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デジタルシニア時代のデザインのポイントとは?

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「高齢者はITが使えない」「高齢者との顧客接点は店舗」と思い込んでいませんか?世界に類を見ない高齢化が進む日本において、デジタルサービスのユーザに高齢者を設定することは、ビジネスを拡大する上で重要になってくると考えられます。一方、高齢化に伴う課題は多岐に渡っており、この社会課題の解決にITが貢献できることは少なくありません。
本稿では、高齢者のIT利用に関する机上リサーチを行い、高齢者向けデジタルサービスの可能性について探索します。はじめに高齢化や高齢者のIT利用に関する統計を確認し、次に高齢者向けデジタルサービスのデザインのポイントを考察します。その後、実際の高齢者向けサービスの事例をご紹介します。

世界に類を見ない高齢化が進んでいる国、日本

日本が超高齢社会であることは周知のとおりですが、いくつか統計を用いて確認したいと思います。

一般的に「高齢者」とは65歳以上の人々を指します。日本は「水準」「速度」「奥行」の3つの点において、世界に類を見ない高齢化が進んでいる国と言われています。
<高齢化の水準>
65歳以上人口が総人口に占める割合を高齢化率と言います。2020年の日本の高齢化率は28.7%で、国民の3.5人に1人が65歳以上ということになります。この数字は世界トップであり、イタリア(23.3%)、ポルトガル(22.8%)などのヨーロッパ諸国がこれに続きます。今後も日本の高齢化率は上昇を続け、2036年には33.3%(3人に1人)、2065年には38.4%(2.6人に1人)に達するという推計もあります。
<高齢化の速度>
高齢化の速度は、高齢化率が7%から14%まで上がるのに要した年数で比較します。フランスでは100年以上要していますが、日本は24年で14%に達しており、4倍の速さで高齢化が進んでいます。

図表2 高齢化率が7%から14%まで達するのに要した年数

内閣府『令和2年版 高齢社会白書』

<高齢化の奥行>
高齢化の奥行とは、高齢者の中でもより高齢な人の割合のことを指し、65~74歳人口に対する、75歳以上人口の比で表します。2020年の日本では、この値はほぼ1:1ですが、2025年には1:1.5、2060年には1:2になると言われています。つまり、日本は超高齢社会の中でも、より高齢の人が多いという特徴があります。

図表3 65~74歳人口と75歳以上人口の比(2020年)

総務省『統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-』

「高齢者はITが使えない」は本当か?

昨年、60歳代の私の両親は携帯電話をガラケーからスマートフォンへ変更し、LINEでのメッセージや写真のやりとり、ビデオ通話などを楽しんでいます。父は元々仕事でPCを使っていましたが、専業主婦の母がITを本格的に利用するのは数年前に入手したタブレットが初めてです。初期設定、セキュリティ対策、トラブル時などにはサポートが必要ですが、個人的な感覚としては、高齢者のデジタルサービスの利用は増えている気がします。

「高齢者はITが使えない」は本当なのでしょうか?いくつか統計を用いて、高齢者のIT利用の現状を確認します。
<年齢階層別インターネット利用率>
2019年の日本のインターネット利用率(過去1年間にインターネットを利用したことがある人の割合)は全体平均で89.9%、年齢が上がるにつれてその値は低くなっていきます。しかし、2018年から2019年の1年間で、60代以上のインターネット利用率は10~20%増加しています。これは、インターネット利用者の加齢に伴う増加と見られており、今後高齢者のインターネット利用率は高まるものと予想されます。

図表4 年齢階層別インターネット利用率の推移(2018年、2019年)

総務省『情報通信白書 令和2年版』

<高齢者の世帯収入別インターネット利用率>
高齢者の中でも、世帯収入が高くなるとインターネット利用率が高くなる、という調査結果があります。アメリカの調査になりますが、世帯収入が5万ドル(約500万円)以上の高齢者のインターネット利用率は、90%を超えています(※1)。金融機関の重要顧客である高所得の高齢者ほど、デジタルサービスに対するニーズが高いという仮説が考えられます。

(※1)Pew Research Center『Tech Adoption Climbs Among Older Adults』
<年齢階層別インターネット利用目的>
電子メールは20代と同等の高い利用率を示す一方、60歳以上では、SNSなどのソーシャルメディアや、オンラインショッピング、金融取引など、金銭が絡むサービスでは、20代より低い値を示しています。高齢者のインターネット利用率は高まってきてはいるものの、その使い方については、世代間の差があることが伺えます。

図表5 年齢階層別インターネット利用目的(2019年)

総務省『情報通信白書 令和2年版』

高齢者向けデジタルサービスのデザインのポイント

いかがでしょう?「ITが使える高所得の高齢者」の姿が浮かび上がってきませんか?高齢化の更なる進展を考えると、高齢者は未来の金融サービスを考える人たちにとっても魅力的なマーケットになると考えられます。

では、どのようにして高齢者にデジタルサービスを訴求すれば良いのでしょうか?高齢者であることを特に意識せず、他の世代と同じように考えて良いのでしょうか?

高齢者のインターネット利用率は高まってきてはいるものの、その使い方には違いがあることは、前章で確認しました。よって、高齢者のデジタルサービスに対する期待や不満は、他の世代とは異なることが考えられます。本章では、高齢者向けデジタルサービスをデザインする上でのポイントについて考察します。
<キーワードは安心感>
PCやスマートフォンなどのデジタルデバイス利用時の自信の有無を尋ねた調査では、65歳以上の高齢者のうち、「自信がある」と回答したのは26%で、30~49歳の1/2以下、18~29歳の約1/3になります(※2)。私たちが普段なにげなく使っているデジタルサービスでも、高齢者は不安を感じながら使っている可能性が考えられます。また、この不安に起因して、オンラインショッピングや金融サービスなど、金銭が絡むデジタルサービスの利用が嫌厭されているという仮説が考えられます。

高齢者向けデジタルサービスのデザインでは、文字やボタンを大きくするなどのUIへの配慮だけではなく、高齢者が安心し、自信をもって利用できるようなUXデザイン(デジタルサービス利用の前後も含めた体験全体のデザイン)が重要になると考えます。

(※2)Pew Research Center『Tech Adoption Climbs Among Older Adults』
<身体機能、認知機能の低下など、高齢者に特徴的な問題に着目する>
アメリカの高齢者の28%が、日常生活に支障があるレベルの身体的な不自由を抱えているそうです。高齢者における身体的な不自由の有無別のインターネット利用率を分析した調査によると、不自由のある高齢者の方が、不自由のない高齢者と比較して、インターネット利用率が20%低いということが判りました(※3)。

加齢とともに身体機能、認知機能が低下すると、外出のハードルが高くなり、社会とのつながりの維持や、リアル店舗に足を運ぶことが困難になります。このような問題解決にデジタルサービスが寄与できることは少なくないと考えますが、サポートが必要な高齢者ほど届いていない、という現状が浮かび上がってきます。

高齢者向けデジタルサービスのデザインでは、高齢者に特徴的な身体機能、認知機能の低下に伴って、本人や家族などの周りの人が抱えている問題を理解し、ITを使ってその問題をどのように解決するか?というアプローチが重要になると考えます。

(※3)Pew Research Center『Tech Adoption Climbs Among Older Adults』

高齢者の問題解決に寄与するデジタルサービス事例

本章では、実際のデジタルサービスの事例をご紹介します。
<高齢者のオンラインバンキングに対する不安を解消する – READY, SET, BANK!>
READY, SET, BANK!とは、アメリカの金融機関Capital Oneが提供する、オンラインバンキングの使い方を動画で説明する高齢者向けeラーニングサービスです。オンラインバンキングのメリットや、サインアップ方法、口座管理の方法などを説明した1~2分の動画44本を無料で公開しています。

Capital Oneはなぜこのようなサービスを提供しているのでしょうか?アメリカでは、60歳以上のモバイルバンキング利用率は18%で、裏を返すと約80%の人はその恩恵を享受できていないと言うことができます。デジタル化に積極的なCapital Oneはこの現実を重く捉え、これらの人々にも自分たちのデジタルサービスがきちんと届くようにする必要があると考えました。

この問題を解決するためのチームが組成され、高齢者へのインタビューやアンケートなどを通じてITの利用状況を調査し、高齢者が新しいことを習得するときのやり方や、高齢者のIT利用の阻害要因を理解し、そこからeラーニングサービスという解決策を導き出しました。単にプラットフォームを構築するだけではなく、コンテンツ制作にも力を入れています。高齢者は知り合いから教わったことを重視するという調査結果を踏まえ、高齢者が共感しやすいよう、世代が同じ俳優のキャスティングや、専門用語の不使用など、スクリプトにも注意が払われています。

営業店では、READY, SET, BANK!の動画を使ったワークショップを試行するなど、デジタルとリアルを組合せながら、高齢者にオンラインバンキング利用を訴求しています。また、本サービスはCapital Oneの顧客だけではなく、全米の高齢者を対象にデザインされており、世代による情報格差の是正や高齢者の独立した生活のサポートに貢献しています。

これを見るとCapital Oneの崇高な社会貢献活動のように思われるかもしれませんが、目を転じると、日本のモバイルバンキング利用率は高齢者に限らず全体的に低いと言われており、30~40歳代が最も高くて40%という調査があります。デジタル化による業務効率化やコスト削減の観点からも、日本の金融機関も真剣に取り組むべき問題と言えるのではないでしょうか?

READY, SET, BANK! サービス概要

READY, SET, BANK!

<認知症の高齢者の自立をサポートする – True Link Financial>
True Link Financialとは、米サンフランシスコに拠点を置くスタートアップ企業で、金銭に絡む詐欺、搾取、乱用などのリスクにさらされやすい高齢者、社会復帰の途上にある依存症患者などをサポートする金融サービスを提供しています。コアサービスはTrue Link Visa Prepaid Cardという、家族などによる見守り機能がついたプリペイドカードです。プリペイドカードへの定期チャージ、利用金額の上限設定、利用用途の制限、取引履歴の参照、アラートの通知などの機能があります。月額10ドルでこれらの機能を利用することができます。

True Link Financialが提供する価値は一体何なのでしょうか?高齢者などが安心して、自分の意思でお金を使うことができることにより、彼らの独立性や自律を促し、生活の豊かさを守ることにある、とTrue Link Financial創業者のKai Stinchcombe氏は述べています。

このサービスはKai氏の実経験から生まれました。Kai氏の祖母が認知症になり、以前寄付したことを忘れ、寄付をするためのお金を繰り返し家族にせびるようになったことがきっかけだったそうです。アメリカには認知症患者が1,100万人いるので、銀行はこういう場合の対処法を知っているだろうと考え、Kai氏が銀行に問い合わせたところ、カード利用を停止するしか方法がないことが判りました。

つまり、1,100万人もの人が金融サービスにアクセスできていない、という事実でした。「自分のお金を自分の意思で使えないという経験は、その人の可能性をつぶしてしまう」とKai氏は考え、自分の大切な人が安心して、安全に自分のお金を使える金融サービスを目指して、True Link Financialを立ち上げました。

認知症というとニッチな世界に聞こえるかもしれませんが、2015年の日本の金融資産は1,900兆円で、うち22%を75歳以上の高齢者が保有し、その割合は2030年に31%まで上がると予想されています。認知症の発生率は75歳から急上昇すると言われ、75歳以上の高齢者が保有する金融資産のうち、20%を認知症患者が保有していると仮定すると、2015年の金融資産ベースで約100兆円となります。そして、認知症患者は金融サービスにアクセスできていないというKai氏の言葉を考えると、認知症患者向けデジタル金融サービスがブルーオーシャンに見えてこないでしょうか?
例えば、あなたのお父さんが毎週2ドル使っているとしよう。そのお金で、昔からの友達とコーヒーを飲みながら楽しい時間を過ごしているとしたら、それは2ドル以上の価値があるよね。
ー True Link Financial創業者 Kai Stinchcombe氏

図表7 True Link サービス概要

True Link

さいごに

高齢者向けに限らず、新規ビジネス/サービス創発において、ユーザ(クライアントではなく、その先の利用者)を明確化し、ユーザが抱える問題を高い解像度で理解し、IT技術を使ってその問題をどう解決するか?というアプローチは重要です。特に高齢者など、私たちがニーズを想像しにくいセグメントをユーザに設定する場合は、ユーザが抱える問題を理解するための調査(UXリサーチ)を実施し、そこから得られたユーザ理解を拠り所に、デザインや設計上の決定を行うことがポイントになります。

NTTデータは、ビジネス/サービス創発のプロセスにUXリサーチを組み込み、課題やアイディアなどの仮説の構築と検証を行き来しながらビジネス/サービスを具体化しています。昨年夏に実施した高齢者インタビューの記事もありますので、合わせてご覧ください。

UXリサーチを活用した新規ビジネス/サービス創発にご興味がある方は、お気軽にお問い合わせください。


※本記事の内容には「Octo Knot」独自の見解が含まれており、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。

金融機関のシステム開発を経て、スペインのグループ会社everisに出向し、UXデザイナーとして実務経験を積む。現在は金融分野のお客様の社会課題を起点とした新規ビジネス/サービス創発の支援に従事。
業務柄ユーザへインタビューする機会が多いのですが、相手から発せられた言葉だけではなく、その背景にある感情や大切にしている考え方まで近づきたい!という気持ちで臨んでいます。アート思考、対話型アート鑑賞、グラフィックファシリテーション、LEGO Serious Playなどに興味があり、業務時間中に絵を描いたり、LEGOを触ったりしていますが、決して遊んでいる訳ではありません。

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