量子とは何か
量子コンピュータを理解するうえで避けて通れないのが、「量子とは何か」という問題です。本記事では、その出発点となる考え方を歴史とともに考えます。
前編では、二重スリット実験を通じて量子が波と光の性質を持つことを紹介しました。中編では、多くの科学者を悩ませてきた「光の粒子説」と「光の波動説」について見てきました。
後編ではいよいよ量子力学が登場します。
量子力学はどのようにして生まれたのでしょうか。歴史をさかのぼってみましょう。
量子力学はどのようにして生まれたのでしょうか。歴史をさかのぼってみましょう。
電磁気学の登場と発展

量子の不思議なふるまいを説明する鍵の一つとなったのは電磁気学です。電磁気学は名前の通り、電気や磁気の性質を説明することを試みた学問です。電気は静電気や雷として、磁気は磁石として知られていましたが、その正体は長らく解明されていませんでした。
21世紀を生きる私たちには常識ともいえる電気と磁気の関係ですが、18世紀頃まで、電気と磁気は互いに無関係の現象だと考えられていました。これを結び付けたのがハンス・エルステッドです。近代科学に大きな影響を及ぼした人物のひとりです。童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセンの親友であり、本人も詩集を出版しています。また、デンマークの首相を務めたこともあるなど、多才ぶりを示すエピソードが多数存在しています。学者としても優秀で、コペンハーゲン大学の物理学の教授に上り詰めています。エルステッドは講義中、電流を流す装置の電源を入れたり切ったりするのに合わせて方位磁石の針が動くことを発見しました。この発見は、電気と磁気を結び付ける大きなターニングポイントとなりました。
その後、右ねじの法則※を考案したアンペール、ガウスの法則※を考案したガウス、電磁誘導※の概念を生み出したファラデーといった著名な学者たちが電磁気学の重要なピースを作り上げていくことになります。
※右ねじの法則…電流を流すと右ネジの回る向きに磁場が生じる法則
※ガウスの法則…物体が帯びている静電気が存在すると外に流れようとする力が生まれることを示す法則
※電磁誘導…磁石を動かすと電流が流れる現象
余談ですが、ガウスは数学の抜きんでた天才であり、数学、物理学の各分野に彼の名がついた法則が多く存在します。Wikipediaにガウスにちなんで名づけられたもの一覧があるほどです。ガウスはファラデーの電磁誘導の発見を通じてガウスの法則を思いつきましたが、その内容が当時の学者たちにとって高度なあまり、容易に理解できるものではなかったとされています。現代においても、ガウスの提唱した法則や公式は、多くの理工系分野で重要な基礎とされています。
※ガウスの法則…物体が帯びている静電気が存在すると外に流れようとする力が生まれることを示す法則
※電磁誘導…磁石を動かすと電流が流れる現象
余談ですが、ガウスは数学の抜きんでた天才であり、数学、物理学の各分野に彼の名がついた法則が多く存在します。Wikipediaにガウスにちなんで名づけられたもの一覧があるほどです。ガウスはファラデーの電磁誘導の発見を通じてガウスの法則を思いつきましたが、その内容が当時の学者たちにとって高度なあまり、容易に理解できるものではなかったとされています。現代においても、ガウスの提唱した法則や公式は、多くの理工系分野で重要な基礎とされています。
こうした電気と磁気にまつわる重要な法則を最終的にまとめあげたのがジェームズ・マクスウェルです。彼は電気と磁気の関係を4つの方程式で表しました。マクスウェル方程式が示しているのは、電気と磁気は互いに影響を与えながら波として空間を伝わるという性質です。
結局のところ電磁気学が光や量子となんの関係があるのか疑問に思われるかもしれません。しかし、マクスウェルの方程式の成立により、光は電磁波である可能性が示されました。
マクスウェルは電磁波が伝わる速さを計算した結果、光の速さと一致したことから、「光は電磁波である」という仮説を立てました。
マクスウェルは電磁波が伝わる速さを計算した結果、光の速さと一致したことから、「光は電磁波である」という仮説を立てました。
この仮説を実験により証明したのがハインリヒ・ヘルツです。ヘルツはマクスウェルの理論から電磁波を発生させる実験を行い、結果を『非常に速い電気的振動について』という論文にまとめました。彼の実験により“電磁波が実在すること”、“電磁波と光が同じ性質を持っていること”が示されます。
長い時間と多くの科学者のひらめきと努力の積み重ねによって、「光とは何か」が明らかにされてきました。
光は波であり粒子である

マクスウェルの方程式の成立により、光は波動であるという結論で決着がついたかのように思われました。しかし、この認識に疑問を投げかけたのがアルベルト・アインシュタインです。
アインシュタインが注目したのは「光電効果」という現象でした。これは、金属に光を当てると電子が外に飛び出す現象です。電子を金属の外に出すためには、ある一定以上のエネルギーが必要になります。
ここで、光を純粋に波として考えてみます。波であれば、そのエネルギーは連続的に伝わるはずです。そのため、弱い光であっても長く当て続ければ、電子は少しずつエネルギーを受け取り、やがて必要な量に達して飛び出すはずです。また、光が強ければ強いほど、より短い時間で電子が飛び出すはずです。日光を虫眼鏡で集めると紙が燃えるように、エネルギーは集めたり、時間をかけて蓄えたりできると考えるのが自然でした。
ところが、実際の光電効果はこの予想とはまったく異なる振る舞いを示しました。どれだけ強い光を当てても電子がまったく飛び出さない場合がある一方で、弱い光であっても一定の条件さえ満たせば電子はすぐに飛び出すことが確認されました。電子が飛び出すかどうかは、光の強さではなく、「光の色」によって決まっていたのです。
この現象を理解するための鍵は、「電子がエネルギーをためることができない」という性質にあります。電子は、必要なエネルギーを一度に受け取らなければ外に飛び出すことができません。少しずつ受け取って蓄積することはできないのです。
この振る舞いは、段差を飛び越える状況に例えると分かりやすくなります。高い段差を越えるためには、十分な高さまで跳ぶ力が一度に必要になります。ジャンプの力が足りなければ、何度繰り返しても段差を越えることはできません。必要なのは回数ではなく、一回のジャンプの強さです。
光電効果における電子もこれと同じで、一度のやりとりで十分なエネルギーを受け取れなければ、どれだけ光を当て続けても飛び出すことはありません。
アインシュタインはこのふるまいを説明するために、光を波ではなく「粒」として考えました。このとき重要になるのは、光の明るさと色がまったく異なる意味を持つという点です。明るさは光の粒の数、つまりどれだけ多くの粒が届いているかを表します。一方で色は、1つ1つの粒が持つエネルギーの大きさを表しています。
この違いを踏まえると、光電効果の結果は自然に理解できます。赤い光は1粒あたりのエネルギーが小さいため、いくら数が多く明るく見えていたとしても、電子を外に押し出させることができません。一方で青い光は1粒あたりのエネルギーが大きいため、1回のやりとりで必要なエネルギーを満たすことができ、電子はすぐに飛び出させることができます。
このように光電効果では、全体の量ではなく、1回あたりのエネルギーの大きさが決定的な役割を果たします。つまり、「どれだけたくさん光があるか」ではなく、「1つの光がどれだけのエネルギーを持っているか」が重要だったのです。
アインシュタインは光電効果の考察を通じて、光は粒子の性質を持っていると結論づけるに至ります。
アインシュタインによってようやく、光は波であると同時に粒子の性質も持つことが明らかにされたのです。
アインシュタインによってようやく、光は波であると同時に粒子の性質も持つことが明らかにされたのです。
そして量子力学へ

ここからは量子力学の本題に進みます。
量子力学の分野に重要な考え方をもたらしたのがド・ブロイです。ここまでは、光という特別なものが波と粒子の両方の性質を持っているというものでした。これに対し、ド・ブロイは、電子のような粒子もまた波の性質を持つのではないかという仮説を立てました。
この仮説は後に実験によって検証され、電子もまた波の性質を持っていることが明らかになりました。
電磁波には、それを記述する「マクスウェルの方程式」があります。同様に、電子も粒子の波として数式で表せるのではないかと考えたのがエルヴィン・シュレーディンガーです。マクスウェルの方程式を紐解くと、波は時間とともに変化すること、空間を伝わっていくことを表しています。この考え方を粒子にも当てはめようとした結果、シュレーディンガー方程式が誕生しました。
この方程式は、粒子がどこに存在して、どのように動くかを表しています。原子の構造や化学結合も、このシュレーディンガー方程式で計算することができ、現実の現象を正確に予測することができます。
つまり、粒子は波としてとらえることで、そのふるまいを理解できるようになったのです。
ここで本質的な疑問が生じます。
電子の「波」とは、いったい何を意味しているのでしょうか?
電子の「波」とは、いったい何を意味しているのでしょうか?
確率の波
シュレーディンガー自身も、シュレーディンガー方程式を導いた電磁波にならって考えたにすぎず、この方程式が表す「波」が何なのかまでは分かりませんでした。
電磁波は観測することができる実在の波です。アンテナで検出することができ、物理的にもエネルギーを持っています。一方で、電子の波はシュレーディンガー方程式によって存在を予測されたものであり、直接観測することはできません。不可思議なことに、観測しようとすると広がった波は一点の粒子として現れます。
現在主流となっている、この波の正体は「確率の波」ではないか、という解釈を提示したのがマックス・ボルンです。
ボルンはシュレーディンガー方程式が表しているのは実在する波ではなく、電子がどこに現れるのかの確率を示していると考えました。この解釈が主流となり、電子は観測されるまでは確率の波であり、観測によって粒子が現れる、という現在の考え方が生まれました。
ボルンはシュレーディンガー方程式が表しているのは実在する波ではなく、電子がどこに現れるのかの確率を示していると考えました。この解釈が主流となり、電子は観測されるまでは確率の波であり、観測によって粒子が現れる、という現在の考え方が生まれました。
ただし、これは解釈の一つであり、観測によって実際に確率の波が存在していることが明らかになったわけではありません。ボルンの解釈が受け入れられているのは、「実験結果をうまく説明することができ、なおかつ一番簡単だから」です。現在も難しく複雑な解釈が複数存在しており、どれが正しい説なのか結論は出ていません。
実はシュレーディンガーはこの解釈に違和感を持っていました。その問題を示すために考えたのが、有名な「シュレーディンガーの猫」の思考実験です。
箱の中に猫と装置を入れます。この装置は一定の確率で毒ガスのスイッチが入るようになっており、作動すると毒ガスが出て猫は死に、作動しなければ何も起きず猫は生きたままです。量子力学の考え方に基づけば、箱の中の猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」が同時に存在することになります。そして、箱を開けて中を観測した瞬間に猫の生死が決まるのです。
シュレーディンガーはこの考え方をそのまま受け入れると、常識では受け入れがたい結論になることを示そうとしました。
私たちが「確率の波」というものがうまく飲み込めないのも当然と言えるでしょう。
箱の中に猫と装置を入れます。この装置は一定の確率で毒ガスのスイッチが入るようになっており、作動すると毒ガスが出て猫は死に、作動しなければ何も起きず猫は生きたままです。量子力学の考え方に基づけば、箱の中の猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」が同時に存在することになります。そして、箱を開けて中を観測した瞬間に猫の生死が決まるのです。
シュレーディンガーはこの考え方をそのまま受け入れると、常識では受け入れがたい結論になることを示そうとしました。
私たちが「確率の波」というものがうまく飲み込めないのも当然と言えるでしょう。

おわりに
前編では、量子の波動性と粒子性を紹介しました。中編では、波動説と粒子説をそれぞれ見てきました。そして後編では、その奇妙さを支える理論の中心に、「確率の波」という観測できない波があることを説明しました。
電磁気学の方程式は、自然界の現象を「波」として理解できることを示しました。シュレーディンガー方程式は、その視点を物質にまで拡張しました。
しかしそこで現れたのは、実在する物理的な波ではなく、観測結果の可能性を表す波でした。
しかしそこで現れたのは、実在する物理的な波ではなく、観測結果の可能性を表す波でした。
確率の波は観測できない。
けれども、それを仮定しなければ世界を説明できない。
この奇妙さこそが、量子力学の核心であり、いまなお続く研究の出発点なのです。
けれども、それを仮定しなければ世界を説明できない。
この奇妙さこそが、量子力学の核心であり、いまなお続く研究の出発点なのです。
もしかすると、次の理論はこの「確率の波」の正体を、まったく新しい形で描き出すのかもしれません。


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