三菱UFJ信託銀行の新規事業
齊藤さん 外部の方々とコラボレーションすることを目的に作っています。資料作成よりもホワイトボードコミュニケーションを優先するイメージです。また新規事業をはじめ多くの人を巻き込むための雰囲気づくりに力を入れています。「キラキラしている場所だからそこに行きたくなる」場所を意図しています。
須藤さん こちらのスペースも新規事業を推進するうえで有効に作用しているのですね。対談の冒頭では、三菱UFJ信託銀行の新規事業についてお伺いしたいのですが、初めに今三菱UFJ信託銀行で行っている新規事業の内容と社内での建付けについてご紹介ください。
齊藤さん 最近の当社の新規事業としては、情報銀行「Dprime」(ディープライム)、ブロックチェーンを利用したセキュリティトークンプラットフォーム「Progmat」(プログマ)が挙げられます。デジタルが前提の社会環境に変化するなか、人々の行動履歴などの情報や暗号資産をはじめとしたデジタル資産を対象にしています。当社は従来、金銭や有価証券など伝統的な資産を対象に信託をしていましたが、デジタル時代に即した新しい信託を創っています。情報銀行ではパーソナルデータが対象になります。セキュリティトークンでは不動産をはじめとしたさまざまな資産、果てはワインのようなものまでも信託の対象として、トークン化することを想定しています。これまで信託の対象にならなかったものを、ブロックチェーン技術を使い信託銀行が行うことで安全性の高いサービスとして提供できます。
Progmatの事業構想
組織としての新規事業意思決定のコツ
須藤さん 現場からタイムリーに外部の情報を伝えることが大事ですね。数年前はこうしたことがなかなか起こりづらかったと思いますが、近年は何が変わっていますか?
齊藤さん 数年前から金融分野以外でのソフトウェアの進展が大きく、デジタル化によるゲームチェンジが信託分野にも波及し、何もしないわけにはいかなくなったのです。
福原さん 当社でもこうしたゲームチェンジは察知しており、数年前からFintechを推進する取り組みを行ってきました。
須藤さん メディアも効果的に利用されていますね。
齊藤さん 某外資系IT企業は新規事業を企画するときに、まずプレスリリースやQ&Aを作るそうです。プレスリリースを作る際には、世の中のニーズや提供する価値を突き詰めなければなりません。これは価値があるものを企画できているかをチェックするためにしているそうです。こうした活動はサービス企画時に取り入れています。外の力も使って新規事業を進めるには、プレスリリースを書いてみることをお勧めします。その手が止まってしまうのであれば企画自体がまだ十分な段階でないと思います。
また、メディアへの発表はギャップを意識するとよいと思います。一般論として、スタートアップ企業がトークンや暗号資産のサービスを発表しても目新しいと認知されづらいかと思います。ところが、信託銀行がセキュリティトークンサービスを大々的に実施する発表となると、世間は実施主体に対する先入観(古い、遅い…など)と革新的なサービス内容のギャップに驚きます。読者の皆様が所属している会社が、一般論としてイノベーションとは縁遠いと思われている“伝統的な大企業”だとしたら、メディアへ訴求するうえではむしろ有利である、とポジティブに捉えた方が良いと思います。
須藤さん 確かに、三菱UFJ信託銀行が新規事業のプレスリリースを出していると、見切り発車じゃないのだなと感じますね。次に、体制構築についてお聞かせください。
新規事業の体制構築のコツ
1:企業本体の外部に、独立組織を作り本体とはあまり関与しない(いわゆる出島型)
2:企業本体の中に、既存事業とは独立した新規部署を作る
3:立ち上げは企業本体の中の専門部署でやるが、立ち上げ後のオペレーションは企業本体の既存の部署に移管して実施する
どれが適切かについては新規事業の特性によります。現在のコア業務に遠ければ1のように企業の外に出島のような組織を作ったほうが良いでしょう。本業に近ければ1はNGで、2または3を選ぶほうが妥当です。情報銀行は信託銀行のコア業務から遠いようで近いと判断したため、我々は今3の形で情報銀行を実施しています。
福原さん こうした新規事業の体制構築をしていると、従来の業務をしている人のモチベーションが上がらないという話や協力が得られないという苦労をよく聞きます。このようなご苦労はなかったでしょうか。
齊藤さん 新規事業を開拓する“忍者型”(試行錯誤が前提)の人も、業務を的確に行う“武士型”(失敗は許されない)の人も、いずれも企業にとっては必要です。そうでなければサービスとしてスケールしません。新規事業については、これからの必須業務であるというコンセンサスが“武士型”の人たちを含む現場レベルで社内に浸透していることが重要です。新規事業、従来事業のどちらをやる人であっても、会社としてその事業を実施している背景を理解し、自分事として実施できるだけのコンセンサスや、“忍者型”と“武士型”の異なる考え方に対する相互理解が必要です。
須藤さん 組織体制の構築については、当社でも多く相談を受けるテーマですので読者にとって参考になる興味深いお話だったのではないでしょうか。新規事業を進めるなかで、個人レベルで、例えば隣の人を巻き込む点で工夫したことはありますか?
齊藤さん 具体的なアウトプットを見せていくことしかないですね。何かをお願いした際にポジティブな反応がない場合は、相手からは自分のアウトプットが見えていないというのがほとんどです。自己満足ではなく、相手に理解されるアウトプットを見せて評価されることが大事です。アウトプットを出しているのに理解されていないのは、相手と自分のアウトプットの認知にギャップがあるからです。私のアウトプットが当社のFintechとしてのアウトプットであり、私がアウトプットしないと当社として何もしていないのではと思われてしまう・・・くらいの気概を持って見られていることを意識していました。
アウトプットの質も大事ですが、早く出すこと、多く出すことも大事です。社内ではなくお客様の意見をもらうためにアウトプットしています。お客様のニーズがありそれに適したサービスを出し、リリースしてから改善するやり方がこれら新規事業にはフィットしていました。お客様の具体的な声が最も強力な「やる理由」になるので、お客様になりうる人から多くの意見をもらうことで、自分語りではないサービスになります。
※DevOps:開発担当者と運用担当者が連携して、ソフトウェアを迅速に開発しテストすることで、速いペースでサービスの進化を実現する開発手法。
新規事業での開発運用のコツ
福原さん DevOpsを利用なさるうえで、開発と運用の相互理解が重要な点は感じております。エンドユーザーの方のフィードバックがDevOpsでの開発に有効だと思いますがこれをうまくシステムに吸収する方法についてお聞かせください。
福原さん DevOpsを運営する体制はどのあたりから意識されるべきとお考えですか。初回リリースに向けて多くのリソースを割いて、リリースが近くなったタイミングからDevOpsの体制を意識するケースもあると思いますがいかがでしょうか。
齊藤さん 新規事業のサービスを企画する段階で、運用に要する体制やコストを意識する必要があります。ローンチしたら売るだけ、というわけではないからです。SaaSが普及したあたりから、プロダクトとして完成したものを最初からリリースできることはまれです。未完成の状態でローンチして、あるべきプロダクトの姿と各断面のバージョンとのギャップを認識したうえで、そのギャップを埋めるリソースをどの程度想定するかを企画段階で考える必要があります。
須藤さん NTTデータのなかでDevOpsの定義や、実際のプロダクト開発にどのように適用されているかを教えていただけますでしょうか?
福原さん DevOpsはすべてのシステムに適用するものではないと考えています。当社が提供するシステムのなかでは安定的に提供することで価値があるものもあり、そうした対象にはDevOpsは向きません。モバイルアプリのように更新が短期間にされるものについてはDevOpsを適用していきたいとお考えのお客様も増えてきました。システムの特性を理解し、それに応じた開発体制を組成する必要があると思います。
須藤さん DevOpsならではの予算の確保の特性がありますか?
福原さん お客様のなかで予算は年度で決まっていると思いますが、完成形がはっきりとしない場合もあり、改善スコープを決めづらく予算の確保に苦慮することもあります。予算の管理上計画的にならざるを得ないのは十分に理解しています。
齊藤さん 収支の見通しが立っているかが重要で、開発・運用の概算コストを含めてトータルでプラスの見通しとなるようにできるかで判断します。10年間安定し動いているシステムの保守運用のコスト見積りと、新規サービスの運用のコスト見積りの確度は違いますよね。新規事業にDevOpsを適用する場合は、ビジネスとしてトータルでどう見るかが重要で、開発はコストの一要素でしかありません。収益、支出の双方を管理するスタンスで、変化が分かった時点で修正することを前提として、まずは収支が赤にならない程度で投資計画上の“枠”を押さえておけば、その“枠”の内訳の変化が生じたとしても意思決定への影響は少ないと思います。
須藤さん 枠の内訳の変化という話がありましたが、どういう状態になったら撤退するのかという撤退基準を事前に決めているのでしょうか。
齊藤さん 撤退ラインの設定は必須です。新規事業は、日々変化する事業環境のなかで「任せてください、これ以上の損は出しません」という撤退ラインを設定し、現場に裁量を持たせて変化に対応するべきです。撤退ラインを決めたのにズルズルいってしまうことがありますが、一度撤退ラインを動かした実績を作ってしまうと、その後別の新規事業を任せてほしい時に信用されず、結果として新規事業を生み出しづらくなってしまうので、注意が必要です。
新規事業でのDX人材
福原さん NTTデータのなかで私たちのチームはデータ活用を支援するABLERというソリューションをご提供しています。これまでのシステムでは活用しづらかった人のノウハウやインターネット上の声、口コミ、ニュースなどの活用のご支援や、企業のデータマネジメントに関するコンサルティングサービスなども対応しています。特に製造業では熟練のノウハウが若手に伝わらないなど具体的なニーズも確認できています。また全社単位でDXを推進し、全社横断でのデータ活用を目指しても、組織の壁でなかなか進まないという問題もあります。他部門にデータを共有するインセンティブも明確でなく、一部の部署がDXによるデータ活用を率先して実施しようとしても協力が得られないケースもあります。
また、さまざまなお客様に共通している課題としてはDX人材の不足もあります。現行のコア業務もありながら、DX関連の新規事業も立ち上げないとならないためDX推進にリソースを割きづらく、自社で育たないといった課題です。
須藤さん DXについての人材の課題は大きいですね。人材不足、キャリアパス、育成、採用などでお客様を支援なさった例はありますか?
福原さん まず、NTTデータ内に人材育成施策として社内資格や認定制度などがあり、こちらをIT系の人材育成事例としてお客様に紹介することがあります。お客様に提案するアジャイル開発ではお客様とoneチームで対応しています。また、内製化を志向するお客様も多く、リリース後の改善はお客様自らで行われるケースも増えてきています。このようなご要望にお応えするため、スキルトランスファーを目的として、開発フェーズにお客様に参加いただき、DX人材のブートキャンプ的な取り組みを提供することもあります。
福原さん DXに必要な人材定義はひとつではないと思っています。以前は業務部門、システム部門、ベンダーでの役割が明確に分かれていましたが、これが変わってきていると思います。DXはシステム部門やベンダーだけでなく、業務部門がITを理解し、デジタル化する視点で考えていく必要があると思います。そのため業務にもデジタルにも勘所を持つ素養や能力が求められるようになってきていると思います。
須藤さん DXではビジネスプロデュース、SEなど多くの役割の方の参画が必要となりますが、組織としてどう人材を組み合わせればよいと思われますか?
福原さん プロジェクトを企画するときに必要なスキルのポートフォリオを検討し、不足してしまう役割やプロジェクトとしての必要な人材の育成を考慮する必要があると思います。
齊藤さん 安易に「DX人材」という用語を使わずに、本質的にDXとは具体的に何をすることを指して用いているのか、必要なのは何をしてほしい人材なのかを、明確にすることが必要です。DXと一般に言われる文脈では、次の3つの領域の人材が関わり協調する必要があります。
1:顧客理解をする人材(営業部署、カスタマーサクセス、デザイナー)
2:ビジネスとして成立し継続させる人材 (企画部署、業務オペレーション部署)
3:ITに精通している人材 (IT部署、ITベンダー)
この3つの領域をフラットに理解するハブになる人材がいないとうまく回りません。しかし、ハブ人材だけでもうまくいきません。ハブ人材は業務もITも他のその領域を専門とする人ほど深くは知らないからです。つまり、一般に「DX人材」といわれるハブ人材以外にも、他の領域にこれまで従事してきた人がDXに関わることが不可欠です。
須藤さん DXにキャッチアップできない人、DXに積極的でない人はどのようにしたらよいのでしょうか?
福原さん DXを積極的に推進していく人材と、既存の業務を優先的に推進していく人材はどの企業にもそれぞれ一定数いらっしゃると思います。ただ、DXを推進する上での新規事業を社内で理解されず止められてしまうのはよい状態ではありません。個々人のキャリア志向を前提に業務に対する深いノウハウを取り込み活用することが必要だと思います。
齊藤さん 全員を「DX人材にしていかなければならない」という目標設定がそもそもズレていると思います。業務オペレーション領域や顧客対応領域の人は、IT領域の人と協力することでデジタル分野でも活躍することができます。個人が1人で取り組むものではなく、チームとして取り組むものなので、異なるスキルセットを持つ人材の組み合わせの問題です。企業が今後生み出そうとしているデジタルビジネスのなかで、どの領域で活躍できるかを個々人が考えられるようにする方が建設的だと思います。
福原さん 企画の初期の段階から一緒に検討し、悩ませていただきたいです。初期検討からお客様の文化を理解し、関係性を築きながら、ともに活動させていただきたいと考えます。
須藤さん そうすると、昔は顧客の中で作りたいものが決まっていてウォーターフォールで作るイメージだったのが前倒しで企画から入っていき、オペレーションまで行い、改善まで行うといった関わり方になっているのでしょうか?
福原さん そうですね。決まったものからだとご提案できることも限られてきますので、企画段階から関わっていきたいです。
須藤さん これまで、企業の新規事業を進めるコツについて多くのご意見をお聞かせいただきました。最後に読者の方にメッセージをお願いします。
予算等の意思決定者である上司や、上司の上司は株主だと思ってみてください。意思決定者への説明も、単なる“社内調整”ではなく出資者を口説く“ロードショー”だとマインドチェンジすることで心持ちは大きく変わるのではないでしょうか。社内起業したと思い込むと、気持ちが楽になります。つらいと思ったら発想を変えることも必要です。
福原さん 過去に事例のない取り組みを最初に経験することは得るものが大きいと思います。さまざまな取り組みで、最初から成功することはなかなかありません。たとえ失敗したとしても、その経験を次にチャレンジする人へノウハウとして展開していくことができます。こうした経験が組織のなかに広がっていくことで生きたノウハウが蓄積されていくため決して無駄なことにはなりません。
須藤さん 齊藤さん、福原さんには貴重なお話をお聞きすることができました。須藤が所属するライズ・コンサルティング・グループは新規事業の支援、企画立案のサポートもしています。新規事業案件を取り扱う上で私が気を付けていることは、まだまだ縦割りの会社が多いのでこの対談でも話題になりましたハブ人材として活躍できるよう心がけています。そういったことができる齊藤さんのような人材がいる会社ばかりではないと思いますので、ハブ人材がいないといったニーズがおありの際はご連絡ください。
<執筆者:神戸 雅一>
三菱UFJ信託銀行
2010年入社。法人営業で融資や不動産の仲介営業を担当。その後システムセクションでIT企画に携わる。2016年、FinTech推進室設立後、1人目の専任担当として三菱UFJ信託銀行におけるFinTech業務を推進。行動履歴や資産状況といったパーソナルデータを預り、個人の明確な同意の下でのデータ流通と対価の還元を可能にする情報銀行サービス「Dprime(ディープライム)」や、ブロックチェーン技術を用いてさまざまな資産を裏付けとしたセキュリティトークン(デジタル証券)の発行を可能とするプラットフォーム「Progmat(プログマ)」等を立ち上げる。現在は「Progmat」の事業推進のほか、新たなデジタル新ビジネスの企画にも従事。
ライズ・コンサルティング・グループ
2009年三菱UFJ信託銀行入社。主に、証券化業務に従事し、信託スキームを活用した新規事業立ち上げを経験。国内監査法人系コンサルティングファームを経て、2019年にライズ・コンサルティング・グループに入社。各種金融機関向けに業務改革支援、新商品開発支援、ガバナンス体制強化支援等のさまざまな案件を牽引する。
NTTデータ
入社以来、当社独自ソリューションの企画・営業やお客様との新規サービスの立ち上げなど金融・製造を中心にクロスインダストリーでの新規ビジネスの立上げを幅広く経験。2018年より現担当にて、お客様のデータ活用における課題の解決に向け、高度データ管理ソリューションである「ABLER」の企画・提案活動に従事。
ABLER®(https://abler.nttdata.com/)
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。