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キャッシュレス化再考 ~オランダの経験から学べること~

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風車とチューリップで知られるオランダは、実は世界で最もキャッシュレス化が進んだ国の一つです。しかも同国の街角で最も使われているのは、30年以上の歴史をもつ古典的なデビットカードです。この国が、決して目新しいとは言えないツールで成功をおさめている裏には、いったいどんな秘密が隠されているのでしょうか。

今も生き続けるカネゴン

パンデミック下のテレワーク生活で自宅にいることが多いせいか、以前よりテレビを観る時間が増えた気がします。そうしたなか、毎週の楽しみになっているのが、NHK(BSプレミアム、月曜夜)で再放送中の「ウルトラQ」です。あの「ウルトラマンシリーズ」で知られる円谷プロが1966年に製作した連続テレビ番組で、その成功が同シリーズの誕生につながったという記念碑的作品です。

週替わりで登場する怪獣のうち、最も知られたものの一つに「カネゴン」がいます。守銭奴のガキ大将が変身した、お金を栄養源とする人間サイズのミニ怪獣です。その愛らしい姿は、シュールなストーリー展開と相まって、世の中に強烈な印象を残しました。かつて円谷プロがあった東京の世田谷区では、「カネゴン」の像が今もひっそりベンチに座っていたりします。

「ウルトラマン商店街」で筆者が撮影した「カネゴン」(Ⓒ円谷プロ)

先日その再放送を眺めていて改めて気づいたのですが、カネゴンは、紙のお札よりも金属製の硬貨のほうがお好みのようでした。振り返ってみれば、当時自分たちの半ズボンのポケットに入っていたのは、たいてい茶色く錆びた青銅製の十円玉でした。素材自体が価値をもつ時期が長かったお金の歴史のなか、その末裔である硬貨が大事にされた時代も、白黒の画像とともに遠い日の記憶になりつつあります。

ときは流れて、世はさらにキャッシュレスの時代へと向かっています。クレジットカードに電子マネーも加わって現金を駆逐していくのだとしたら、世田谷のカネゴンのことが少し心配になります。もっともこの怪獣は、日本に住んでいる限り、しばらくはあまり心配せずに済みそうです。なぜなら、この国ではまだまだ現金が居座りそうだからです。わが国のキャッシュレス化は、残念ながら諸外国に大きく水をあけられています。

ここで誰にでも思い浮かぶ至極単純な疑問は、「キャッシュレス化が進んでいる国では、なぜ進んでいるのか」ということではないしょうか。そこでいくつかの国を調べてみた結果、浮かび上がってきたのは「ローマは一日にして成らず」という当り前の事実でした。つまり、今はうまくいっている国でも、そこに至るまでは決して順風満帆ではなかったということです。加えてもう一方で、軌道に乗ったのにはやはり理由があるということです。

本稿では、キャッシュレス先進国とされる国々の中からオランダを取り上げて、わが国へのヒントを探ってみたいと思います。

ひそかにトップを走るオランダ

ところで、「ここでなぜオランダ?」と思われる読者は少なくないかもしれません。しかし実のところオランダは、ユーロ圏諸国の中でキャッシュレス化が最も進んだ「最先進国」です(図表1)。店頭支払でのキャッシュレス比率が、件数・金額の両面においてトップで、支払う金額に関わりなくキャッシュレス化が浸透していることが窺えます。

【図表1】 ユーロ圏諸国の店頭支払でのキャッシュレス比率(2016年)

(出典)European Central Bank資料をもとに作成

オランダがキャッシュレス先進国として注目されることが少ないのは、技術やビジネスモデルの観点からみて、派手さに欠けることと無縁ではないかもしれません。同国の街角で最も多く使われている支払手段は、銀行預金を介する古典的なデビットカードです(図表2)(※)。もともとはキャッシュカード兼用の接触型磁気カードでしたが、今では非接触型のICカードやスマホアプリに入れ替っています。導入当初、支払金額の多寡に関らず暗証番号(PIN)の入力が必要であったため、同カードは同国ではPIN(「ピン」と発音)の愛称で呼ばれています。小文字のpinnenは「デビットカードで支払う」という意味でのオランダ語の動詞にもなっていて、いかに国民に浸透しているかがお分かりいただけるでしょう。

【図表2】 店頭支払で各種手段が占めるウエイト(2016年)

(出典)De Nederlandsche Bank資料をもとに作成

(※) 一方オンラインショッピングでは、同国では主にiDEALと呼ばれる決済サービスが使われています。銀行預金からの即時引落しをおこなうという点において、基本的にはデビットカードと同じ仕組みに基づいています(運営組織もデビットカードと同じ)。

対立、和解、そして協調

実のところ、そうした状況にたどり着くまでには、銀行業界と小売業界の激しい対立と、その後和解・協調というプロセスを経てきていました。

同国でデビットカードが1990年に導入された当初、小売業者は、取引ごとに手数料が徴収されるという、仕組みそのものに戸惑いを感じていたようです。利用が少しずつ増えるにつれて手数料の支払も増えていく過程で、小売店の中には負担の重さを訴える者が出てきました。

こうしたなか小売業界は、手数料軽減への手がかりとすべく、銀行業界に対して手数料のコスト構造を明らかにするよう求めました。しかし、この要求を銀行側が拒んだことで、両者の関係は険悪化します。手数料引下げを求める小売業者のデモが頻発するなか、2004年、同業界は「制度を独占して不当な利益を得ている」として、銀行業界を当時の競争庁(わが国の公正取引委員会に相当)に訴えました。結果として同庁は小売業界の主張を認め、銀行業界に支払を命じる裁定を下しました。

もっともこの間、利用者としての消費者は蚊帳の外に置かれていたわけで、両業界でこのような泥仕合を繰り広げていることについて、さすがに国民からの批判も強まってきました。こうしたなか、中央銀行の仲介によって、両業界はようやく直接交渉のテーブルに着くことになりました。数カ月にわたる議論は、2005年11月、両者間で結ばれた「決済に関する協約」の形で結実し、さまざまな合意内容が盛り込まれました。それらのうち最も重要だったのは、両業界が協力してキャッシュレス化を推進していくための専門組織(効率決済推進基金<SBEB>)を、銀行業界の出資により期限付きで設立することでした。

突破口の発見

SBEBが最初に取り組んだのは、デビットカードの利用が一気に広がっていかない理由を明らかにすることでした。それは、①小売業者がデビット端末を設置しないのはなぜか、②消費者がデビットカードで支払わないのはなぜか、という疑問に答えることでした。「加盟店数と利用者数がともに増加しない」という「すくみ」の状況からの脱却を目指したのです。

調査の結果、小売店側については、端末設置に係る費用負担と技術的な知識不足、とりわけ費用面が障壁となっていることが分かってきました。そこで、デビットでの支払を受け入れるのに必要最低限の端末機材一式について、銀行・端末メーカー・通信会社などが共同開発を行って、簡便で安価なパッケージを作ることにしました。

一方、消費者側については二つの要因がありました。一つは、上記の点と表裏の関係にありますが、そもそもデビットカードが使えない店舗がまだまだ多かったということです。そしてもう一つは、特に少額のデビット決済の場合に、少なからぬ店舗で手数料を顧客に転嫁していたという事実でした。店頭に「少額のデビット決済には手数料をいただきます」と掲示されていることも多く、消費者が利用をためらうのに十分な理由となっていたというわけです。

こうした慣習はなかなか変わりませんでした。なぜなら、相変らず小売業者の多くは、「現金決済ではタダなのに、デビット決済では手数料を、しかも店が払うのはおかしい」と思い続けていたからです。それでも、定期的に行われるサーベイ調査――これが小売業界の協会主導でおこなわれたことも大きかったのですが――に答えていくなかで、①実は現金を扱うことにもコストがかかっていること、②デビットカードに係るコストはそれと大差なく、しかも今後下がっていく余地もあることが、小売店の間でも次第に理解され始めました。売上の現金を数えて帳簿と突合したり、入出金のために銀行に赴いたりする手間や時間を金額に換算してみると、実は大きなコストを負っていたことに気づいたのです。

これは大きな転機となりました。まずスーパーマーケットが手数料の顧客転嫁を取り止め、こうした動きがその後各業種に広がるなど、小売業界のスタンスは大きく変っていったのです。こうして小売業界の理解が進んでいったのと相前後して、利用促進のためのさまざまなキャンペーンが始まりました(図表3)。なかでも重要だったことは、「店によってデビットカードが使えるかどうか分からない」「使えても店は利用を歓迎していないかもしれない」という、消費者にとっての不安の払拭に主眼が置かれたという点で、これは随分効果的だったようです。SBEBは、各種目標を達成したのち2018年10月に解散し、現在その役割はオランダ決済協会に引き継がれています。

【図表3】 初期キャンペーンの主な内容

(出典)De Nederlandsche Bank、Stichting Bevorderen Efficiënt Betalen (SBEB) 資料をもとに作成

成功の三つの秘訣

オランダでの成功の要因として、三つのことを挙げることができると思います。

(1) 当事者自身の納得と協調体制の確立

一つめは、銀行や小売店などの当事者が「各々の立場で」、キャッシュレス化の長期的なメリットや諸費用負担など短期的なデメリットについて納得し、その上で一致団結して地道な努力を続けたことでしょう。キャッシュレス化が基本的に民間による取り組みである以上、それに要する投資や支出がペイするのかどうかという点は、各当事者にとって大きな問題です。オランダでは、「キャッシュレス手段にかかるコストが、いずれ現金取り扱いコストを下回るようになる」という期待、すなわち純粋にビジネス面でもメリットが存在すると信じることが、短期的な不利益を犠牲にしても関係者が協力する上でのモチベーションとなりました。このことが、オランダでの成功の最大の鍵であったと言えそうです。

潮目を変えることとなったコストについて、現実はどうだったのでしょう。2017年実績についてのSBEBの試算によれば、取引1件当りの取り扱いコストについて、現金の0.29ユーロ(約36円)に対して、デビットカードは0.17ユーロ(約21円)となっており、後者が大きく下回っています。これは、デビット普及によりそのコストが低下を続けた結果であり、同コストは2002年からの15年の間に4割弱も下がっています。文字どおり、信じる者は救われる、です。

(2) 支払手段の共通化

二つめは、キャッシュレス化推進のツールを、早い段階で全国共通のデビットカードに一本化できたことでしょう。このことにより、①利用者にとっての選択肢は「現金払いか、デビットカード払いか」のみとなり、一方、②個々の店舗にとっての選択肢は「端末を置くか否か」のみとなりました。このシンプルさが、利用者と加盟店がともに互いの出方待ちで動かない、「すくみ」の状況から脱却することを容易にしたのは間違いありません。

実はオランダには、同じく銀行業界主導の、Chipknip(チップニップ)と呼ばれる前払式電子マネーが存在しました。キャッシュカードに埋め込まれたICチップに、専用の入金機で預金口座から入金するというのが基本的な仕組みで、プリペイド型のカードも販売されていました。オフライン環境で支払ができ、端末(カードリーダー)の仕組みが簡便で導入しやすいといった長所があり、特定の環境(特に路上のパーキングメーター、自販機、社員食堂など)では広く普及していました。しかし、デビットカードとの競合を経て、銀行など関係者の合意のもと2015年初に廃止されています。

今の日本には、既に無数の支払手段が並立しています。デビットかChipknipかの二択どころではなく、それらを一本化するということは現実的ではないでしょう。ただ、どこでもどの手段でも共通に使えるということさえ担保されれば――現金代替という側面に限って「相互運用性」(interoperability)が確保できれば――同等の効果は期待できるに違いありません。オランダの経験で重要だったのは、「店によってデビットカードが使えるかどうか分からない」という、消費者にとっての不透明感を払拭することでした。

(3) 明確な目標のもとでの戦略的アプローチ

三つめは、銀行と小売業の間に立つ中立的な推進機関が、双方の合意のもとで、キャッシュレス化のあり方について明確な目標や戦略的なアプローチの方法を設定したことでしょう。期間限定で設立されたSBEBは、各業界や消費者団体の合意のもとで各種目標を明確に設定し、定期的なモニタリングによって進捗状況をフォローしながら、タイムリーな対策を打ち出しました。

もっとも、SBEBの活動の成功は、関係者間での相互理解と信頼関係が確立された後であったからこそ、とも言えます。もし、①各当事者が「キャッシュレス化に協力したところで、自分たちにはコスト増などの不利益ばかり」との偏見に固執して互いに不信感を持ち続け、そのような状況で、②仲介者の役割がその「不利益の配分の調整」にとどまっていたとしたら、今日のような成功には至らなかったでしょう。

カネゴンの未来

最後に再びカネゴンのお話。実はカネゴンは、同じ姿ながら今度は宇宙人として、後年の映画に登場しています。あらゆる星や国のお札や硬貨を食べるだけでなく、何と磁気カードの金額を読み取ることもできるまで進化していたとか。その名も「デジタルカネゴン」。映画公開当時(1997年)としては、最新鋭のテクノロジーを体現したキャラクターだったことでしょう。

さらに一歩進んで、もはや電子的価値しか食べない「キャッシュレスカネゴン」が日本に登場する日が、果たして来るのでしょうか。

2017年よりNTTデータ勤務。金融事業推進部に所属し、「グローバル×金融IT」を旗印に、関連する社内向け調査レポートを執筆。長年勤めた以前の職場(日本銀行)では、国際通貨基金(IMF)や金融情報システムセンター(FISC)への出向を含め、主に国際・システム関係の仕事に従事。人生の楽しみは、大いに飲むこと・食べること。

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