今回オクトノット編集部は、せわしない都会を離れ、静岡大学で教鞭をとられる二人の著者と蝉しぐれの降る研究室でFinTechと金融DXのこれまでを振り返りました。
なぜFinTechにあれほどの期待が集まったのか?
― 2016年前後の金融界隈では、多額の投資が集まり多くの新しいベンチャーが生まれ、他の分野よりはるかに注目されていました。その期待感はFinTechベンチャーへの投資額からも顕著でした。
加藤さん とにかく資金調達が活発に行われていた印象です。ファンディングの金額も右肩上がりになっていました。FinTechが言葉としてメディアに登場し、一般の人に浸透して日本で使われ始めたのが2015年でした。
そもそもFinTechはAmerican Banker等の金融メディアが金融分野に強いITベンダーを指す言葉として使っていましたが、新しい側面を持つ金融サービスや、金融分野に進出しているスタートアップ企業を指す言葉に寄っていきました。
遠藤さん 研究室の書棚に何冊がありますが、次々に出版された本を、出たら買っている状態でした。先に出版されたのがマネーフォワードのお二人が書かれた本でしたかね?
加藤さん 出版社から、『早く出版したい、2016年のできるだけ早いタイミングを目指したいので、まずは構成を考えてほしい』と急かされていたのが2015年の秋口でした。先に出た本の表紙が白かったのでこちらは黒くしましょう、なんてやっていました(笑)
― 金融が専門外の出版社でも当時が旬だと認識していたことがよくわかるエピソードですね。
遠藤さん 当時はFinTech関連のシンポジウムは満員で、立ち見のものも多く盛り上がりを見せていました。
大学院でもFinTech中心の講義が慶応東大などでいくつかありました。私も法政大学で「フィンテックと企業経営」という授業を2018年から行っていて、マネーフォワードや当時みずほ銀行にいた方にもゲストとして講演いただきました。
コロナ前の当時は誰でも入ることができた金融庁の審議会に新幹線で出かけて傍聴していました。非常に活発な議論がされていたことが印象に残っています。
このような初期のシンポジウムなどでは公的にどんな検討がされていたのか、日本政策金融公庫論集2017年11月号に纏めていました。そのあとはもう多すぎてやめてしまいました。
― 遠藤さんはちょうどその頃に静岡大学に着任されました。長年お勤めされていた銀行から外にでられて、そこから見た景色はいかがでしたか?
遠藤さん 銀行にいたら多分できないサービスは、私には結構眩しく映っていました。
自行にあるお客さんの情報しか見られないのが銀行の常識でした。しかしお客さんには他の銀行を全部並べてみたいというニーズがあって、それにしっかり答えているのが個人向けならマネーフォワードのような財務管理サービス、法人なら複数の銀行をまとめられるクラウド会計。これは銀行単独ではできない。
もう一つは、オンラインレンディング。預金取扱金融機関では、多くの人が関り、少しずつチェックしていくわけだから、融資をするには結構なコストがかかります。銀行では低額な融資はやってはいけないとは言われていないけれども、コストの割があわないのでやる意味がないという感覚でした。それがオンラインレンディングならほぼコストがかからずにできる。これは可能性を感じました。
クラウドファンディングも、銀行として融資していいかどうかの判断はとてもじゃないができないけれど、貸し手が自分のリスクではなく、一般からお金を集めてやる。これはなかなか面白い。
銀行ではできなかったり、コストがかかりすぎたりするものを解消するのは、非常に眩しいというか、これは結構面白いと、感覚的には思いましたね。
ただ、銀行支店業務の経験からすれば、例えば投資信託を販売するときには、コンプライアンス上のチェック項目がたくさんあって、システムの外でやらないといけない。それが大変で忙しい。本当に大変なところは銀行に残しておいて、システム化できるとこだけやっている。眩しさの裏側にはそういう感覚もちょっとありましたね。
- 遠藤さんも著書で指摘されていたように、銀行側の対応も分かれていたように思います。
1つめのタイプは、そういったFinTech企業と提携することで、そのサービスを取り込もうとした動きです。例えばロボアドバイザーだと、ウェルスナビやお金のデザインのTHEOは、多くの金融機関が提携していました。金融機関は提携以上のリスクは取らずに、レベニューシェアだけのタイプです。
2つめは、銀行自らFinTech的なサービスを始めるタイプ。典型例は、福岡銀行のWallet+や、飛騨信用組合のさるぼぼコインですが、これは少数派でした。
3つめは特に新しいことは何もないというタイプです。例えば広島市信用組合は日頃から地元のお客さんときめ細かく会っていて業務内容をちゃんと把握している。だから融資の話が持ち込まれたらスピーディに判断できる体制になっている。早く判断できるというのがお客様にとっては本質で、FinTechなにするものぞということですね。
- 金融業の本質が変わらないなら、FinTechって何が違うの?というそもそも論の話ですね。
加藤さん そもそもFinTechって何ぞや?という解説を、当時いろんなところでしましたよ。 (一同笑)
新しいキーワードが生まれた時は特に気を付けて、きちんと理解した上で語るのは大事だと非常に感じました。
- オクトノットも後年記事にしたときにいろいろと調べましたが、実は厳密な定義はありません。
加藤さん 私も本を書いたときにFinTechっていうのは、新しいサービスか、それを提供する企業です、とすごく幅のある言い方で定義しました。ただそれだとなかなか伝わらないので、具体的な話をするわけです。
実は先物取引を専門で取り扱っている投資家は、衛星画像で石油タンクの貯蔵量だとかタンカーの数を見て、流通量も先行きを判断したり、オレンジなどの生育状況を確認したりして今後の値動きを判断している、なんて話は2017年頃 によく紹介しました。中国の経済が活況だと言われていたけれど、夜の明るさの衛星画像では、経済規模にしては暗いとか、コマツが中国へリースしている大型建機の稼働時間が想定よりも短いので、いち早く中国経済が傾いていることを察知した、という話もあります。
- そういった意味では、技術が進んだ、もしくは進んだ技術が安く使えるようになったのが、FinTechの登場に大きく影響しているのでしょうか?
加藤さん 安価にサービス提供できる環境が整ったという観点は確かにあります。携帯電話がiPhoneとAndroidの二つのプラットフォームに集約され、この二つで全世界の9割以上の携帯電話保有者にアプローチできるようになったのが大きい。
また、SaaSやPaaSという技術が普及したことによって、初期投資を抑えて小さく始めることができる状況になったこともあります。ただこれは金融分野以外でも同じことです。
FinTechについては、技術以外にも金融包摂の観点がありました。日本ではあまり議論になりませんでしたが、世界にはこれまで金融サービスを受けられなかった人々、英語で言われているところのUnbanked(銀行に口座を持っていない人)やUnderbanked(十分な金融サービスを受けられない人)がたくさんいます。
各国の法律の作られ方や求められるサービスの品質にも影響を受けていると思います。総じていえば、これらの要素により、日本でもFinTechが特徴づけられていると思っています。
遠藤さん ITの進化があったことは確かで、スマートフォンとクラウドの他にも、人工知能やブロックチェーン技術の発達は特に大きいですが、新技術だけでは変化は起きなかったと私も思います。米国での新サービスの動きや、中国のキャッシュレスは、日本国内のスタートアップ企業に影響を与え、それがさらに金融機関に大きな危機感を与えました。
FinTechから金融DXへ
- FinTechという言葉がある種のきらめきをもって使われていたのは、今から思えばそんなに長い期間ではありませんでした。言葉としては徐々にDX、つまりデジタルトランスフォーメーションへと、いつの間にか移っていきました。
加藤さん
2017年9月に三菱UFJ銀行さんがDX戦略を出したことで、潮目が変わると思った記憶があって、今回Google Trendで調べてみました。このグラフを見てください。
(加藤さんがみせてくれたグラフを基に、オクトノット編集部であらためてGoogle Trendで作成)
FinTechのピークは2016年1月で、デジタルトランスフォーメーションのピークは2021年4月。二つのグラフがクロスするのが2018年です。
遠藤さん やっぱり経済産業省が出したITシステム「2025年の崖」のDXレポートの頃ですね。
加藤さん デジタルトランスフォーメーションは金融だけではないし、緻密な検証というわけではないのですが、ピークがどこにあって、どこで入れ替わったのか非常にわかりやすくて面白いです。
遠藤さん この研究室の書棚に並んでいますが、日経BPさんの書籍が、2018年から2019年までは『FinTech世界年鑑』でしたが、2020年には『デジタル金融未来レポート』になっていて、2021年以降は『金融DX戦略レポート』になっています。
2020年はFinTechで行こうか金融DXにしようかまだ迷っていて、2021年には金融DXにしたと私は捉えています。
- 編集部にも実はその書籍があるのですが、そういう風に並べて見る発想はなかったです!
加藤さん ここまでは話のネタとして、前振りみたいなものですが、遠藤さんのお話にあったように、金融機関にとってFinTechはどう提携して取り込んでいこうか?というところがありましたけれど、DXはどう変革に取り組んでいこうかと、主語が自分たちに変わった。そこが結構大きいのかなと思っています。
遠藤さん 銀行こそが金融分野におけるデジタルトランスフォーメーションをするんだ、FinTechの一段上だ、という金融機関のプライドですね。とある著名な銀行家は2015年時点で「FinTech革命で銀行は死なず」とも言っています。
加藤さん メインストリームは自分達だという宣言なんですね。
先の三菱UFJ銀行のDX戦略には、「金融DXはカルチャー、社会、プロセス、ビジネスの組み合わせ」だとあり、変えていくのだという覚悟が感じられます。
更には、FinTechにはあまりなかった業際的な観点が入っています。
遠藤さん FinTechは銀行の外に出てきたスタートアップが金融だけをやっているところがあった。しかし金融DXになると、銀行免許を持つ銀行が絡んできたりとか、PayPayのように別の業界の通信事業者が決済をはじめたりしている。
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FinTech |
金融DX |
使われた時期 |
2015年~ |
2020年頃~ |
ニュアンス |
金融(Finance)と技術(Technology)の組み合わせによる金融界のイノベーション |
金融以外の事業者を含めた金融サービスに関するデジタルトランスフォーメーション |
説明 |
FinTech系スタートアップ企業による既存金融機関のサービスの隙間を埋めるような新サービスが中心 |
異業種も含めた金融に係るビジネスやユーザーエクスペリエンス(顧客体験)の創造 |
代表的なサービス例 |
クラウド会計、個人財務管理、ロボアドバイザー、オンライン融資 |
組込み型金融(Embedded Finance)、QRコード決済、デジタル通貨、セキュリティトークン |
代表的な担い手企業 |
マネーフォワード、freee、ウェルスナビ |
住信SBIネット銀行、PayPay、Progmat、BOOSTRY |
- 当時と今を見比べるとプレイヤーもずいぶん変わりました。当時出てきたスタートアップ、チャレンジャーとかネオとか呼ばれた“バンク”についてはいかがでしょう?
加藤さん それについては、社会実験が終わったということだと思います。収益源はカード手数料くらいで、主要な顧客層であるUnbanked、Underbankedの顧客には、お金を借りる大きなニーズが無いので融資をしたくてもできない。
なので、顧客獲得に成功したFintech企業の中で、更なる成長を目指して、銀行免許の取得を目指す動きが米国で出てきています。
そうなれない、もしくはその道を選ばずにネオバンク事業は撤退して、Movenのように銀行システムを提供するITベンダーに特化していったところもあります。
遠藤さん 日本のロボアドバイザーサービスもそうですね。
投資初心者にとっては、ロボアドバイザー(がポートフォリオをアドバイスしてくれる)といえども、ハードルが高かった。投資経験者はわかっているので、そんな手数料を払ってまでは使わない。
そうするとその中間、「ある程度投資の事は分かっているが、手間がいらないことが大事で、手数料はまぁいいや」という鷹揚なお客様、というマーケットはそんなに大きくなかった、ということでしょう。
ソーシャルレンディングについていえば、退場した企業にインタビューしていたので、著書でも書きやすかったのですが、十分な融資審査ができなかったので、変な融資先が入り込んでしまっていた。その融資先が返済できないので、借り換え借り換えを続けているうちにどうしようもなくなってしまった。
- なるほど。日本でも社会実験の結果が出た、ということでしょうか?
遠藤さん そうかもしれないですね。ウェルスナビはまぁまぁ成功しましたが、最終的に三菱UFJと資本提携したので、独力では更なる成長が苦しかったのでしょう。
金融とITの未来
- FinTechから金融DXへの移り変わりをお二人とみてきましたが、あらためて世の中の流れが浮き彫りになってきたように思います。では未来はどうなっていくのでしょうか?
加藤さん ランドデータバンクという事例があります。工事現場のDXによって、建築現場の進捗状況を見える化して、その中で生まれるデータを用いて建築・工事現場に参画している中小企業に融資をしていくモデルで、業界内にDXが浸透するかもしれないと、個人的にすごく期待をしていたのですが、残念ながらあまり使ってもらえなかったようです。しかし、このようなプラットフォームは目指すべき1つのモデルになるものと考えています。
金融業界との関りでは、日本ではまだ銀行の不動産取引は規制されているので、銀行が不動産取引利益はとれませんが、仲介といった形で携わっている人たちはいますね。
また、日本では代理人の考え方が希薄で、不動産業界のように売り手と買い手の両方から手数料をいただけるビジネスが許されている業界があります。他の先進国では、成立しません。DXによって情報が見えるようになると、そうした商慣習はできなくなってしまうはずなので、そこに誰がいつどうやって切り込むのかな?と注目しています。
- 長く続いたマイナス金利時代が終わり、日本でも2024年に利上げが行われました。金融情勢は大きく変わったわけですが、今後影響が出てくるでしょうか?
遠藤さん 金利が正常化されたことは一つポイントだと思います。これまでは金利が付かなかったから暗号資産に資金が流れていた状況がある。ステーブルコインといった動きは減速するのかもしれません。
加藤さん 政策金利が上がると融資の収益率が上がります。そのため、銀行にとって安価な資金調達手段である預金獲得が重要になってくると考えています。例えば、アプリで魅力的な定期預金の金利を提示することで、融資資金を融資期間と合わせて調達していく、といった動きも出てくるのではないでしょうか。
アプリからあっという間に資金を動かせる時代では、マイナス金利ではあまり動くことのなかった預金の粘着性が著しく下がっている。銀行経営者にとって、これは非常に怖い状況だと思います。
- そうすると銀行アプリの使い勝手は、今後より重要になってくるように思われます。
加藤さん 使い勝手という観点では、銀行アプリはまだまだ改善の余地があるので、もっと良くなっていくと思います。
遠藤さん 融資に関していえば、審査コストを削減し、より早い審査が行われることを期待しています。決算状況や口座の取引状況がデジタルで金融機関と共有できるような仕組みができれば、もっと早く融資できるはずです。
融資をするときは、相手のことがわからないからコストをかけて審査するのだけれど、情報が開示されていればもっと簡単に判断できるはずです。それがオープンバンキングと言われていることの本質の一つだと思います。
― オープンバンキングとは、銀行が口座へのアクセスをオープンにしますが、そのオープンにされた口座を使って企業は何を期待して、何をするのか?という議論はこれまであまりされてこなかったように思います。
遠藤さん いままで紙でやり取りしていたとか、双方でデータを入力していたことがなくなり、必要な情報は瞬時に共有できる世界になれば、金融に手間をかけないで、もっと本業の方を頑張れることができるようになる。DXはそのための手段に過ぎないのではないでしょうか。
加藤さん クラウド会計と銀行の提携はずいぶん進みましたが、まだあまりうまくいっているという話を聞きません。企業としてはすべてのデータを銀行に開示してしまうのはやはり抵抗がある。
遠藤さん 業界全体でやらないと解決しないですよね。情報開示のスタンダードができてどこの銀行に開示しても安心できるようにしないと企業もついていきません。金融データ活用推進協会がデータ活用を検討していますよね。そこからそんな話が出てきて、それが次の10年でできるようになれば、面白い感じがします。
加藤さん 遠藤さんがおっしゃるように、DXは手段で、どこに向けて変革するのかという目標は、銀行によってきっと違うはずでそこが大事なところだという気がしています。
遠藤さん メガバンク、地方銀行、ネット銀行……業態によってもそれぞれの強みや弱み、狙うところは異なります。
加藤さん そうですよね。地方銀行は対面をどう位置付けるがやはり大事で、それはネットだけの銀行との大きな違いです。O2Oやオムニチャネルと言われている試みですね。
- スペインのBBVAは、お客様ひとりひとりに必ず担当者を付ける、という恐るべき施策を打ち出しています。もちろん店舗に来ていただいてもいいのですが、多くのお客様の用事はAIといったテクノロジーも活用しながら、アプリや電話で十分対処できるようです。
遠藤さん デジタル化しないと絶対無理ですね。全ての人に同じサービスを提供するのは無理がある話です。銀行もお客様もお互い選別しあう複雑化した時代になっている。
― お客様もどこの銀行を選んでも同じだから近くに店舗がある銀行を選ぶ、という状況は、FinTech、金融DXによって大きく変わりましたね。
遠藤さん ただDX化が進んでアプリで大抵のことができる時代だからこそ、逆に複雑なことを相談するのに駆け込める店舗があることが差別化要素にもなります。
加藤さん 極端に言えばネットを使わない金融機関があってもいいのではないかと個人的には思っています。対面でのみ顧客対応する、といったような。
遠藤さん 先に挙げたFinTech何するものぞ、の銀行の一つ、広島市信用組合はまさにそうです。
加藤さん 人が、担当者こそが銀行だ、ということですよね。
遠藤さん 信用創造機能を果たす以上、信頼感があることが絶対条件だと思います。
― 銀行はもっと良くなる、と変わっていく一方で、変わらない大事な本質ですね。
本日はどうもありがとうございました。
慶応義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究所研究員
専門は金融情報システム、FinTech(フィンテック)、情報システムのマネジメント。1983年早稲田大学政治経済学部卒業。同年三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、2015年9月まで32年半勤務。うちシステム部に約16年在籍し、第3次オンライン開発、東京三菱銀行システム統合、三菱東京UFJ銀行システム統合などの超大規模プロジェクトに、主に推進マネジメントの立場で参画した。2015年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科後期博士課程修了、博士(システムデザイン・マネジメント学)。著書に『金融情報システムのリスクマネジメント』(日科技連出版社)、『金融DX、銀行は生き残れるのか』(光文社)、『金融ITシステム入門(仮)』(近刊:科学情報出版)がある。