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ロボットとAIが金融業界を変貌させる(後編)

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金融事業・サービス創発の場面でも、AI/機械学習といった言葉が使われる機会が増える中、金融業界に訪れている変化や技術との向き合い方について、金融市場と数理ファイナンス、及びAIを含む関連技術の実務と理論のエキスパートである櫻井豊さんに記事をお寄せいただきました。
前編では著書『人工知能が金融を支配する日』にも登場した超高速でアルゴリズム取引を行うHFTなどの事例を取り上げながら、フィンテックが資産運用市場に地殻変動を起こしつつある動向について解説いただきました。後編ではこういった金融市場の地殻変動を促す技術進化について考察を深めつつ、日本の現状とこれからについて解説いただきます。

HFTやヘッジファンドはますますAIの技術を磨いている

前編では、5年前の拙著で取り上げた超高速でアルゴリズム取引を行うHFTや、最高のAI人材を集めるスーパーヘッジファンドについて説明しました。ルネッサンスやツーシグマなどがそうしたファンドの代表で、彼らは数学、物理、コンピュータの専門家の集まりです。

伝統的な人間の勘や経験をもとにした投資とは正反対のスタイルで利益を上げ続けています。ルネッサンスのようなファンドはAIの最高の人材を集めるだけの資金と彼らの能力を引き出す企業文化を有していて、AI/機械学習を非常に積極的に資産運用のパフォーマンス向上のために利用しています。

例えばツーシグマは1,000人近い研究員を抱え、2018年にはグーグルの著名なAIの専門家を引き抜きました。そして、市場・経済データはもちろん、ニュースデータなどさまざまなデータとさまざまな機械学習のアルゴリズムを駆使した運用にますます注力して深化、多様化して強力になっています。これは新興のフィンテック企業では到底まねができない芸当です。

ルネッサンスやツーシグマは2020年の初めまではこのような戦略で好調なパフォーマンスを維持してきました。ところが、2020年3月からのコロナ禍の影響を受けた市場で一変しました。相場の急変を上手く察知して対応出来たHFTは好調であった一方で、ルネッサンスとツーシグマの運用するファンドは一部を除いて不調に陥ったのです。

AI/機械学習を使った投資の弱点は、過去のパターンと乖離した事態が突然発生した場合、その変化に必ずしも上手く対応できない可能性があることです。機械学習は過去の学習データを使って未来のことを予測(あるいは分類)しますが、ある時期に突然過去のパターンが壊れてしまうと、その過去の学習の結果が裏目に出てしまうことがあるのです。例えばツーシグマは、リスクをとっている金融商品と他の金融商品や経済指標の相対的な関係が壊れて苦戦を強いられたようです。

しかしながら、このような事態は、金融市場など人間の経済活動をモデル化する際の宿命であるとも言えます。元来、金融市場の性質は定常的(stationary)ではなく、絶えず変わり続けます。そうであるからAI/機械学習の活用は他の分野にくらべると格段に難しいのです。ただし、2020年のコロナ後の変化は、その変化のスピード、あるいは一時的な乖離の程度がスーパーファンドをも惑わすほどだったわけです。

一方で、新しいパターンを見つけ出すことも機械学習は得意にしています。ツーシグマやルネッサンスのようなファンドは今回の失敗も含めて研究を重ねてますます強力なアルゴリズムをつくり出していくでしょう。AI/機械学習による資産運用においては延々と研究と改善を続けていく必要があるのです。

飛躍的な進化を遂げる自然言語処理技術

金融市場は定常的でなく機械学習応用の難易度が高いと言いましたが、他の多くの分野の学習対象は遥かに安定的です。その一つが自然言語処理の分野です。もちろん、近年はSNSの普及による急激な言語変化が起こっているという側面もありますが、大部分の単語や文法はそう簡単に変化するものではありません。このような分野では、学習モデル・アーキテクチャーの大規模化・複雑化や学習成果の積み上げが可能です。

さて、読者の中には、以前はかなり不自然あるいは意味不明な文章が出来ることも多かったグーグルの自動翻訳が、近年はかなり優秀で自然な翻訳になってきたと感じている方も多いのではないでしょうか。実は、グーグル翻訳は2016年に新しい翻訳システムGoogle Neural Machine Translation (GNMT)を導入したことによって性能が飛躍的に向上しました。

翻訳の機械学習では、通常は入力言語をベクトル化するエンコーダと、文章化して出力するデコーダなどによって成り立っています。GNMTはエンコーダとデコーダにLSTMというそれ自体が複雑なアルゴリズムをそれぞれ8層も重ね合わせて構成されています。また8つのLSTM層の1つを双方向にするという工夫も導入して性能を上げています。つまり、GNMTは画期的な手法を導入された複雑で大規模な深層学習のシステムであり、そのような改良によって自動翻訳の質に劇的な向上がもたらされたのです。

GNMTが適用されたのは当初は8言語のみでしたが、現在は100を超える言語に適用されています。そして、その後もさらなる学習とシステムの改良を続けていて年々着実に性能の向上が続いています。グーグルは、検索エンジン用にも、2018年にBERTという非常に高性能な自然言語処理技術を導入しています。

翻訳マシンのようなタイプのAIを自然言語処理といいますが、自然言語処理は非常に応用範囲の広い技術です。たとえば文書の分類や自動作成、チャットボットや音声認識などの重要な部品として活用されています。自然言語処理のAIの性能が向上すれば、こうした機能自体の性能向上につながるわけです。

グーグル翻訳が読者に分かり易いので紹介しましたが、NTTグループを含めてこの分野に強い世界中の企業や団体の自然言語処理技術も同様に近年大きな進歩を遂げています。最近の例では、マイクロソフトが音声認識を手がける企業に2兆円に迫る資金を投じる可能性があると報じられています。

金融機関のロボット化はすでにコンセンサス

このようなAIの基礎的な技術の発展と積み上げは金融界にどのような影響を与えるのでしょうか。個人的な見解ですが、現時点ではまだグーグルなど一部の特別な企業しか使えない高度な自然言語処理マシンは、そう遠くない将来に、少し性能が落ちるかも知れませんが、より多くの企業が比較的手軽に使えるようになるのではないかと考えます。つまり最先端の高機能な技術は徐々にコモディティ化、あるいは汎用品化されていくでしょう。

そうなれば、これまで人間と人間のコミュニケーションで成り立っていた金融機関の顧客対応などの仕事の多くが自然言語処理技術を内蔵したロボットに代替される可能性が高まります。そして、このようなAI/機械学習の技術の積み上げは自然言語処理技術以外のさまざまな領域で起こっています。次の図に、こうした技術基盤の確立によって今後どのような金融の仕事がAI/機械学習によるロボット化がされそうか簡単にまとめてみました。

この金融のロボット化の流れは、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって加速されたようです。オラクル社が2020年の末に欧米主要国や日本、中国、インドなど14か国の9,000人のビジネスリーダーと消費者に対して行った調査(※1)では85%の人々が、ロボットが金融のプロにとって代わるだろうと考えているという結果になりました。そして46%はそれがあと5年(2026年)で起こると考えているそうです。人間に比べるとロボットには仕事のムラが無いということがそう考えられている大きな要因のようです。

また、ビジネスリーダーの9割近くが、将来、ロボットが財務チームにとって代わると考えているそうです。そして、ビジネスリーダーの77%が財務チームよりロボットを信頼すると回答しています。金融のロボット化やもはや世界の「常識」となりつつあるのです。

(※1)Money and Machines: 2021 Global Study

日本は遅れを挽回できるか

金融に限ったことではありませんがアメリカの起業家精神とそれが生み出すダイナミックな産業の変化には改めて驚かされます。では、日本はこの急速な金融ロボット化の流れへの遅れを挽回できるのでしょうか。

冷静な状況判断をすれば、少なくとも現状のアプローチを続けていくだけではかなり厳しいと考えるのが妥当でしょう。長年金融界に所属・接触してきた筆者の実感としては、日本の金融界は戦後の護送船団方式のお上の指導に従う文化をいまだに引きずっているように見受けられます。国内のさまざまな産業界のなかでもとりわけ保守的な体質が残っている可能性があるのです。

さらには、日本の顧客も、伝統を重んじる傾向があることや、最近の日本の企業の経営は、コスト意識が高まり過ぎているため、近い将来の投資効果が不明な投資についてはなかなか判断が下せないように見受けられます。こうしたことは、新しい時代に迅速に適合するにはマイナスに働いているかもしれません。

さて、このような状況から、AIを活用した新しい金融機関の姿に変貌するには、どうすればよいのでしょうか。少なくとも、これまでとは全く違うプロセスを取る必要があるかもしれません。AIや機械学習を使った新しいサービスの機能を上手く作り上げて上手に使いこなすようになるには、試行錯誤が必要です。

AIを使うとどのような機能を得られる可能性があるのか、どのような対象に応用すれば大きな効果が得られるのか、そしてそれを実現するにはどのような人材と体制が必要なのか。これらについて、少しずつ知見を深めていく必要があるからです。最初から上手くいくことは稀なのです。

これは、欧米の既存の大手の金融機関でも同じように難しいことですが、それまでの成功体験を忘れて全く違うアプローチを取る必要があります。日本のもう一つの特徴は、最初の動きは鈍いものの、新しいアプローチが業界全体のコンセンサスになるとその動きに皆が追従することです。だれかが新しいアプローチで成功する例を示せば、一気にそのパターンにシフトする可能性もあります。

いずれにしても、より長期的な視点に立ち、目先の成果にとらわれず、試行錯誤によってさまざまな事項についての長期的なノウハウを高めていくことが求められます。また業者や外部の専門家任せにしないで、経営者や現場が自分自身で知見を積み重ねることも不可欠ではないでしょうか。
【この記事を書いた方】
RPテック株式会社 取締役 櫻井豊さん

早稲田大学理工学部数学科卒。金融機関(東京(三菱)銀行およびソニー銀行)の東京とロンドンで20数年間に渡ってデリバティブのトレーディングや商品開発、債券運用に携わったあと、2010年よりRPテック取締役。2017年からは同社内に設立したAIファイナンス応用研究所の所長を兼務。
現在、AI・機械学習の多面的な応用の研究に注力しており、量子コンピュータの活用も研究テーマの一つ。主な著書に『数理ファイナンスの歴史』(金融財政事情研究会)、『人工知能が金融を支配する日』(東洋経済新報社)、『機械学習ガイドブック』(オーム社)がある。
※本記事の内容には「Octo Knot」独自の見解が含まれており、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
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執筆 オクトノット編集部

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