日本の金融業界を取り巻く状況
永吉さん 福岡銀行に入行後、企画部門などを歴任したのち、iBankマーケティングを立ち上げ、「Wallet+」という国内初のネオバンクと呼ばれるサービスを作りました。現在は、開発中まで含めると全国12行の地域金融機関の皆様にAPIを提供いただき、地域のお客様にサービスとしてお届けしています。
小野沢さん GMOあおぞらネット銀行は2018年にネット銀行事業を開始した若い銀行です。ITと銀行を組み合わせた「銀行らしくない銀行」を目指して、特にAPIに力を入れており、現在200社近いお客様とAPIを接続しています。自身はもともと外資系ITベンダーで金融機関の営業をやっていましたが、今は銀行の世界で挑戦をしています。
丸山さん 決済領域を中心に色々な事業者にAPIを使った「仕組み」を提供しています。事業者が自社でウォレット・決済サービスを提供するための「walletstation」や、カードを発行するための「Xard」に特に力を入れています。以前はJCBで新規事業に携わっていましたが、さまざまな業界で決済の領域をデジタル化すべく、インフキュリオンを創業しました。
青柳さん 昨今は金融機関のファンダメンタルズが厳しい時代だと言われ、異業種からの参入も相次ぐなど、環境が激変しています。皆さんは今の状況をどう見ていますか。
永吉さん 日本では2015年頃にフィンテックが入ってきたと言われていますが、今やフィンテックは業界を超えたDXという言葉に置き換わっていると思います。テクノロジーを使ったイノベーティブなサービスがどんどん増えています。そんな中で、金融機関にはおよそ150年間守り続けてきた金融の仕組みと新しいテクノロジーとをうまく組み合わせて、パラダイムシフトするタイミングが、今まさに来ているのではないでしょうか。
フィンテックという言葉が流行り始めた頃は、金融機関はスタートアップが金融に乗り出してきたと、冷ややかに見ていた面もあると思います。でも、DXという文脈に変わった瞬間に他人事ではなくなった。自分たちがチェンジしないと世の中にフィットできなくなっているんです。ここ1~2年は金融そのもののDXに目線が移ってきている。そんなフェーズにあるのかなと。
丸山さん スマートフォンで金融取引の形が変わったのも大きな流れですね。パソコンでやっていたことが、スマホなら場所を選ばず数分でできる。オンラインとオフラインがスマホを中心に融合している状態で、あらゆるサービスが生活導線を考えて進化しています。単に画面が変わったという時代から、スマホ中心に行動が変わる時代にシフトしている。金融に携わる人たちにとっては、ここからが一番面白いのではないでしょうか。
青柳さん 永吉さんはスマホのプロダクトを作られています。スマホオリエンテッドな世界において、特に重要だと思われるポイントはありますか。
永吉さん スマホが普及し始めた頃と比べて、今は保有率も大きく上がり、若者に至っては100%近くが持っているような状態です。そうなると次は、持っているかではなくどう使っているのかが極めて重要になります。
多くの銀行がインターネットバンキングを整備しました。でもいつの間にかパソコンがスマホに置き換わり、そのスピードについて行けなかった空白の期間があると思っています。金融サービスを使うお客様がスマホでどう生活しているのか、何を求めているのかを深く見ていく。そのアプローチが大切になると思いますね。
青柳さん GMOあおぞらネット銀行には法人のお客様も多いですが、小野沢さんは法人のトレンドシフトをどのように見ていますか。
小野沢さん スマホが個人との距離をぐっと引き寄せてくれたので、法人のお客様はそこにうまく入り込むことをすごく考えるようになってきています。自社の商品・サービスをいかにエンドユーザーの手に近づけるか。その動きがまさに今のDXだと思っています。そのときに金融サービスが一緒についていけるのか、その観点でEmbedded Financeが今後ますます重要になっているのだと考えます。
金融業界が目指すEmbedded Financeの未来像
永吉さん 利用者からすると埋め込んで使うという話ですが、銀行からするとBaaS(※)であり、これらは表裏一体です。どんな業種でも金融との接点があります。私はiBankマーケティングの兄弟会社「みんなの銀行」でBaaS事業に携わっていますが、自社の商品・サービスに金融機能を埋め込みたいという事業者は多いです。金融が儲かるからというより、金融機能をうまく使ってエンドユーザーに商品・サービスをより滑らかに使ってもらいたいという考えからです。そうしたニーズに銀行側が答えていくことが重要ですね。
(※)BaaS:「Banking as a Service」の頭文字をとった言葉で、これまで銀行が提供してきた機能や金融サービスが、APIを介しクラウドサービスとして提供されること。銀行以外の事業者は、自社のアプリやサービスに金融機能を組み込んで利用者に提供することができる。
小野沢さん 以前、流通業の方から「流通業はお客様の玄関に近づいている」という話を聞いたことがあります。昔は大きな店舗が郊外にあって、それからコンビニができ、いまやAmazonが玄関まで商品を持ってきてくれる。なるほどなぁと思ったんですね。
金融サービスも同じで、どんどんお客様に近づいていく。これまで銀行は、お客様がATMや支店に足を運ばないといけない、ちょっと遠い存在だったと思うんです。ですが、今やスマホでインターネットバンキングにアクセスできる。銀行サービスも変わっていく流れの中で、Embedded Financeという世界に進むことは必然ではないでしょうか。
青柳さん Embedded Financeが進む中で、どのような金融機能へのニーズがあるとお考えですか。
永吉さん 3つあり、1つはe-KYC。事業者が自社のお客様を確認するために、銀行が厳格に行った本人確認情報を使うというニーズです。次に決済。事業者が決済サービス提供者に払う手数料を安価に抑えるために、銀行の口座引落を使いたいというニーズです。最後に預金と貸出。中高額帯の商品はお金を貯めたり借りたりして買うことになるため、そうした商品を扱う事業者にニーズがあると思います。
青柳さん 法人という観点ではいかがでしょうか。
小野沢さん 自社の商品・サービスをエンドユーザーにより近づけるために、支払いをどう効率化するのか、支払いの次のアクションにどう即座に移すのか、そうした観点でのEmbedded Financeに対するニーズが現時点では多いように思います。そのニーズにお応えする第一歩として、法人のお客様のビジネス・サービスとAPIを接続することで、さらに法人のお客様の業務と銀行の動きが一体化していくトレンドにあると捉えています。
青柳さん 金融業への異業種参入も増えていますが、丸山さんはどうお考えですか。
丸山さん 以前は金融が儲かるから参入するという発想も多かったのですが、今は本業の顧客体験向上に目的が移ってきていると思います。Embedded Financeも事業会社側から見ると見え方が違ってきます。彼らからするとEmbeddedするのは金融だけではなくEmbedded everythingなわけです。金融に限らずさまざまな企業がお互いに近づいていくとコラボレーションしていいものができる。全体を見るとそんな動きが起きているのかなと。
永吉さん 銀行APIはここからの3年くらいが勝負だと思います。ユースケースがまだ不足しているのが実態です。みんなの銀行では「みんなの暮らしに溶け込む」というコンセプトを掲げていますが、銀行を意識せずに日常の決済をしたり、お金を借りたり貯めたりできるシーンが5年くらい先には出てくるんじゃないかなと考えています。
海外の金融機関では、買収などの手段も使って生活の中に溶け込もうとする動きが盛んです。この流れに乗れないと、溶け込むことにすら入れなくなります。銀行には来てくれない、生活の場にも入っていけない、となると銀行はどこに行くのかという話になってしまいます。だからこの3~5年で溶け込ませるための仕組みをしっかり作っていく必要があります。
小野沢さん 今後は銀行とサービスプロバイダーの主客が逆転するでしょう。これまでのお金の動きで考えると、銀行に行く、ATMでお金をおろすという風に、エンドユーザーの消費行動から少し離れたところに銀行はありました。でもサービスの中に銀行機能が溶け込むとなると、消費行動に近いところが前面に出るので、銀行はどんどん裏方、黒子化していくのが1つの大きな流れになるのではないでしょうか。
とは言え、銀行サービスに対する安心感、信頼感には期待もあります。そこでは銀行が前面に出ることも、場合によっては選択肢の一つとしてはあると思います。前面に出るものと主客逆転するもの、その両方があるのかなと。ただ、外からの銀行の見え方や、存在意義というものは確実に変わるはずです。
丸山さん 人々の目的は、金融ではなくて日常のやりたいことなので、そこに金融が埋め込まれていくという流れは自然です。BNPL(※)も後払いをしたくてカードを持っているわけではありません。買いたいけどお金がない、その解決手段です。
もう1つ、お金の流れがより難しくなっていくのかなと。労働やビジネス自体がオンライン化してきており、お金を生む活動そのもののデータが与信材料にもなる時代です。不動産担保に頼らず活動そのもので与信するとか、金融機関の果たす役割も変わりそうです。これが次の金融の世界観ではないかと思います。
(※)BNPL:「Buy Now Pay Later」の略称で、今買ってあとで支払うという意味の通り、後払い決済サービスの一種。一般的にクレジットカードに比べて信用調査が緩やかだと言われ、手軽に利用ができることから、特に欧米では若年層を中心に人気を集めている。
青柳さん 2015年頃に社内でBNPLをレポートした際には「クレジットカードがあればいいんじゃない?」という声も多かったんです。使い過ぎへの不安といったようなエンドユーザーの価値観や体験を手触り感のある形で考えることも重要ですよね。先ほどAPIのユースケースが増えないという話もありましたが、どういった課題があるのでしょうか。
青柳さん 丸山さんは提供側と利用者側の両方からユースケースを考える立場にありますが、いかがですか。
丸山さん 金融に限定せず、ほかのAPIと一緒に考えたときに、ここに金融APIが使えるとか、このAPIは他から借りるよりも金融機関から借りた方がいいとか、そういう発想が出てくるはずです。だからAPIをもっと広く捉えることが大切なのではないかと思います。
そして、それをサンドボックスとして提供したり、API galleryのように一元化して見えるようにしたりしていく。そうすればもっと広がっていくのではないでしょうか。金融APIではない機能を増やしていくことも1つの考え方かなと。
小野沢さん 今はデバイスの進化やSaaS型サービスの増加によって、ビジネスデザインとITデザインのスピードが同調してきている時代だと思うんです。そうした中でAPI galleryのような、APIを出す、探す、比較する、といった仕組みをうまく活用すれば、ビジネスの組み立てが素早くできる。これが次の一歩になるのではないでしょうか。
青柳さん SIer業界ではトライアル・アンド・エラーとかアジリティのあるプロダクト開発がまだまだ足りていないと思います。API galleryはそういった取り組みを高速で進められるようなカルチャーでやっていきたいですね。
日本の金融業界における今後の展望
永吉さん DXは全産業共通のテーマです。銀行は一定のインフラや資本力があるので先行投資できますが、皆がそうとは限りません。銀行は血液のように色々なものを地域社会に供給する役割を持っていますが、地域のお客様のデジタル化も大きな課題です。
だから、地域のハブになる銀行がデジタル化を進めないことには地域の企業もそこには到達できないなと。産学官連携を取ってしっかり進めるべきだと思いますし、我々もそれを使命としてやっていきたいですね。
小野沢さん フォーカスすべきは新しいビジネスを伸ばしていくことです。個人のライフスタイルも変わってきていますが、そこに対して事業者さんが次々と新しい商品・サービスを提供する。それが組み合わさってDXが形成されると思うんです。テクノロジーをベースにサービスを提供している我々としては、これからのサービスを作っていく事業者さんと一緒に成長できるような仕組みを作っていきたいですね。
今の社会は新しく事業を始める人たちのための土壌が整いきっていないと思います。彼らの挑戦を金融機関やイネイブラーが一緒になって支え、広げていくことが、これからの日本の金融の競争力を高めていくキーになるのではないでしょうか。
丸山さん ユーザー体験の向上に向けた動きは各所で進んでいます。次のステージはフィンテックに閉じたものではなく、日本経済のパイを広げるために、地域や他産業のDXを進めていくところにあるのではないでしょうか。その中に金融機能を埋め込んでいくことも含まれます。次の産業を作るためのイノベーションのコアを担っていくことが重要だと思います。
永吉さん 私自身は新しいことにチャレンジし続けてきたからこそ、今があります。金融機関は失敗するとバッテンがつくとよく言われますが、もはやそんな業界では生き残れません。大事なのは小さな失敗をいかに繰り返すかということ。そうしているうちに色々な人との繋がりもできますし、社内の信頼度も上がって新しいことをするときには任せてみようというムーブメントにもなってくる。
だから、日本の金融を世界に発信するとか、地域を盛り上げるという観点でも、大いにAPIを使って新しいビジネスを生み出していきたいですね。でもそれは1行だけでは意味がなくて、良いものがあればみんなで取り込んだりシェアしたりしながら、お互いに競争優位性みたいなものを見つけていければいいなと思っています。
小野沢さん 当社でも最初はAPI活用がなかなか進まなかったんです。個々のお客様の要望に着目しながら、少しずつユースケースを積み上げてきました。そういう地道なチャレンジを重ねていくことが、やがては業界全体が盛り上がるようなムーブメントに繋がるのではないかと思います。
当社では、APIはマーケティングツールであってマネタイズはしないと割り切っています。トラディショナルな金融サービスとAPIを組み合わせて新しい価値を提供していくところで挑戦しようと。そうすることで重しを離して前に進めやすくなる。業界全体が盛り上がることを期待していますし、我々もフロントランナーとして情報発信していきます。
丸山さん 与信もデフォルトのデータがあってこそ正常のデータが成り立つわけで、ビジネスもチャレンジを繰り返していくしかありません。個々の成功、失敗ではなく、たどり着こうと思っていたところに向けて試行錯誤のデータを溜めていくという発想が大切ですね。
金融機関は与信ビジネスではそういうやり方をしてきたわけですから、同じように新しいことへの挑戦をもっと広く捉えるべきです。そしてそうした活動をスタートアップと金融機関が一緒になってやっていければいいなと思います。
青柳さん 共通して重要なのは「失敗を恐れずにやってみよう」ということですね。トライしてユースケースを積み上げていくことが大事なのだとあらためて感じました。API galleryも皆さんのトライアル・アンド・エラーをサポートできるような場を提供していきたいと思います。
<プロフィール>
永吉 健一 さん
iBankマーケティング株式会社 取締役Founder
福岡銀行に入行後、地域金融機関の経営統合に向けた検討から、2007年のふくおかフィナンシャルグループ設立、その後のPMI(Post Merger Integration)業務に注力。2014年より既存の銀行、サービスに捉われない「全く新しいマネーサービス」として、金融サービスプラットフォーム『iBank』の構築に向けたプロジェクトをリード。2016年4月に企業内ベンチャーとしてiBankマーケティングを1万円で起業。
iBankマーケティング(https://www.ibank.co.jp/)
小野沢 宏晋 さん
GMOあおぞらネット銀行株式会社 企画・事業開発グループ長 執行役員
日本アイ・ビー・エムにシステムズ・エンジニアとして入社。メガバンクや地方銀行向けサービス部門を経て、2011年に地方銀行向け共同化システム運営会社の取締役副社長に就任。2013年に日本アイ・ビー・エムの理事、2017年には同社・バイスプレジデントとしてアウトソーシング事業における事業開発を担当。2019年、GMOあおぞらネット銀行に参画、経営企画を担当する執行役員に就任。
GMOあおぞらネット銀行(https://gmo-aozora.com/)
丸山 弘毅 さん
株式会社インフキュリオン 代表取締役
ジェーシービーに入社後、信用管理部門・マーケティング部門を経て、新規事業開発・M&A部門の設立メンバーとして参画。2006年にインフキュリオンを創業し、グループの経営戦略、新規事業を担当。2015年に一般社団法人Fintech協会を設立し代表理事会長に就任。業界発展・法改正などに貢献。2018年に一般社団法人キャッシュレス推進協議会理事に就任。日本のキャッシュレス推進に向け実務・政策の両面から貢献。
インフキュリオン(https://infcurion.com/)
青柳 雄一 さん
株式会社NTTデータ バンキング統括本部 OSA推進室 部長
入社以来、数多くの金融系新規サービス立ち上げに従事。2015年からはオープンイノベーション事業にも携わり、FinTechへの取り組みを通じて、複数の金融機関のデジタル変革活動を推進。NTTデータのデジタル組織立ち上げ、デジタル人財戦略策定/育成施策も実行。現在は当社金融分野の新デジタル戦略、外部連携戦略策定・実行にも従事。2021年10月にリリースした金融APIマーケットプレイス「API gallery」の推進をリード。
API Gallery(https://api-gallery.com/)
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※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。