に通っていた客が、「銀行を使うだけで安く和食が食べられる」ことに気づいて「豊洲庵」に流れてきたのがこの現象です。
当の顧客は何を求めているのでしょうか。例えば、Google Trendsにおける「JRE BANK」の関連キーワード(Googleであるキーワードを検索した際に、一緒に検索されることの多い他のキーワード)は、上位から順に「銀行」「特典」「カード」「優待 割引」「優待 割引 券」です(※7)。
実際、JRE BANKでは、資産残高などの一定の条件を満たすと、JR東日本営業路線内の片道運賃・料金の割引券(4割引)や、新幹線お任せ旅行の2,000ポイント割引クーポン、普通列車のグリーンを無料で利用できるモバイルSuicaグリーン券の提供などといった具体的な特典が提供されています(※8)。
ポイ活(ポイント活動)の文脈で、「1円でも多く」という層からの注目が高いのではないでしょうか。
消費者からすると、キャッシュレス決済やデジタル地域通貨などは、利便性ももちろん重要ですが、何よりも「お得」「還元」を求めていると思われます。野村総合研究所が毎年行っている調査(※9)でも、「各種決済サービスの申込理由(直近1年間以内に申し込んだもの)」の上位は、順に「無料で利用できるから」「普段利用する店舗やネットショッピングで特典を受けられるから」「スマートフォンアプリの利便性が高いから」「ポイントやマイルプログラムが充実しているから」「年会費・手数料以上のサービスを受けられるから」でした。
物価上昇も相まって、消費者の「1円でも多く」の志向は一層根強くなっていると思われます。つまり、企業の提供する商品やサービス(「モノ」)が良質であることが何よりも大前提でありつつ、「モノ」だけでなく「カネ」の需要が存在するということです。エンベデッド・ファイナンスは、この需要に訴求する側面があります。
第二の変化:金融機関に対する差別化を打ち出せる
A社の「A Bank」で考えれば、他の銀行では提供できない「豊洲庵や三鷹飯店で使えるポイント」という差別化要素を持てることになります。顧客にとって銀行の基本機能(振込、預金など)に大きな違いがない中で、「モノ」を通じた独自価値の「カネ」の提供が可能になるのです。
現実の事例を見てみましょう。2025年6月、シンガポールで配車サービスを提供するGrab社が、自動車保険商品を発売しようとしていることが報じられました(※10)。報道では、「Grabは、他の保険会社が追随できない資産を有する独自の立場にある。移動手段としてだけでなく、生活の糧としてもアプリを頼りにする顧客基盤に的確にリーチし、保険を提供できる」とされています。
事業会社が持つ顧客接点やデータを活用することで、従来の金融機関では提供できない価値を創出できる可能性が見えてきます。「カネ」を本業として扱う同業他社、つまり金融機関に対して、「モノ」を通じて差別化を図れるのです。
A社の「A Bank」で考えれば、他の銀行では提供できない「豊洲庵や三鷹飯店で使えるポイント」という差別化要素を持てることになります。顧客にとって銀行の基本機能(振込、預金など)に大きな違いがない中で、「モノ」を通じた独自価値の「カネ」の提供が可能になるのです。
現実の事例を見てみましょう。2025年6月、シンガポールで配車サービスを提供するGrab社が、自動車保険商品を発売しようとしていることが報じられました(※10)。報道では、「Grabは、他の保険会社が追随できない資産を有する独自の立場にある。移動手段としてだけでなく、生活の糧としてもアプリを頼りにする顧客基盤に的確にリーチし、保険を提供できる」とされています。
事業会社が持つ顧客接点やデータを活用することで、従来の金融機関では提供できない価値を創出できる可能性が見えてきます。「カネ」を本業として扱う同業他社、つまり金融機関に対して、「モノ」を通じて差別化を図れるのです。
第三の変化:業界を超えた新しい収益機会が生まれる
「モノ」を扱う場合、同業他社との連携のハードルは比較的高いと考えられます。A社の例で言えば、老舗の名高い町中華とコラボしたとして、そのメニューを「三鷹飯店」で出すことには、多少なりとも抵抗があるでしょう。
しかし「カネ」を扱う場合、つまり「Aポイント」が割引券、さらには支払いの手段として機能する場合を考えてみましょう。老舗町中華での支払いにもAポイントが使用できるとすると、「三鷹飯店」のブランドを守りつつ、町中華での支払手数料をA社が受け取れるのです。逆に当然、これまでこの町中華を知らなかったAポイントユーザーが、ポイ活で訪れるようになるかもしれません。
それ以外にも、例えばカフェや美容サロン、映画館など、「モノ」の相乗効果がない場合でも、Aポイントでの支払いが可能になることにより、新たな収益機会を創出できます。
このようにして、企業は顧客の生活におけるさまざまな接点で収益を得られるようになります。A社であれば、これまで飲食店の売上のみだったものが、ポイント利用可能な提携店舗での決済手数料、銀行機能からの金利収入、さらには顧客の購買データを活用した新サービス開発など、多角的な収益源を確保できます。顧客にとっても、一つのポイントでさまざまなサービスを利用できる利便性があり、企業・顧客双方にメリットをもたらすことになるのです。
「モノ」を扱う場合、同業他社との連携のハードルは比較的高いと考えられます。A社の例で言えば、老舗の名高い町中華とコラボしたとして、そのメニューを「三鷹飯店」で出すことには、多少なりとも抵抗があるでしょう。
しかし「カネ」を扱う場合、つまり「Aポイント」が割引券、さらには支払いの手段として機能する場合を考えてみましょう。老舗町中華での支払いにもAポイントが使用できるとすると、「三鷹飯店」のブランドを守りつつ、町中華での支払手数料をA社が受け取れるのです。逆に当然、これまでこの町中華を知らなかったAポイントユーザーが、ポイ活で訪れるようになるかもしれません。
それ以外にも、例えばカフェや美容サロン、映画館など、「モノ」の相乗効果がない場合でも、Aポイントでの支払いが可能になることにより、新たな収益機会を創出できます。
このようにして、企業は顧客の生活におけるさまざまな接点で収益を得られるようになります。A社であれば、これまで飲食店の売上のみだったものが、ポイント利用可能な提携店舗での決済手数料、銀行機能からの金利収入、さらには顧客の購買データを活用した新サービス開発など、多角的な収益源を確保できます。顧客にとっても、一つのポイントでさまざまなサービスを利用できる利便性があり、企業・顧客双方にメリットをもたらすことになるのです。

さて、ここまでお読みいただいて気づかれた方もいらっしゃるかと思いますが、エンベデッド・ファイナンスは、これら3つの「変化」をそのまま活用するだけならば、実は他の新事業と大きく変わりません。
しかし金融機能には、これらの変化を戦略的に組み合わせることによって、事業会社の成長そのものを継続的に加速させる可能性が秘められています。次の章では、その可能性について、具体的に見ていきましょう。
しかし金融機能には、これらの変化を戦略的に組み合わせることによって、事業会社の成長そのものを継続的に加速させる可能性が秘められています。次の章では、その可能性について、具体的に見ていきましょう。
(※7) 2025年8月13日閲覧。
(※8) JRE BANK Webサイト「キャンペーン・プログラム一覧」(2025年8月13日閲覧。ただし、同Webサイトには「本キャンペーン・プログラムは、予告なく変更もしくは中止し、または内容を変更する場合があります」との記載があることに留意):https://www.rakuten-bank.co.jp/jrebank/campaign/
(※9) 株式会社野村総合研究所「決済・ポイント実態調査」(2025年6月9日):https://www.nri.com/jp/knowledge/report/2025forum394.html
(※10) Fintech News Singapore “Grab’s Motor Insurance Play Could Rewrite the Rules in Singapore”(2025年6月12日):https://fintechnews.sg/112410/insurtech/grab-motor-insurance-singapore-2025/
(※8) JRE BANK Webサイト「キャンペーン・プログラム一覧」(2025年8月13日閲覧。ただし、同Webサイトには「本キャンペーン・プログラムは、予告なく変更もしくは中止し、または内容を変更する場合があります」との記載があることに留意):https://www.rakuten-bank.co.jp/jrebank/campaign/
(※9) 株式会社野村総合研究所「決済・ポイント実態調査」(2025年6月9日):https://www.nri.com/jp/knowledge/report/2025forum394.html
(※10) Fintech News Singapore “Grab’s Motor Insurance Play Could Rewrite the Rules in Singapore”(2025年6月12日):https://fintechnews.sg/112410/insurtech/grab-motor-insurance-singapore-2025/
金融機能活用の3ステップ ―「課題の解決」から「価値の循環」への進化
ここまでの議論を踏まえて、例として「自動車メーカー」が金融機能を活用する場合を考えてみましょう。実は、金融機能の使い方には段階があります。最初は既存の問題を解決するところから始まり、最終的には会社の成長そのものを加速させる仕組みまで発展させることができるのです。
3つのシナリオを見ながら、この違いを具体的に理解していきましょう。
3つのシナリオを見ながら、この違いを具体的に理解していきましょう。
シナリオ1:「×銀行機能」――完全ドライブ決済で、顧客の「もっと安く」を解決する
これは、先ほど説明した第一の変化「『カネ需要』からの新規顧客獲得が可能になる」を活用した例です。
具体的には、車載ディスプレイとスマートフォンを連携させ、ドライブスルーでの支払いからガソリンスタンド、駐車場まで、車から一歩も出ることなく自社ステーブルコイン(なお、ステーブルコインなどの活用については、YouTube上で動画を公開しています(※11)ので、そちらもご参照ください)で決済完了できるシステムを考えられます(※12)。この際、コインやポイントの還元が「お得」であれば、「1円でも多く」ドライブ決済を利用しようと考えるでしょう。
このシナリオでは、「車に乗っている時間すべてを『ポイ活』チャンスと考える」という、移動時間を価値に変える新しい乗車体験を提案します。物価が上がって家計が苦しい消費者の「少しでも安く済ませたい」という悩みを、便利さとポイント還元で解決することで、新しい顧客を獲得するものです。
ただし、この方法は他の会社も真似しやすく、いずれ差別化が難しくなる可能性が高いと思われます。なぜならば、顧客の悩みが解決されれば、そこでメリットは終わってしまうからです。
これは、先ほど説明した第一の変化「『カネ需要』からの新規顧客獲得が可能になる」を活用した例です。
具体的には、車載ディスプレイとスマートフォンを連携させ、ドライブスルーでの支払いからガソリンスタンド、駐車場まで、車から一歩も出ることなく自社ステーブルコイン(なお、ステーブルコインなどの活用については、YouTube上で動画を公開しています(※11)ので、そちらもご参照ください)で決済完了できるシステムを考えられます(※12)。この際、コインやポイントの還元が「お得」であれば、「1円でも多く」ドライブ決済を利用しようと考えるでしょう。
このシナリオでは、「車に乗っている時間すべてを『ポイ活』チャンスと考える」という、移動時間を価値に変える新しい乗車体験を提案します。物価が上がって家計が苦しい消費者の「少しでも安く済ませたい」という悩みを、便利さとポイント還元で解決することで、新しい顧客を獲得するものです。
ただし、この方法は他の会社も真似しやすく、いずれ差別化が難しくなる可能性が高いと思われます。なぜならば、顧客の悩みが解決されれば、そこでメリットは終わってしまうからです。
シナリオ2:「×証券機能」――街づくり投資ファンドで、社会の「足りない」を解決する
これは、第三の変化「業界を超えた新しい収益機会が生まれる」を具体化したシナリオです。
自動車の走行データから「この地域には充電ステーションが不足している」「この商業施設には駐車場が足りない」といった街の課題を見つけ出し、そのインフラ整備に投資できるファンドを組成します。投資家は将来のインフラ収益に参加でき、地域住民はより便利な街を手に入れられます。
「自動車の技術が進歩したときに、街のインフラがそれに追いついていない」という社会課題を解決する、意味のある取組です。ただし、これも本質的には「足りないものを補う」考え方なので、充電ステーションや駐車場が十分に整備されれば、ビジネスチャンスは一段落してしまいます。
これは、第三の変化「業界を超えた新しい収益機会が生まれる」を具体化したシナリオです。
自動車の走行データから「この地域には充電ステーションが不足している」「この商業施設には駐車場が足りない」といった街の課題を見つけ出し、そのインフラ整備に投資できるファンドを組成します。投資家は将来のインフラ収益に参加でき、地域住民はより便利な街を手に入れられます。
「自動車の技術が進歩したときに、街のインフラがそれに追いついていない」という社会課題を解決する、意味のある取組です。ただし、これも本質的には「足りないものを補う」考え方なので、充電ステーションや駐車場が十分に整備されれば、ビジネスチャンスは一段落してしまいます。
シナリオ3:「×貸出機能」――車が「働く」ほどお得になるカーローンで、会社の成長を加速し続ける
ここからが、事業会社にとって金融機能活用の本当の価値が発揮される話です。第二の変化「金融機関に対する差別化を打ち出せる」をさらに発展させ、自社の成長そのものをパワーアップする仕組みを作り上げます。
レベル4以上の自動運転技術(※13)が実用化され、無人での車両移動が可能になった将来を想像してみましょう。この段階で自動車メーカーが考えるのは、「自動運転技術をもっと良くするにはどうすれば良いか」ということです。そのためには、自分たちが造った車が実際にどのように走っているかのデータを、大量かつ継続的に集める必要があります。
ここで活躍するのが、「車がどれだけ稼げるか」を基準にした新しいタイプのカーローンです。順を追って、考えていきましょう。
まず、オーナーが使っていない時間に、車が自動で最適な駐車スペースを見つけて移動し、その際に空いた移動前のスペースを、他の車に有料で貸し出すサービスを考えてみましょう。車に搭載されたAIが周辺の混雑状況や駐車需要をリアルタイムで予測し、一日に何度も「駐車場探し」を最適化することで収益を生み出します。
自動車メーカーは、この「車が実際に稼いだお金」のデータを参考にして、カーローンを提供します。立地の良い場所でたくさん稼働している車ほど、実際の収益データに基づき「返済能力が高い」と推測できるため、より低い金利でローンを提供できるようになります。
そして、ここからが成長を加速させる「循環」の仕組みです。
顧客は、「車が勝手にお金を稼いでくれるから、安い金利でローンが借りられる」というメリットを感じて、どんどんこのサービスを使うようになります。自動車メーカーは、利用者が増えるほど「自社が力を入れて技術開発したい車の実走行データ」をどんどん蓄積できます。
集まったリアルなデータを使って自動運転技術がアップデートされると、より効率的で安全な自動運転が実現されます。技術が進歩すれば車の価値が上がり、アップデートされた自動運転車はより「上手に」駐車スペースレンタルで稼げるようになります。
つまり、「顧客が魅力的な条件でローンを利用→自動車メーカーが欲しいデータを大量に取得→技術がさらに進歩する→より良い車をより良い条件で提供→車がもっと効率的に稼ぐ→さらに魅力的なローン条件→さらに多くのデータ取得」という、全体がどんどん良くなっていく循環が生まれるのです。
ここからが、事業会社にとって金融機能活用の本当の価値が発揮される話です。第二の変化「金融機関に対する差別化を打ち出せる」をさらに発展させ、自社の成長そのものをパワーアップする仕組みを作り上げます。
レベル4以上の自動運転技術(※13)が実用化され、無人での車両移動が可能になった将来を想像してみましょう。この段階で自動車メーカーが考えるのは、「自動運転技術をもっと良くするにはどうすれば良いか」ということです。そのためには、自分たちが造った車が実際にどのように走っているかのデータを、大量かつ継続的に集める必要があります。
ここで活躍するのが、「車がどれだけ稼げるか」を基準にした新しいタイプのカーローンです。順を追って、考えていきましょう。
まず、オーナーが使っていない時間に、車が自動で最適な駐車スペースを見つけて移動し、その際に空いた移動前のスペースを、他の車に有料で貸し出すサービスを考えてみましょう。車に搭載されたAIが周辺の混雑状況や駐車需要をリアルタイムで予測し、一日に何度も「駐車場探し」を最適化することで収益を生み出します。
自動車メーカーは、この「車が実際に稼いだお金」のデータを参考にして、カーローンを提供します。立地の良い場所でたくさん稼働している車ほど、実際の収益データに基づき「返済能力が高い」と推測できるため、より低い金利でローンを提供できるようになります。
そして、ここからが成長を加速させる「循環」の仕組みです。
顧客は、「車が勝手にお金を稼いでくれるから、安い金利でローンが借りられる」というメリットを感じて、どんどんこのサービスを使うようになります。自動車メーカーは、利用者が増えるほど「自社が力を入れて技術開発したい車の実走行データ」をどんどん蓄積できます。
集まったリアルなデータを使って自動運転技術がアップデートされると、より効率的で安全な自動運転が実現されます。技術が進歩すれば車の価値が上がり、アップデートされた自動運転車はより「上手に」駐車スペースレンタルで稼げるようになります。
つまり、「顧客が魅力的な条件でローンを利用→自動車メーカーが欲しいデータを大量に取得→技術がさらに進歩する→より良い車をより良い条件で提供→車がもっと効率的に稼ぐ→さらに魅力的なローン条件→さらに多くのデータ取得」という、全体がどんどん良くなっていく循環が生まれるのです。
「課題の解決」から「価値の循環」への考え方の転換
ここで、3つのシナリオを振り返ってみましょう。
ここで、3つのシナリオを振り返ってみましょう。

シナリオ1と2は、既存の問題(節約したい、インフラが足りない)に対する解決策を提示するものですが、ひとたび問題が解決されれば、価値の提供はそこで完了してしまいます。
しかしシナリオ3では、金融機能が自動車メーカーの最も重要な強み(技術開発力)を継続的に強化する「成長エンジン」として働いています。図のような循環する成長プロセスを、金融機能が最後の1ピースとして完成させているのです。
事業会社のみなさまが、金融機能を検討される際は、「お客さまの困りごとを解決しよう」という考えから一歩進んで、「自社の成長サイクルのどの部分を金融機能で強化・加速できるか」を考えることによって、本当に価値のあるエンベデッド・ファイナンスの活用方法が見えてくるでしょう。
しかしシナリオ3では、金融機能が自動車メーカーの最も重要な強み(技術開発力)を継続的に強化する「成長エンジン」として働いています。図のような循環する成長プロセスを、金融機能が最後の1ピースとして完成させているのです。
事業会社のみなさまが、金融機能を検討される際は、「お客さまの困りごとを解決しよう」という考えから一歩進んで、「自社の成長サイクルのどの部分を金融機能で強化・加速できるか」を考えることによって、本当に価値のあるエンベデッド・ファイナンスの活用方法が見えてくるでしょう。
(※11) NTT DATA PR YouTube動画「Security TokenとStable Coinの活用」(2025年6月13日公開):https://www.youtube.com/watch?v=RY1soWGiU6c
(※12) なお、ステーブルコインではないものの、例えばMercedes-Benz Mobility社(Mercedes-Benzグループの金融・モビリティサービス事業者)は、駐車や充電、給油などのサービスの車内決済などが可能なMercedes Payを提供しています(Mercedes-Benz Mobility “Payment Services”: https://www.mercedes-benz-mobility.com/en/what-we-do/payment-services/)
(※13) 「特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態」のこと。なお、「自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態」はレベル5とされます。
(※12) なお、ステーブルコインではないものの、例えばMercedes-Benz Mobility社(Mercedes-Benzグループの金融・モビリティサービス事業者)は、駐車や充電、給油などのサービスの車内決済などが可能なMercedes Payを提供しています(Mercedes-Benz Mobility “Payment Services”: https://www.mercedes-benz-mobility.com/en/what-we-do/payment-services/)
(※13) 「特定の走行環境条件を満たす限定された領域において、自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態」のこと。なお、「自動運行装置が運転操作の全部を代替する状態」はレベル5とされます。
今こそ貴社に、エンベデッド・ファイナンスを!

このように考えると、エンベデッド・ファイナンスは一時の流行りではなく、事業会社の成長戦略そのものを根本的に変える可能性を持っていることが分かります。
これまでの「うちも○○ペイを作ろう」という発想は、お客さまの決済の困りごとを解決する「補完的」なアプローチでした。しかし、本当に戦略的な金融機能の活用とは、自社の中心的な成長プロセスを「エンジン」として動かし続けることにあります。
事業会社のみなさまにおかれては、日々自社の商品やサービスを磨かれていることと拝察します。そのお客さま・ファンを大切にしつつ、金融の力を「最後のピース」として活用することで、貴社の成長の循環を作り出せるものと考えています。
「困りごとを解決する金融サービス」から、「価値を回し続ける金融機能」へ。この考え方の転換こそが、デジタル時代における事業会社の競争力を決める重要な要素となるのではないでしょうか。
なお、NTTデータには、貴社のエンベデッド・ファイナンスのお取組を支援させていただく万全の体制が整っています。直近では、例えば2025年4月に、Securitize Japan社と共同で「デジタル証券プラットフォームサービス」の提供を開始し、その第一弾として、「社債購入者情報提供サービス」をリリースしました(※14)。このサービスでは、社債購入者に対して商品・ポイントなどの特典を直接付与することで、資金調達とマーケティングを両立できます。このような革新的な取組を通じて、貴社における新たな価値循環の構築をご支援します。
お客さまとの関係性を変革し、自社の成長エンジンを完成させる武器として、エンベデッド・ファイナンスの可能性を改めて検討してみてはいかがでしょうか。
これまでの「うちも○○ペイを作ろう」という発想は、お客さまの決済の困りごとを解決する「補完的」なアプローチでした。しかし、本当に戦略的な金融機能の活用とは、自社の中心的な成長プロセスを「エンジン」として動かし続けることにあります。
事業会社のみなさまにおかれては、日々自社の商品やサービスを磨かれていることと拝察します。そのお客さま・ファンを大切にしつつ、金融の力を「最後のピース」として活用することで、貴社の成長の循環を作り出せるものと考えています。
「困りごとを解決する金融サービス」から、「価値を回し続ける金融機能」へ。この考え方の転換こそが、デジタル時代における事業会社の競争力を決める重要な要素となるのではないでしょうか。
なお、NTTデータには、貴社のエンベデッド・ファイナンスのお取組を支援させていただく万全の体制が整っています。直近では、例えば2025年4月に、Securitize Japan社と共同で「デジタル証券プラットフォームサービス」の提供を開始し、その第一弾として、「社債購入者情報提供サービス」をリリースしました(※14)。このサービスでは、社債購入者に対して商品・ポイントなどの特典を直接付与することで、資金調達とマーケティングを両立できます。このような革新的な取組を通じて、貴社における新たな価値循環の構築をご支援します。
お客さまとの関係性を変革し、自社の成長エンジンを完成させる武器として、エンベデッド・ファイナンスの可能性を改めて検討してみてはいかがでしょうか。
(※14) 株式会社NTTデータ「NTTデータとSecuritize Japan、デジタル証券プラットフォームサービスを開始 ~第一弾「社債購入者情報提供サービス」で社債にデジタル特典を付与~」(2025年4月18日):https://www.nttdata.com/global/ja/news/release/2025/041800/
【執筆者プロフィール】
立川 将(たてかわ まさる)
NTTデータ 金融イノベーション本部 ビジネスデザイン室 フォーサイト担当 課長代理
2015年、NTTデータに入社。技術開発本部にて量子コンピュータやロボティクスなど最先端技術の研究開発をリード。2020年から4年間、「NTT DATA Technology Foresight」の策定に従事。2024年より現担当へ異動。金融分野におけるフォーサイト起点のビジネス創出に挑み、新たな価値の創造を目指している。
NTTデータ 金融イノベーション本部 ビジネスデザイン室 フォーサイト担当 課長代理
2015年、NTTデータに入社。技術開発本部にて量子コンピュータやロボティクスなど最先端技術の研究開発をリード。2020年から4年間、「NTT DATA Technology Foresight」の策定に従事。2024年より現担当へ異動。金融分野におけるフォーサイト起点のビジネス創出に挑み、新たな価値の創造を目指している。
橋本 響太(はしもと きょうた)
NTTデータ 金融イノベーション本部 ビジネスデザイン室 フォーサイト担当
2025年、株式会社NTTデータに入社。これまでに、中央省庁やスタートアップ、シンクタンクにて、主に金融と先端技術の交叉する領域でのリサーチや執筆、新規ビジネス企画などに携わる。
NTTデータ 金融イノベーション本部 ビジネスデザイン室 フォーサイト担当
2025年、株式会社NTTデータに入社。これまでに、中央省庁やスタートアップ、シンクタンクにて、主に金融と先端技術の交叉する領域でのリサーチや執筆、新規ビジネス企画などに携わる。


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