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ロボットとAIが金融業界を変貌させる(前編)

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昨今では、金融事業・サービスの創発の場面でも、AI/機械学習といった言葉が使われる機会が増えてきました。他方で、既存の金融業務がAIに代替されるといった、少しネガティブなニュアンスでAIが語られる論調を見かけることも少なくありません。
実際のところ、金融業界には、AI/機械学習の普及によって、どのような変化が訪れているのでしょうか。また、金融に携わる企業や人々は、AI/機械学習とどのように向き合っていけばよいのでしょうか。
今回は、約5年前に『人工知能が金融を支配する日』を執筆され、金融市場と数理ファイナンス、及びAIを含む関連技術の実務と理論のエキスパートである櫻井豊さんに、AI/機械学習がこの5年間でもたらした変化や、今後日本で起こることが予想される動きなどについて、記事をお寄せいただきました。

5年前の著作『人工知能が金融を支配する日』

筆者は2016年夏に『人工知能が金融を支配する日』(以下、「拙著」という)と題した本を上梓しました。この本は、金融市場や金融業の多くがやがてAIなどを基軸にしたアルゴリズムあるいはロボットによって担われるようになるだろうという筆者の見通しを示したものです。当時は、ディープラーニングをはじめとするAI/機械学習の技術の急激な進歩が世間にも少しずつ認知され始めた時期であり、当時まだそうした認識が高まっていなかった日本の金融業界に対する私なりの危機感を示すメッセージでした。

それから約5年、アルゴリズムやAIはどのように金融や世界を変えてきたでしょうか。全般的にはおおむね予想通りの展開です。AIは金融に限らず社会のさまざまな分野に急速な勢いで組み込まれるステージに入りました。金融は特にその影響の大きい分野です。実際にはAI/機械学習は、何らかのシステムの一部の統計的機能を担う部品としてあまり目立たない形で使われています。現在の多くのAIは機械学習を主体としていますが、機械学習は「性能の良い統計的分析装置」と呼んでも差し障りありません。

金融界では、個人の資産形成分野でロボアド(ロボットアドバイザー)が急激に資産規模を拡大しています。ルネッサンステクノロジーズ(Renaissance Technologies、以下「ルネッサンス」という)やツーシグマ(Two Sigma)のような数理的アプローチのスーパーヘッジファンドはますますAIの活用技術を高め、アルゴリズムで瞬時に取引を行う超高速取引(HFT)の業者の存在感はますます高まっています。予想通りの展開です。一方で、5年前の予想を超える部分もあり、次にそれについて説明しますが、フィンテック企業のサービス領域が大きな広がりを見せ、金融市場の姿自体を大きく変貌させつつあるのです。

フィンテック企業のロビンフッドの個人顧客たちがヘッジファンドを打ち負かした

予想を超える事態は、フィンテック企業の生み出す新しいサービスによって世界の金融市場の姿が大きな変わりつつあることです。それをさらに加速させたのが2020年のコロナ禍による人々の生活スタイルの変化でした。

2021年1月の終盤、このような金融市場の変貌を象徴する出来事が起こりました。これまで金融市場に縁のなかった若者たちが結託してヘッジファンドに大損失を与えたのです。その舞台を提供したのがロビンフッド(Robinhood)というフィンテック企業の株取引ツールです。ロビンフッドのアプリは手数料無料かつ極めて少額の資金でもゲーム感覚で取引が出来るので、ミレニアム世代と呼ばれる若者たちを中心に株式投資家層を一気に拡大させました。

コロナ禍の在宅勤務の増加によって株式投資をする時間を増やした新規参入の投資家たちは、ツイッターなどで情報を共有してゲームストップ(GameStop)という会社の株をつり上げ、ヘッジファンドの売りポジションを踏み上げ(急激に株価を上昇させて売り方に損失覚悟の買い戻しをさせること)たのです。

この出来事は世界中の主要なメディアにも取り上げられ「個人投資家がヘッジファンドを打ち負かした」などと報道されました。注目を集めたのは、こうした新規参入の無名の若者たちが、これまでの金融市場の「支配者層」であると考えられていたヘッジファンドにダメージを与えたからです。そんなことは、映画の中でくらいしか起こらないと考えられていました。

ロビンフッドが手数料無料でもビジネスが成り立っているのは、顧客からの注文の執行を超高速取引(HFT)の業者などに委託し、受託業者から手数料をもらえるからです。HFTはアルゴリズムとスピードを武器に、小さなチャンスを見つけて無数の取引を繰り返す金融取引を指します。注文を委託されるHFT業者にとっては、個人の売買の情報を得られ、自身の取引戦略に生かせるというメリットがあります。

つまり、若者たちの株式市場への参入を可能にしたのは、HFTのアルゴリズムなどのテクノロジーの進歩が重要な要因であったと言えます。バーチュ・ファイナンシャル(Virtu Financial)やシタデル・セキュリティーズ(Citadel Securities)などがHFT業者の代表的存在です。

資産運用業界におけるフィンテック企業の躍進

さて、ロビンフッドは自身の判断で株取引をする人々のためのアプリですが、自分で判断できないその他大多数の人々の資産形成をサポートしてくれるテクノロジーがロボアドバイザー(以下、「ロボアド」という)です。個人の資産形成において、アメリカでは伝統的に人間の投資アドバイザーが年金資金作りなどの個人の投資にアドバイスをしてきました。

その人間の投資アドバイス業務をPCやスマホなどを介してアルゴリズム主体でできるようにしたのがロボアドのサービスです。ロボアドを運営する企業の大部分は新興のフィンテック企業ですが、大手の証券会社や資産運用会社もロボアドのビジネスに参入しています。

ロボアドは、もともとは人間のアドバイザーを雇えない層向けや運用知識が比較的少ない顧客向けが中心でした。そうしたタイプのフィンテック企業にはベターメント(Betterment)やウェルスフロント(Wealthfront)などがあげられます。しかし、最近では、比較的裕福な層や運用知識が豊富な層向けのロボアドも存在感を増しており、フィンテック企業では、パーソナル・キャピタル(Personal Capital)などがあります。

つまり、ロボアドは新規の顧客層を取り込むだけでなく、従来型のサービスの顧客だった中間層や富裕層までロボアドにシフトしているのです。その結果、5年前と比べてロボアド業界は飛躍的に成長し、まだまだ急速な成長は継続しています。

ロボアド市場規模の拡大

KPMGのレポートを参考に編集部が作成

アメリカでは、ロボアドのさまざまなフィンテック企業が個人のお金の管理をサポートしています。例えば、携帯アプリ上のローンや貯蓄など個人の金融取引のプラットフォームを提供しているマネーライオン(MoneyLion)、オンライン銀行のサービスをシンプルに、これまでの銀行では経験できなかったような形で実現するシンプル(Simple)や、興味深いところではカード決済で支払った額の端数を自動で貯金し、最適な投資運用までしてくれるサービスを提供するエイコーンズ(Acorns)などがあげられます。

日本でも、アメリカほど急激ではありませんが、着実に変化が起こっています。国内のいくつかのロボアドは、海外株への分散投資などを自動かつ簡単にしてくれる機能を提供して若者などの支持を集めています。日本でもようやく資産運用の民主化の芽生えが感じられるようになりました。

フィンテック企業のAI活用

アメリカのフィンテック企業の多くは、AIやその主力である機械学習の活用に積極的です。そしてAIへの期待は時間とともに強くなっているようです。しかしながら、あとで説明する一部のスーパーヘッジファンドなどと比べると、新興のフィンテック企業の資金力、AI活用のノウハウ、人材獲得能力は大きく見劣りするのが現実です。したがって、比較的難易度が低く効果を出しやすい対象に徐々に活用を広げているという印象です。

フィンテック企業のAI/機械学習の活用を少し具体的に見てみましょう。
・ロボアドを提供するベターメントやシグフィグ(Sigfig)は顧客にとって税金の負担が少ない取引を見つけるために、また、パーソナル・キャピタルはユーザーの引退後の余裕資金の予測やアドバイスのために、それぞれ機械学習を活用しています。

・手数料なしの当座貸越を提供するチャイムは、顧客があるエリアで不動産に関心がある場合に、機械学習がサポートするチャットボットを活用して適切な不動産業者と結び付けていて、多くの顧客がこのサービスを使っているそうです。

・つり銭で自動的に投資をしてくれるエイコーンズは豪州で個人の支出や貯蓄のパターンや習慣を機械学習で学習し、その人に適した貯蓄のアドバイスをしています。

・ローンや貯蓄など個人の金融取引の携帯アプリを提供しているマネーライオンは、機械学習を活用したリスク管理技術によってユーザーに個人的な財務情報を全方位から判断して、より適切な金融手法を提案できるようにしています。

・クレジット・セサミ(Credit Sesame)という個人の信用リスクの分析ツールを提供するフィンテックは、機械学習に積極的な投資をしていて、どのような現金の使い方をすれば顧客の信用リスクを改善し金利支払いを軽減させるかを探し出しています。
こうした事例のほかに、例えばロビンフッドは外部のアルゴリズム取引のアプリケーションを実施できるAPIを供給しており、そこで利用できる機械学習のアルゴリズムを供給する業者もいるようです。つまり、ロビンフッドのユーザーが自作や第三者のソフトを使ってアルゴリズム取引を行えるのです。

ロボアドにとって資産運用のパフォーマンスを直接的に向上させることにAIを活用したいところでしょう。しかしながら、これはなかなか難易度が高い分野であり、フィンテック企業の限られたリソースでは本格的に取り組むにはもう少し時間がかかりそうです。

フィンテック企業が資産運用業界に地殻変動を起こしつつある

ロビンフッドのビジネスモデルやヘッジファンドに対抗する事態の是非についてはさまざまな意見があるようです。確かにヘッジファンドに対抗するような動きは特別な例であり、こうした事態が継続するのかどうかは疑問があります。

しかし、より重要な本質は、さまざまなフィンテック企業が提供するさまざまなツールやアルゴリズムによって金融市場に地殻変動が起きている可能性があることです。この地殻変動は市場参加者の層と行動パターンの両方の変化によって実現しようとしています。次の表は近年のフィンテック企業のサービスによって、個人投資家の資産運用環境がどのように改善したかをまとめたものです。
個人投資の後押し材料 説明
投資経験のほとんどない個人が参加できるようになった 多くのロボアドは、ユーザーのライフステージやリスク選好をアルゴリズムで判断して自動で分散投資を行ってくれる
自動的な分散投資、リバランス 投資に対するノウハウや相場の状況のウオッチをしなくても自動的にリスク管理してくれる
かつてなく安い手数料 ロビンフッドのように手数料ゼロの例も。個人ポートフォリオのリバランスのハードルも下がった
情報格差の縮小 Web上やフィンテック企業からの株式市場の情報、分析ツールや、SNS上での情報共有など
これまでの市場は一部のプロやたとえ個人でもセミプロのような人々が主役だったのですが、今は無数の個人が投資知識なしでも世界中の市場で悪くない質の投資を簡単にすることが出来るようになりました。「株式市場の民主化」が勢いづいていると考えることもできそうです。

日本ではどうでしょうか?フィンテック企業による投資家層の拡大と民主化は、アメリカに比べればかなりゆっくりですが着実に進んでいます。さらに、日本の場合は、過去10年の日本株は久しぶりの右肩上がりの相場が続いており投資に成功体験しかない世代も現れ始めています。これまで投資アレルギーの層が多かった日本の個人がいよいよ投資に目覚めることも期待されます。

後編ではこういった金融市場の地殻変動を促す技術進化について考察を深めつつ、日本の現状とこれからについて考えていきます。
【この記事を書いた方】
RPテック株式会社 取締役 櫻井豊さん
早稲田大学理工学部数学科卒。金融機関(東京(三菱)銀行およびソニー銀行)の東京とロンドンで20数年間に渡ってデリバティブのトレーディングや商品開発、債券運用に携わったあと、2010年よりRPテック取締役。2017年からは同社内に設立したAIファイナンス応用研究所の所長を兼務。
現在、AI・機械学習の多面的な応用の研究に注力しており、量子コンピュータの活用も研究テーマの一つ。主な著書に『数理ファイナンスの歴史』(金融財政事情研究会)、『人工知能が金融を支配する日』(東洋経済新報社)、『機械学習ガイドブック』(オーム社)がある。
※本記事の内容には「Octo Knot」独自の見解が含まれており、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
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執筆 オクトノット編集部

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