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日本における“A2A決済”の発展

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近年世界各国で、小口限定のリアルタイム決済、いわゆる“A2A決済”を実現する動きが活発になってきています。日本における“A2A決済”の導入は正に議論の渦中といったところですが、キャッシュレス化が進む日本の現状にとってどのようなメリットがあり、何が実現の障害となっているのでしょうか。本記事ではそれらの現状をひも解いたうえで、日本において将来的に“A2A決済”が導入され、活用される可能性について探ります。

A2A決済の実現

A2A決済は、サービス利用者の支払額がクレジットカード事業者などの決済事業者を経ずに直接銀行から加盟店などのサービス事業者に払われる仕組みのことです。
A2A決済インフラの実現により、個人が対面やオンラインの加盟店において商品を購入した金額が即座に加盟店が保有する口座に着金するサービスを実現することができます。

A2A決済を言葉通りに受け取ると、『口座から口座への直接サービス』ということになり定義が広いのですが、ここでは商取引における個人と事業者間の取り引き、いわゆる店舗決済のことを指していることとします。他には個人と個人の口座間の取り引き、いわゆる個人間送金がありますが、これは日本では”ことら送金”によって既にA2A決済が実現されていると言っていいでしょう。
A2A決済については以下の記事で詳しく解説しています。

A2A決済の目的

我々が普段何気なく利用しているクレジットカードや、最近急拡大している電子マネーなどの裏側には、たくさんの仲介者がいます。キャッシュレスの歴史は古く、先進国であればあるほど、個人が決済をしてから売り手である店舗にお金が届くまでにたくさんの仲介者を経ることになります。
これを決済チェーンと呼びますが、A2A決済はこの決済チェーンの非効率をなくし、コストとキャッシュフローの最適化を目指すのが大きな目的となります。

この決済チェーンの非効率度合いを示すひとつの指標が、加盟店が支払う決済手数料率です。
売り手である企業がキャッシュレス手段に最終的に支払うコストのことですが、仲介者が多くなるほどこのコストは大きくなると思って間違いありません。日本はこの指標が世界的に見ても高く、2018年には日本のキャッシュレス化が進まない原因として指摘されています。(注釈:2018.4 経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」

日本の消費者は特にポイントを好むことがわかっています。このポイントの原資は一義的にはキャッシュレス事業者が持ちますが、結局はこの加盟店手数料率に反映されるものです。これは約0.5%と言われています。
2024年現在、中国の加盟店手数料率は約0.5%-0.6%と言われています。対して、日本の手数料率の平均値は3-3.5%程度と言われており、ポイントの原資である0.5%を考慮したとしても約2%以上高くなっています。
これが、日本の決済チェーンの非効率を示す指標であるとも言えます。

日本における決済チェーンの解説と課題

日本の決済チェーンの構造はクレジットカードの影響を強く受けていますので、代表的な事例としてその決済チェーンの構造を説明します。

                                                                                           従来の決済チェーン

イシュア

発行業者と訳されます。クレジットカードならカードの発行元です。通常クレジットカード業者として消費者側から見えるのはこのイシュアのみです。そのため、消費者側の口座を管理し、利用に応じて利用代金を請求、徴収します。

アクワイアラ

加盟店獲得業者と訳されます。その名の通り、加盟店獲得が主な業務となりますが、決済読み取り端末の配付や加盟店審査、加盟店への精算も重要な役割となります。加盟店側の口座を管理しているのはこのアクワイアラとなります。

国際ブランド(ネットワーク)

VISAやMASTER、が国際ブランドです。クレジットカードでは、そのブランドにおけるルールそのものをつくっており、イシュアやアクワイアラは彼らからライセンシーを受けて活動しています。
また決済チェーン上の役割という意味では、イシュアとアクワイアラが異なる場合、その間を繋ぐ役割を果たしています。日本のイシュアが発行したクレジットカードが海外の加盟店でも利用できるのは彼らのおかげです。日本国内でも、イシュアとアクワイアラが異なる場合にはその間を繋ぐ役割を果たしています。
国際ブランドのネットワークのおかげで、イシュアはアクワイアラと契約しさえすれば加盟店の網羅率を高められます。
決済チェーンの基本的なお金の流れは消費者の利用時に消費者のお金がイシュアに振り込まれるところから始まります。その後月末等にまとめてイシュアから契約先のアクワイアラに振り込まれ、アクワイアラから加盟店に振り込まれる流れです。その他にもこれらの一部業務を請け負う形での決済代行業者や、国際ブランドを代表とするシステムネットワークの提供者など、多くの仲介者が存在しています。その流れの中で仲介者を経るごとに、各仲介者の手数料が差し引かれていきます。

仮にA2A決済チェーンが実現するとしたら、現状の各プレイヤーの役割がどこまで変わり、どの部分が変わらないと言えるのでしょうか。各プレイヤーの役割変化とその結果としてのメリットについて次章でまとめます。

A2A決済基盤の効能

A2A決済が実現した場合、決済チェーンの各プレイヤーの役割は以下のように変化していくものと考えられます。

                                                                                        A2A方式の決済チェーン

イシュア

突き詰めるとA2Aは口座間の移動であるため、イシュアは銀行かその代行業者に限定されます。A2A決済でも、消費者の依頼に基づいて消費者の銀行口座から金額を直接引き落とすことは従来のデビットカードなどと変わりがありません。
大きく変わるのはアクワイアラ向けの精算の部分で、これまで月に多くて数回必要であったアクワイアラへの精算業務が不要になります。言わずもがなですが、決済の都度、消費者の口座の残高が加盟店業者の口座に既に移動しているので、イシュアがまとめて振り込む必要がないからです。

なお、理想的にはイシュア(銀行)で完結する世界ですが、日本では銀行勘定系のAPI化は途上であるため、その契約・システムを取りまとめる存在が重要となってきます。
世界を見るとちょうど米国の状況が類似した状況です。米国では例えば、Plaidというユニコーン企業がその役割を果たしています。Plaidは2,600以上のサービサー(Fintech企業など)と、11,000以上の金融機関をつなぐプラットフォームで、世界中で2億人以上(米国内では4人に1人)のユーザーを獲得しています。

アクワイアラ

A2A決済では加盟店への精算業務が存在しないので、加盟店獲得業務、審査業務のみ残ります。担う役割が減るのは確かですが、世界各国の事例を見ると、加盟店側の利便性を提供するプレイヤーという位置づけから、例えば上述のPlaidのような役割を担うように発展していくことも考えられます。

国際ブランド(ネットワーク)

日本でA2A決済が始まるとすると、当面は国内業務に限定されることが考えられます。さらにクレジットカードのようなブランドからのライセンシー事業ではないことが予想されるので、国際ブランドの仲介は不要と考えられます。
これらの役割の変化を見ていくと、決済チェーンにおけるA2A決済導入の定量的なメリットは精算業務に関わるメリットに集約されると言えそうです。その観点からもまとめてみます。

精算のコスト

加盟店精算は基本的には銀行振込です。多くの業者では振込代行を利用しており、その相場は約100円/件前後と言われています。シンプルにはそこがA2A決済によって代替されるコストとなります。 

対象となる振込先数ですが、2021年の経済産業省の調査によると、キャッシュレス決済の導入率は全業種対象としたアンケートで約7割。全業者数178万社(令和3年調査)からすると、ざっくり120万社程度がキャッシュレスの精算対象社数と言えそうです。

精算が月1回発生すると、単一の決済手段につき年間約14億円のコストとなります。また、45.4%が複数の決済種類を導入しているという調査結果や、月複数回の精算があることも考えるとその数倍の母数があることと思われます。 

消込業務

精算業務の企業側の負荷として、消込の負荷があげられます。特にシステム自動化が進んでいない中小企業において顕著な負荷で、1社あたり月に17.3時間、年間で言えば207.6時間がその業務にあてられていると言われています。
※帝国データバンク「決済事務の事務量等に関する実態調査」調査報告書(2017.3)から引用

A2A決済の実現により、企業側の消込業務もなくなると思われます。消費者が決済を行ったその場で企業側の口座に着金するため、現金と同じく、その入金が何であるかを確認する必要がありません。実際、会計上の扱いは現金と同様となると思われます。

平均時給1500円として時間換算すると、120万社で年間のコストは3800億円という、規模の違う数字となります。この事務コストが、A2A決済の実現にあたり削減されるコストの母数と言えるでしょう。

代金回収の期間

通常加盟店精算は月1回~2回で行われています。店舗側から見ると、商品を売ったタイミングから、口座への着金まで1カ月程度の時間がかかるということになります。

これはある程度精算金をまとめて振り込む方が、経済合理性があるためで、銀行振込の手数料が1件単位でかかることからの構造的な問題です。(注釈:公正取引委員会 QR コード等を用いたキャッシュレス決済に関する 実態調査報告書(2020.4)
また、精算事業者が多層化することもあり、さらにサイトが伸びる原因ともなっています。

対してA2A決済では商品を売ったタイミングでリアルタイムに店舗側に着金するということになりますので、そこがA2A決済のメリットとなります。
以上を整理すると、A2A決済により実現されることは以下となります。

① A2A決済にて決済された商品代金が即時に着金することで、加盟店の資金繰りと事務負担が改善する
② 精算業務がなくなることで、決済チェーン全体の事務量が減少する
③ ②により加盟店精算業務自体が消滅することで、決済チェーンにおけるプレイヤーが減り、結果として加盟店コストが低減する
④ ①②による加盟店のメリットがA2A決済ユーザーのメリットとして還元され、利用するユーザーが増加する

この①~④のフローが遅滞なく回り始めて初めて、A2A決済がサステナブルに定着すると言えるでしょう。

A2A決済実現への課題

一方で実際に日本にA2A決済を導入しようとすると当然課題もあります。

加盟店の課題

まず利用される店舗をどのように獲得するかの課題があります。既存キャッシュレス業者であればアクワイアラの加盟店獲得活動に依存することになりますが、当然中間コストは増加します。隣国の中国や韓国、台湾などは実質的に国主導の機関がアクワイアラを代替しており、それにかかるコストは無料か最小限のものとなっています。

また、端末の問題もあります。消費者としてもよく目にするとは思いますが、キャッシュレスで対面決済を行う加盟店には「加盟店決済端末」が置かれています。A2A決済のバックボーンとなるネットワークを新規に構築したとしても、この「加盟店決済端末」への対応は考えなくてはなりません。紙の二次元バーコードなどを利用して決済端末の代替とすることもできますが、店側のオペレーションが複雑化するなどの問題があり、特に大手の加盟店には嫌われる傾向にあります。

さらに加盟店法人という側面で言えば、法人の会計システムの課題もあります。A2A決済において得た売上は、会計上は現金と同様となるかと思われますが、A2A決済に対応している会計システムは当然まだありません。会計システムは企業ごとに特有の事情が色濃く反映されている場合が多く、その対応も重い課題になるかと思われます。

推進力の課題

ここまで見えてきたA2A決済の効能は、中小企業に対して効果が高いものであると言えます。一方で、業界全体に影響力の高い大企業は手数料の低減やサイトの改善において、あまり大きなニーズがあるとは言えません。このことから民間からの推進力を期待するのは厳しく、日本において未だにA2A決済が大きな潮流になっていない理由のひとつかと思われます。
これらは日本が先進国であるがゆえの課題であるとも言えます。一般的には、得られるメリットが課題を解決するための投資を上回れば自然と進むと思われますが、日本は先進国であるがゆえにメリットに比べインフラ投資が大きくなってしまっているように見えます。ある程度の国家的推進力が必要となる分野であると思われます。

海外事例 ブラジルPix

少し海外に目を向けると、ブラジル中央銀行がインフラを提供し、推進している小口即時決済スキームである”Pix”は、A2A決済の好事例と言えます。”Pix”はブラジル中央銀行(BCB: Banco Central do Brasil)が開発し、2020年11月16日にリリースしたA2A決済です。

ブラジルではこの”Pix”のおかげで国際ブランドのクレジットカードは10年以内に絶滅する、とさえ言われており、その勢いはリリース後約3年弱で国民の7割が利用するようになっているほどです。

その理由の大きな一つが、決済手数料の安さです。2022年初頭のブラジルでは国際ブランドクレジットカードが約2.2%、デビットカードが1.0%程度の決済手数料率であるのに対し、Pixは0.22%の安さでの提供を可能にしています。

ブラジル中央銀行は「決済チェーンでの仲介事業者をなくすこと」を明確に方針としてあげており、それにより事業者の決済コストを削減し、キャッシュフローの最適化を実現しようとしています。

終わりに

数多(あまた)の課題がありつつも、日本では将来的にはこの分野が重要になる可能性があると感じられるのは、シェアリングエコノミーやスポットワーカーといったより個人事業主に近い企業数の増加により、精算対象数が爆発的に伸びることが予測されるからです。

例えば、大手電子マネーの加盟店社数は約10万社という単位ですが、UberEatsJapanの配達パートナー登録者数は現時点で同規模の10万人~20万人と言われています。日本にとってはまだ馴染みが少ないですが、オンライン上のクリエイターズエコノミーの代表である”Roblox”のアクティブユーザーは6500万人です。また単純な社数の問題だけでなく、個人事業主やスポットワーカーは月の売上が小さいため、逆ザヤになってしまうリスクもあります。現在のインフラによる精算のままでは、精算のコストがネックとなりイノベーションを阻害してしまう可能性さえあります。

日本全国の商活動にあまねくA2A決済が導入されるというのは相当に未来の姿となりそうですが、オンラインにおける新しいエコノミーやスポットワーカー向けのプラットフォームなど、個人事業主や小企業を対象とした、新しい商活動分野向けのプラットフォームとして導入するのは意義もコストメリットもあるのではないでしょうか。

記事中にも書いた通り、民間からの動きと共に国家的な推進力が必要な領域かと思われますが、日本としてどのようにこの分野が発展していくのか、興味がもたれるところです。
【この記事を書いた方】
鳥居 秀臣

鳥居 秀臣

2001年NTTデータ入社。主に銀行分野でソフトウェア開発やビジネス企画の推進に従事。
2019年に金融法制を専攻として経営戦略大学院を修了、近年はデジタルペイメントに強みを持つコンサルタントとして様々な新規事業の実現をサポート
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※本文および図中に登場する商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
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執筆 オクトノット編集部

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