キャッシュレス決済比率とは
具体的には、下記の計算式で算出されます。
このキャッシュレス・ビジョンでは、公表当時の最新のキャッシュレス比率21.3%(2017年実績。後段で掲載のグラフ「キャッシュレス決済比率と取扱高推移」参照)という現状に対して、「2025年までにおよそ倍の4割程度、将来的には世界最高水準の80%の達成を目指す」という目標が掲げられました。
よって、毎年発表されるキャッシュレス決済比率の最新の値は、まずは足元の目標である40%の目標達成に対して順調に推移しているかが業界で注目されています。
図1 キャッシュレス決済比率と取扱高推移
出所:経済産業省 ニュースリリースに基づき、株式会社NTTデータ経営研究所にて作成
具体的な金額の成長を見てみると、2017年の取扱高、約65兆円からおよそ1.7倍成長したことになります。この成長の土台を築いているのが、クレジットカードです。2022年も安定した成長曲線を描いており、総取扱高111兆円の85%がクレジットカード決済によるものでした。
キャッシュレス決済比率は、過去からずっと拡大しつづけています。そこで気になるのが、キャッシュレス・ビジョンによって官民が積極的にキャッシュレス化に取り組んできた成果です。はたして、キャッシュレス・ビジョン発表以降、日本はキャッシュレス化が順調に進んでいるといってよいのでしょうか。
この問いを、2012年から2017年の5年間の成長との比較で評価すると、以下のような事実が分かります。
図2 キャッシュレス・ビジョン発表前(2012年~2017年)と発表後(2017年~2022年)における各指標の増減
出所:経済産業省 ニュースリリース 関連資料に基づき、株式会社NTTデータ経営研究所にて計算
民間最終消費支出の伸びはキャッシュレス・ビジョン発表前に比べて減速している一方で、キャッシュレス決済額とキャッシュレス決済比率はキャッシュレス・ビジョン発表後の方が増えています。このことから、日本におけるキャッシュレス化は、キャッシュレス・ビジョンの発表以降、加速したと考えてよいでしょう。
キャッシュレス化が進んだ要因はなにか?
さまざまな要因が推測されますが、最も影響が大きかった要因は以下の2つであったと考えられます。
2019年10月から2020年6月にかけて、経済産業省においてキャッシュレス決済を普及させる施策として、「キャッシュレス・ポイント還元事業」が実施されました。クレジットカード、電子マネー、コード決済など多くの決済事業者が参加したこの施策は、消費者にも店舗にもメリットが提供される仕組みが設けられ、これまでの金融サービス産業にはない非常に大規模なものとなりました。
その後、経済産業省が行ったアンケート調査 では、消費者の約4割がキャッシュレス・ポイント還元事業をきっかけにキャッシュレス決済を始めたり、キャッシュレス決済で支払う頻度が増えたりしたと回答しました。また、同事業に参加した店舗でも、およそ3割が今回を機にキャッシュレス決済の受け入れを始めるとともに、全店舗のおよそ4割強が売り上げや顧客獲得に効果があったとして、キャッシュレス決済を評価する回答が寄せられました。
また、総務省において2020年からマイナンバーカードの普及を目的に実施されているマイナポイント事業が、キャッシュレス化に大きく貢献していると考えられます。マイナポイントが付与される先がクレジットカード、デビットカード、電子マネー、プリペイドカードといったキャッシュレス決済サービスに限定されているため、付与されたポイントを利用することによるキャッシュレス決済の増加効果もさることながら、全国の消費者にキャッシュレス決済を体験するきっかけを提供しているという点でその貢献は大きいと言えるでしょう。
またこのキャッシュレス・ポイント還元事業の前後で、コード決済の知名度が全国的に広まりました。コード決済は高額な専用決済端末を用意しなくても導入が可能なため、これまでキャッシュレスに踏み切れなかった中小規模の店舗にもキャッシュレスの裾野を広げることに貢献しています。
内閣府が行った「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査 」において、コロナ禍の前後に変化した行動についてアンケートが行われました。このアンケートで最も多かった37%の回答が、「店頭でのキャッシュレス決済の利用割合を増やした」ことでした。紙幣や硬貨を通じたコロナウイルスの感染を懸念する声などが高まり、これまで現金で支払われることが一般的だった少額の支払いや日常生活の特別ではない買い物でも接触を必要としないキャッシュレス決済に変えた人が増えたことが影響したのではないかと考えられています。
また、同調査において2番目に多かった約34%の回答が、「オンラインでの購入機会を増やした」ことでした。「巣ごもり消費」などの言葉が生まれるほどインターネットでの買い物が増えた結果、日常生活でより一層キャッシュレス決済が身近になり、スマホなどを介したお金の管理のデジタル化に生活様式が変化することで、キャッシュレス化が進展していったのではないかと考えられます。
各キャッシュレス決済方式の推移
図3 キャッシュレス決済手段別、過去5年間(2017年~2020年)成長度(グラフ:%)、および2020年取扱件数規模(バブル:件)
出所:一般社団法人日本クレジット協会「日本のクレジット統計」、日本銀行「決済動向(デビットカード、電子マネー)」、一般社団法人キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」(コード決済は、2018年から2022年までの4年間推移。ユーザー利用規模の比較を目的とするため、「クレジットカードからの利用」を値に含む)に基づき、株式会社NTTデータ経営研究所にてまとめ
コード決済の成長は、年間取扱件数の規模を見るとよく分かります。2022年の実績、78.9億件は、クレジットカードの158.5億件のおよそ半数の規模になります。両者の取扱高には9倍以上の大きな差があることから、コード決済がクレジットカード決済をすぐに追い越すことはないと考えられますが、コード決済が少額決済を中心に非常に頻繁に利用されるようになったことを数字が表しています。
また、規模は他の決済手段と比較して小さいのですが、デビットカードも取扱高が5年間で1.8倍、取扱件数は約3倍に増えています。デビットカードも少しずつ市場が拡大しているという動きにも今後注目した方が良いでしょう。
図4 キャッシュレス決済手段別、過去5年間(2017年~2020年)取扱件数推移(単位:億件)
出所:一般社団法人日本クレジット協会「日本のクレジット統計」、日本銀行「決済動向(デビットカード、電子マネー)」、一般社団法人キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」に基づき、株式会社NTTデータ経営研究所にてまとめ
コード決済が電子マネーよりも多く利用されるようになった理由として考えられるのは、ポイントサービスやキャンペーンなどのマーケティングパワーの格差によるものです。大手コード決済事業者は、総額10億円相当のポイントを進呈するなどのインパクトのある施策を展開することで消費者に積極的にアプローチしており、この積極的なアプローチの積み重ねがコード決済の成長を支えている部分が非常に大きいと考えられています。
また、コード決済はインターネット決済でもデジタルウォレットとして利用できることから、対面でも非対面でも成長領域があります。電子マネーはカードリーダー端末を必要とするため、対面取引で利用されることが多いといったことからも、コード決済は電子マネーよりも市場が拡大しやすいと言えるでしょう。
キャッシュレス決済比率の今後
特にインターネットでの取引の継続的な拡大や、コード決済の急速な拡大は、ポイントなどの利得性が享受されるだけでなく、あっという間に支払いが完了する利便性についてもより評価が高まることによって、市場拡大に相乗的なプラスの影響を与えると考えられます。
また、VisaやMastercard、JCBといった国際ブランドが付帯したブランドデビットの普及や、Apple Pay、Google Pay、交通系ICカードをはじめとする電子マネー決済についても、デジタル化などの生活様式の変化によって、これまでクレジットカードに否定的な人々や、スマートな支払方法への評価によって、着実に一定の需要を獲得しつづけることで、キャッシュレス化に貢献するであろうと思われます。
これらを考慮すると、今後のキャッシュレス決済比率は以下のように安定的な成長軌道の中で拡大してゆくものと考えられます。
図5 キャッシュレス決済比率の将来予測(単位:%、兆円)
出所:経済産業省 ニュースリリース (脚注2に同じ)関連資料から、株式会社NTTデータ経営研究所にて計算
キャッシュレス決済比率80%の達成には、まだしばらくかかりそうです。一方で消費者が買い物する際、半数以上の支払いにキャッシュレス決済が選択されるような社会になると、一気にキャッシュレス化が加速する可能性もあります。今後もキャッシュレス決済比率の統計情報は、その動向にさまざまな分野から注目が集まることでしょう。
福田 哲也/Tetsuya Fukuda
※記事中の所属・役職名は執筆当時のものです。
銀行、クレジットカード会社、Fintech企業、IT企業、GAFAなどでの実業経験から、金融サービス分野における幅広い知見を活用したコンサルティングを提供する。
近年は、金融、流通、IT企業における新事業戦略や新サービス開発戦略などの策定支援、Embedded Finance、ステーブルコインなどに関連したプロジェクトに従事。