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つながりが地域を活性化する。 地域ならではの豊かさを実現する「まちのコイン」

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日本各地でさまざまな事業者が運営している、「地域通貨」。一口に地域通貨と言っても、その運用スタイルはさまざまです。今、一つの成功例として注目を集めているのが、鎌倉市の「クルッポ」、小田原市の「おだちん」など、全国21地域(2022年12月末時点)でひと・まち・地球にうれしい体験で地域とつながるコミュニティ通貨として導入されている「まちのコイン」です。新たなスタイルのコミュニティ通貨「まちのコイン」を運営する面白法人カヤックの柳澤大輔さんに、地域通貨の“今”を伺いました。

地域資本主義から生まれた「まちのコイン」

──地域通貨というと、地域銀行や自治体がメインとなって運営しているイメージがあります。一民間企業であるカヤックさんが、地域通貨を始めようとしたきっかけを教えてください。

柳澤さん カヤックは、2014年にマザーズ市場に上場しました。我々が上場企業としてのミッションを考えたときに、行き着いたのが「資本主義」という課題です。これまで上場企業は、売上や利益を伸ばし、大きく成長することが善とされてきました。これは国も同じで、世界の国々はGDP(国内総生産)を主要な指標として追い求めてきました。GDPの成長は豊かさをもたらした反面、気候変動や富の格差拡大を生み出しています。

結局その考え方が、世の中にざまざまな問題やギャップを生み出している。これを変えるためには従来の資本主義とは違う新たな指標が必要だと考えました。

では、何をすべきか。カヤックは、2002年から鎌倉に本社を置いています。10年以上にわたって鎌倉というまちに関わってきた活動にヒントがありました。それが、2018年に1冊の本にまとめた「地域資本主義」という考え方です。

地域資本主義とは? 地域には「地域経済資本」「地域社会資本」「地域環境資本」の3つの資本があると考えています。経済的な豊かさだけを追い求めるのではなく、人のつながりやコミュニティ、自然や歴史、文化などさまざまな魅力を活かして、地域ならではの豊かさを実現する。GDPに加えて、これらの地域の豊かさを計る指標を作り、新たな豊かさや幸せを定義したいと考えました。

いままでと同じ物差しを使っている限り、既存の概念からは抜け出せません。直感的にたどりついたのは、いままでは量れなかった豊かさや幸せを量るには、違う物差しが必要ということです。そこから「まちのコイン」がスタートしました。  

地域通貨と言うと、法定通貨と同等の価値で交換できる通貨のことを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、「まちのコイン」は法定通貨と違うものを作ろうとしています。(法定通貨には交換できない、特定の) 地域というコミュニティだけで使える通貨ということで我々は「コミュニティ通貨」と呼んでいます(ここが大きく違うところです)  。
─ポイントとするのではなく、通貨と名付けたのにはどのような意味があるのでしょうか。

柳澤さん 資本主義の課題をたどっていくと、ほぼ通貨の課題にたどりつきます。通貨はもともと価値の交換手段だったものが、通貨そのものが商品になってしまった。そこが問題で、この通貨の仕組みをアップデートすることにチャレンジしてみようと考えました。 

「まちのコイン(コミュニティ通貨)」は一般的な地域通貨とは違い、法定通貨と交換できないようにしています。法定通貨と交換できると、その価値は日本円と同じになってしまいますよね。これでは、今の資本主義の枠組みから抜け出すことはできません。むしろ、コミュニティ通貨は日本円での価値が分からないようにしないといけない。

この点「まちのコイン」は、現在21の地域で導入されています。鎌倉の場合「クルッポ」という名称ですが、1クルッポが1円相当とわかりやすく計算してしまうようにならないように工夫したいと思っています。
例えば、飲食店の人と一緒に野菜を買い出しに行くというイベントを開催するとして、参加者にはお手伝いとして500クルッポをあげるか、野菜の選び方を教えてあげるから500クルッポもらうのかどちらでもいいことになっています。     

法定通貨の価値で測れるものであれば、わざわざ別の通貨を作る必要はありません。あえて価値が分からないようにする世界観を作ることが重要だと考えています。

卵が先かニワトリが先か。コミュニティ通貨を定着させる苦労

─「まちのコイン」は2019年に鎌倉市で実証実験をスタート。2021年に正式にスタートしました。実証実験をしてみて分かったこと、気づいたことがあったら教えてください。

柳澤さん 鎌倉での実証実験は、いくつか目的がありました。中でも「クルッポ」を運営する我々として、どれくらいの人が使ってくれるとクルッポが定着するかを知りたいという意図がありました。

通貨というのはみんなが使うようになれば流通するのですが、そもそも使えるスポットが少なければ流通しないですし、流通しなければ使えるスポットが増えていかない。ニワトリが先か、卵が先かという問題があります。実証実験の結果、500人規模が週に1回使用してくれれば使ってもらえるようになり、自然と流通し始めることを把握できたのはすごく大きな意味がありました。

まちのコインは自分たちの住むまちを自分たちの手でよりよくしていこうというコミュニティの性質を帯びてきます。となると、そのまちに住んでいる全員がまちのために貢献したいというモチベーションがあって動けるものではないので、100%普及するということはないと思っています。例えば、週に500人ぐらいが使うためには、人口が5万〜10万人規模のまちでおよそ1%。それを頑張って5%ぐらいまでもっていけば、行政の人も使っている人もこれはまちにとっていいものだねという感覚になるし、遠巻きで見ていた人も使ってみようかなという気分になる。
─コミュニティ通貨を流通させるためには使えるお店が増えないと難しい、というのはどの地域通貨にもある問題だと思います。その点はどのようにクリアしたのでしょうか。

柳澤さん 最初は我々もステレオタイプに、お店へ導入すべきだろうと考えていました。ところがお店というのは極端に言うと、経済合理性で動く人たちが多いので、「これを使って集客できるの?」とか「200コインでコーヒー1杯出せばいいの?」という話になってしまいます。これだと、法定通貨と同じ理屈になってしまいますよね。

こうした経緯から、コミュニティ通貨の場合はお店よりも人と人の触れ合う場所であったりイベントを開催したりして、そこでコインをもらう、コインを使って、人と触れ合うという体験が大切だということに気づきました。

例えば、江ノ電(江ノ島電鉄)に乗るとCO2削減や渋滞緩和に貢献したということで、コインがもらえるようになっています。これはコインの広報的な面もあるし、江ノ電としてもSDGsに貢献しているというCSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)になるわけです。

また自分の家では不要になったものをコインと交換できる「もったいないマーケット」は、どのまちでもうまくいっています。いらないものを「あげる」とコインがゲットできる、コインを使ってほしいものをもらえる。これはすごくコミュニティ通貨と相性がいいと思います。こういうパターンで広げましょうっていうのが鎌倉で分かったので、それをほかの地域にどんどん横展開していくことができるようになっています。

鎌倉市で導入されているまちのコイン「クルッポ」。神奈川県の「SDGsつながりポイント事業」で採択され、2021年から正式に運用されています。現在ユーザー数は1万人超え、加盟店数は約300スポット。多くの鎌倉市民に愛されています。

─コミュニティ通貨を運営する上で、大変だったのはどのような点でしょうか。

柳澤さん コミュニティ通貨はもともと使うことを前提としているので、まちのコインには有効期限を設けていて、期限を過ぎると失効するようになっています。不思議なもので、それでもコインを貯める人が出てきます。

特に最初の間はコインを使えるスポットや体験が少ないので、どうしても貯める方にいきがちです。それまでにどうユーザーを楽しませるのかとなると、いかにアプリで消費してもらうかしかありません。

この点、幸いなことにカヤックはゲームの制作もしてきているので、そこへのアイディアがあったり実験したりすることができます。例えば、アプリではランキングを発表しているのですが、コインを貯めた人のランキングではなく人に配ったり、使っている人が上位にくるように設定する、コインを使ったり、ミッションをクリアしたりするとボーナスコインがもらえるといったことなどです。
─コミュニティ通貨が地域に広がっていくと、どのような社会ができるのでしょうか。

柳澤さん コミュニティ通貨が定着していくと結構面白いことが起きるというイメージがあります。スポットやユーザーの裾野が広がったことで、参加するイベントが増え、参加する人も増えてきます。

実際に鎌倉のクルッポでは、現在ユーザー数が1万2,000人を超えています。これだけの人数がいると、例えばカフェが「草むしりをしてくれた方に300クルッポでカレー1杯差し上げます」というイベントを開催すると、参加する人が出てきます。つまり、草むしりを3時間やってカレー1杯が妥当なのかという経済的な判断は関係なく、善意の交換で回っていくようになります

ほかにも、行政が主体となって河を清掃したり、公園の草刈りをしたりというイベントを実施すると、本来業者に支払っていたコストが下がります。「まちのコイン」の運営費は毎月のサービス利用料として10万円を行政にご負担いただいていますが、そのコストを十分ペイできる可能性がありますよね。「まちのコイン」を通じて人と人、地域がつながることで好循環が生まれる。そうなると利用できるお店も増えて、まち全体に広がっていく。ただそこまでいくのには当然時間がかかります。あとはやはり、重要なのは人です。担当者が熱意を持って広げようとしている地域は順調に広がっていきます。

地域通貨とコミュニティ通貨の未来とは

─地域通貨の取り組みは、日本各地で実施されています。今後地域通貨はどうなっていくと思いますか。

柳澤さ 地域通貨は、その地域でしか使えない分、法定通貨より不便なわけです。その不便をカバーするために、お得さ、つまり数%のプレミアムが必要になります。そのプレミアム分は多くの場合、税金が投入されることになります。税金は基本的に富の再配分に使われているものでもあると思っているので、都心に集中したお金を地方に振り分るという価値はあると思います。そういう富の再配分の仕組みとしては、地域通貨が残っていく可能性はあるかなとも思います。

大事なことは、その地域ならではの「色」をつけること。法定通貨にはない、その地域のニーズに沿った色がついているからこそ、地域に受け入れられていくようになるのだと思います。
「まちのコイン」でも導入地域ごとに、そのまちのありたい姿や地域ならではの特色を反映してテーマや通貨名を決めています。

今注目しているのは、渋谷区の取り組みです。渋谷区はデジタル地域通貨「ハチペイ」とまちのコイン「ハチポ」を両方導入しています。これもカヤックが関わっていますが、法定通貨に換えられる地域通貨と、コミュニティ通貨であるまちのコイン、この2つの通貨が連携するというは、初めての試みです。お得だけではなく、コミュニティ通貨との連携の面白さによってアプリが広がっていく。これは新しい地域通貨のスタイルとして広がっていく可能性があるのではないかと期待しています。

─最後に、これから「まちのコイン」で実現したい夢を教えてください。

柳澤さん 今「まちのコイン」は、21地域に広まっています。けれど、まだまだ、私としてはアプリが完成しきっていないと思っているので、まずはこれを完成させて、積極的にもっと多くの地域に広げていけるようにしたいというのが一つあります。

コミュニティ通貨が今よりもさらに広がると「まちのコイン」が最初に話した地域資本主義を測るツールになっていくと考えています。人のつながりやコミュニティの活発さをコインの流通量で可視化する。それによって地域ならではの豊かさを実現する政策や指針を決める際の指標になるところまで成長させていきたいですね。

―柳澤さん、本日はありがとうございました。
〈プロフィール〉

柳澤大輔さん
面白法人カヤック 代表取締役CEO 
1998年、面白法人カヤック設立。鎌倉に本社を置き、ゲームアプリや広告制作などのコンテンツを数多く発信。さまざまなWeb広告賞で審査員をつとめる他、サイコロを振って給与を決める「サイコロ給」など、会社という形の新しい可能性に挑戦中。著書に「鎌倉資本主義」(プレジデント社)、「リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来」(KADOKAWA)、「面白法人カヤック社長日記 2015年-2020年愛蔵版」ほか。まちづくりに興味のある人が集うオンラインサロン主宰。金沢大学 非常勤講師、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別招聘教授。「デジタル田園都市国家構想実現会議」構成員。
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。
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執筆 オクトノット編集部

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