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キャッシュレス推進協議会 福田事務局長と語る キャッシュレスの先に描く未来

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2020 年のオリンピックなども視野に入れてキャッシュレス化を進めてきた日本。最近ではスマホ決済の普及やキャッシュレス決済に対応する店舗の拡大などにより、現金主義が根強いと言われてきた日本にも変化が訪れているように感じられます。日本のキャッシュレス化の現在地は?これからどこへ向かうのか?キャッシュレス推進協議会の事務局長として日本のキャッシュレス発展を牽引する福田好郎さんに、キャッシュレス・決済を専門分野として活動するNTTデータの登坂千尋さんがお話を伺いました。

1.日本のキャッシュレス決済の現状

登坂:ここ数年でスマホ決済などの普及も背景に、日本のキャッシュレス市場は急激に成長したイメージがあります。福田さんは官民一体で日本のキャッシュレス化を推進する「キャッシュレス推進協議会」の事務局長を務めていらっしゃいますが、現状をどう見ていますか?

福田:もともと日本でキャッシュレスという言葉が多く聞かれるようになったのは、2017年に発表された政府の成長戦略が大きなきっかけの1つです。その中では、2025年までにキャッシュレス決済支払比率を40%に引き上げることが目標に掲げられています。

足もとの状況として、2017年には約21%だった比率が、2020年には約30%にまで上昇しています。まだ予断は許さないところではありますが、2025年に40%を達成するというゴールは見えつつあるのかなと思っています。

キャッシュレス決済を使えるお店が増え、ユーザーも増えています。一方で、諸外国と比べるとキャッシュレス決済支払比率はまだ低い。この現状をどのようにして変えていくのかは今後の課題だと考えています。

登坂:確かにキャッシュレス決済は一般化してきましたね。以前は少額の商品を購入するときにクレジットカードで支払をしようとするとお店の方に嫌がられることもあったのですが、今は少額でもキャッシュレスで受け付けることに対する拒否感が非常に減っているように思います。

もちろん、その背景には加盟店手数料(※)が一定期間抑えられてきたところがありますが、一国民としてはキャッシュレスで決済するお店が増えたことでお財布を持ち歩かないで生活できるというのが非常に嬉しいですね。ただ、福田さんがおっしゃるように、それでもまだ世界的に見ると日本は遅れています。

(※)加盟店手数料:消費者がキャッシュレス手段で支払いをした際に、お店(加盟店)が決済サービス会社に支払う手数料のこと。

福田:諸外国の多くが5割から6割を占めている中で、日本は3割弱ですので大分低いです。背景には、日本では「現金」が非常に便利だという事情があります。1万円という最高額紙幣が普通にお店で使えます。こんな国は意外と珍しいんです。

例えばアメリカの最高額紙幣は100ドル札ですけど、偽札の不安もあるせいでしょうか、100ドル札は一般のお店ではほぼ使えません。基本的にみんなが使うのは20ドル札、日本円だとおよそ2千円ですね。ということは10万円相当の商品を買おう思ったら、日本では10枚の紙幣で済むものが、アメリカだと50枚も持っていくことになる。これはかなり大変です。だからキャッシュレスで買い物をすることが当たり前になっています。

登坂:偽札の話がでましたが、スウェーデンのように安全面の問題からキャッシュレスが普及している国もありますよね。

福田:そうですね。スウェーデンは人口が約1千万と日本の12分の1程度しかいないのに、キャッシュレスが一般化するまでは、銀行強盗が日本と同じくらいの件数発生していました。人口比率で考えると日本の10倍以上になります。バス強盗なんかも頻発していたので、現金を持っていると危ない。

あとは国土の広さも関係しています。スウェーデンは、人口は少ないのに日本の約1.2倍の面積があります。現金の場合、どんな僻地でも人が住んでいる限り輸送をしないといけないのでコストがかかりますし、日本ほど町中にATMが設置されていないのでユーザーとしても電子的にスッと送れる方が便利だったんですね。

ちなみに、よく日本と比較される韓国の場合は、徴税目的でキャッシュレス決済を推し進めています。と言うのも、お店が利用するキャッシュレス決済システムが国税庁のシステムに直結していて、お店の売上をすべてチェックできるようになっています。国民に対してはキャッシュレス決済を利用すると還付が受けられるという仕組みです。日本で同じことをやるのはなかなか難しいと思います。

登坂:キャッシュレス決済の普及には、それぞれの国の事情が深く関係していることが分かりますね。

福田:日本の場合、現金を持っていて襲われるということも少ないですし、都市部であればATMを探すのに苦労するということも少ない、となると諸外国の様に治安の観点からキャッシュレスにしようというのは一般のユーザーには全然響かないわけです。これから先、キャッシュレス決済のユーザーをさらに増やしていくためには日本独自の視点が必要になります。

登坂:キャッシュレス決済を現金払いの代替物として捉えてしまうと、日本は現金払いで困ることがないのでキャッシュレスの普及が難しい。決済という一点だけを捉えるのではなくて、支払いの前後に発生する消費者やお店側のプロセスを俯瞰してみて、効率化や生産性向上という観点でキャッシュレスに取り組むことが、日本におけるキャッシュレス普及のポイントになるのかなと思います。

福田:そうですね。日本の場合は少子高齢化が大きな問題で、これから人口が減少すると、当然働き手も減っていく。そういう状況の中でお店がいかに効率良く運営していくのかという視点で考えるとキャッシュレスは大きなポイントになってきます。

現金決済はお店にとっては意外と手間になっています。朝、オープン前に釣り銭を用意するために両替に行かなければいけないし、閉店後はレジ締めをして売上記録と現金が合っているかチェックしなければならないなど、意外とやることが多い。

終局的な目的としては社会の効率化を目指すべきで、その基礎的なツールとしてキャッシュレスがあると考えています。そして、効率化を実現するためにはキャッシュレスを提供する事業者だけが頑張るのではなく、実際に使うユーザー、導入するお店にとって使いやすいものにしないといけません。日本全体で進めるためには政府の協力も必要です。

2. キャッシュレス発展のカギを握る「完全キャッシュレス」

登坂:キャッシュレス決済の普及ということでは、最近、加盟店手数料がクローズアップされることが増えました。2019年に、経産省が中心となり、キャッシュレス決済を普及させるために「キャッシュレス・消費者還元事業」を推し進め、決済事業者が設定する加盟店手数料を3.25%以下にすることを参加要件として示しました。このときはお店側としてもキャッシュレス決済を導入し、とにかく利用してもらおうというモチベーションが上がったと思うんです。スマホ決済事業者の中にはユーザー獲得のために、手数料を期間限定でゼロにするキャンペーンを実施する企業も出てきました。

ただ、その事業が終わり、大規模なキャンペーンを打っていた決済事業者でもゼロにしていた加盟店手数料を引き上げる動きが出てきています。このタイミングでキャッシュレス対応を終了するお店もあると聞きます。キャッシュレスを継続的に発展させるためには、料率の話だけではなく、キャッシュレス対応によって得られた業務改善効果などを共有していくような活動も重要になるのではないでしょうか。

福田:手数料に見合うベネフィットが得られるのであれば誰も文句は言いません。ただ、ずっと現金でやってきたがゆえに、システムを利用すると費用がかかるということに抵抗感のあるお店も当然あります。でも例えば、モバイルオーダーを導入したことで従業員が1人減ってもお店を運営できるようになるとします。その人件費の削減効果や、キャッシュレス導入による売上の増加といった効果も考えられるといいですよね。経産省でもキャッシュレス決済でどれだけお店に利益があったのかというコスト構造分析を進めています。

登坂:以前、完全キャッシュレスにしたスーパーでヒアリングをしたときに、従業員の方が一番楽になったのはレジ締めだと言っていました。「私間違ったかも…」という罪悪感を抱えながら1円玉や10円玉が落ちていないか探すことがなくなり、レジを任されることへの精神的なハードルが下がったそうです。コスト換算は難しいとは思いますけど、管理コストのみならず、従業員のストレス軽減などの効果もお店の方にもっと実感していただけるといいですね。

福田:水道で考えてみると、昔は井戸から水を汲んできて使っていましたよね。井戸から汲んだ水というのは無料だったわけです。でも今は水道料金がかかっても、普通に水道を使っています。やっぱり水を汲むのは面倒ですから、その分のサービス料として水道代を払う。でも、水道料金を払っているということをすごく意識しているかというとそうではない。それくらいまで、加盟店手数料への抵抗感を減らすことが大切だと思います。

現状だと、お店はキャッシュレス決済と現金の両方に対応しなければいけないので、逆に手間が増えてしまっています。ちょっとでも現金の取り扱いがあれば両替しなければいけない。レジも、お金を入れるキャッシュドロアを買わなくてはいけない。どちらかに全部寄せられるのが一番楽ですよね。だから、最終的には「完全キャッシュレス」の世界を目指すことが必要なんです。

例えば、都内の駅の改札には切符を使える改札機がほとんどないのに誰も文句を言いません。駅を利用する人の多くがSuicaやPASMOなどのキャッシュレス決済を利用しているからです。これくらいまで普及すると対応する手間やコストも相当抑えられると思います。

登坂:確かにそうですね。あとは利用者側の観点ですと、ここ数年の大規模なキャッシュバックキャンペーンは、利用のきっかけや大きな買い物をするような消費行動の契機となったとは思います。でも、それがずっと続くわけではないですよね。そういった観点でも、社会にキャッシュレスが根付く環境が整うのは、まだまだこれからなのかなと思っています。

福田:ポイントがもらえるからキャッシュレス決済を利用することを“利得性”と、我々は言っていますが、ポイントを付与するためにはその原資がどこかにあるわけです。決済事業者さんの収入の大半は加盟店手数料ですから、結局そこに跳ね返ってくる。ポイントが貯まるからキャッシュレス決済を利用しましょうというのは、とてもサステナブルとは言い難い状況です。

実は決済そのものは、ただお金を右から左に動かすだけなので正直大した作業をしているわけではありません。そこはすべての事業者がやっている協調領域なので、企業による差異は出しようがない。協調領域となるインフラはみんなで利用してそれがどんどん良いものになっていけば、各社それぞれで投資をしなくてよくなります。そうすると、本来差異を出すべき競争領域の部分にもっと力を注ぐことができるようになります。

登坂:協調領域であるインフラは、画一的なシステムを提供することで社会コストを下げて、より本業のビジネスのところで独自性を発揮していただくほうが社会としても望ましいですよね。NTTデータも決済インフラの提供には強みを持つ企業ですので、できることは色々あると思います。決済という一点だけでなく、周辺にある社会ニーズにも目を広げていけると面白いと考えています。

ちなみに、共通的な仕組みと言えば、福田さんはキャッシュレスに関わらず、さまざまなサービスのビジネスや技術の共通的なルール・枠組みを作る、いわゆる標準化の策定に携わってこられたご経験があると伺っています。標準化は新しいものを普及させる上でやはり重要なポイントとなるのでしょうか。

福田:そうですね。ただ、標準を作ることは簡単ですが、どうやって実行するのかが重要で、色々なステークホルダーの協力体制がないとうまくいかないと思います。しかも、どのくらい将来へのビジョンを持って標準化するかまでしっかりと考えてやらないと、小手先の対応で終わってしまいます。「来年はバージョン2でまた違う標準ができます」という風になってしまったら何のための標準化なのか分かりません。

登坂:キャッシュレス化に関してはQRコード決済が出始めた2018年頃にサービスの提供を開始している事業者とこれからサービスを出そうとしている事業者が混在する中で標準化の検討に取り組まれていましたが。すでにサービスがスタートしている領域で標準化を進めることに難しさはありましたか。

福田:QRコードに限らず、サービスが一般の方に認識される段階まで来ていると難易度は上がります。これから普及させる、出始めの段階でスタートすることが大切ですね。言ってみればタケノコ探しです。芽を出しているとすでに遅いけど、あまり地面深くにあってもダメ。全然使われないようなサービスの仕様を決めても意味がないですから。

キャッシュレスの文脈でこれから標準化を考えるのであれば、生体認証といった次の決済について進めていく必要があると思います。利得性による利用はかなり広がっているので、今後は利便性を高めていく領域での標準化が求められるようになるかもしれません。

3.目指すのは“誰もキャッシュレス決済と言わない”世界

福田:政府は将来的にキャッシュレス決済での支払比率を80%まで持ち上げたいと言っています。80%というと完全キャッシュレスのお店が半分、残りが現金も使えるお店というイメージです。その段階まで到達すると、ユーザーは支払うことをあまり意識しないようになると思います。

電車はその最たる例だと思います。昔はみんな駅に貼ってある料金表を見て、目的の駅まで160円と金額を確認して切符を買っていましたよね。でも、今は料金なんて意識しないでタッチするだけになっています。なぜかというと、みんな160円の切符を買いたくて駅に行っているわけではなくて、目的地に行きたいがために切符を買っているからです。支払うという行為自体には生産性がないので、なくなるのであればその方がいいんです。

登坂:今はSuicaなどの電子マネーを当たり前に使っていますけど、私が大学生くらいの頃にサービスがスタートした当初は「何だこの厚みのあるカードは?」と驚いたことを覚えています。色々なところにタッチして通れるということが驚きでした。今の若い人達からすると当たり前すぎてどこが驚きなの?という感じだと思いますけど、確かに支払を意識しなくなりました。

福田:支払というのは日常的なことです。だから、劇的に変わるというよりも、じわじわと入って来るので変わってきていることに気がつかない。ふと考えてみると、今の生活と5年前、10年前の生活と比べると確実に便利になっています。それが一般化するということだと思います。

キャッシュレス推進協議会は、誰もキャッシュレス決済と言わなくなることを最終目標としています。わざわざキャッシュレス決済が便利ですよ、なんて雑誌やテレビで特集を組まなくてもいい世界が理想です。

登坂:私はもう6年くらいお財布を持たない生活を続けています。最低限の紙幣と小銭だけは一応持っていますけど、クレジットカードもスマホに取り込んでいるので、ATMでお金を下ろすこと自体がほぼなくなりました。

福田:すでに都心では試験サービスが始まっていますが、「Amazon Go」のように欲しいものを手に取ってお店の外に出るだけで、支払が完了しているということが2030年くらいには日本中で当たり前になっているのではないかと思います。そうなるとお店にはお会計という業務がなくなり、サービスをより良くするといった本来の業務に集中できるようになります。

その一方で、消費者も意識を変えなくてはいけません。キャッシュレス決済は無尽蔵に使える魔法のツールではないので、現金とは違うお金の見方、管理の仕方というものが今後必要になってくると思います。

登坂:キャッシュレスの負の側面として、使い過ぎがクローズアップされ、そのためにキャッシュレス決済の利用に二の足を踏んでいる方もまだまだいると思います。ただ、すでに一部ではありますが、お金を自動で管理してくれたり、貯蓄してくれたりするようなサービスが始まっています。こういうサービスがもっと増えるとデジタルに恐怖心があるような人でも、利用してみようかなと感じてもらえるかもしれませんね。

これまでは使うところに多くの事業者の目が向いていました。でも、自分のライフスタイルに合わせたお金の使い方を提案してくれたり、気がついたら自動で貯金ができていたりするような世界観をもっとアピールできるようになると、本当にキャッシュレスという言葉自体がなくなっていくのかなという気がします。

私自身はデジタルで管理することはメリットが高いと思っているので、そこをユーザーのみなさんに感じ取ってもらい、民間企業が安心安全なキャッシュレスの世界観を後押しできるようになるといいなと感じています。

福田:そうですね。あとは、日本のキャッシュレスの未来を語る上では、やはり少子高齢化がポイントになると思います。日本ではすでにさまざまな取り組みが進められていますが、ドローンで山の上の方に住んでいる人に物を運んだり、リモート医療で農村部でも高度な医療が受けられたりする時代が確実にやってきます。

そのときにどうやってお金を支払うのかという問題に必ず直面します。月に1回医療費の支払いのために街まで降りていくのでしょうか。あるいはドローンに現金を預けるというわけにはいかないですよね。便利な世界を実現しようとすると、ベースとしてキャッシュレスがますます必要になってくることは間違いありません。

登坂:そういった意味でも、官民一体となって社会のキャッシュレス化、ひいては社会の生産性向上に対しての活動を推進されているキャッシュレス推進協議会の役割がますます重要になっていきそうですね。

協議会には流通業界や金融業界、一見するとキャッシュレスと関係がなさそうな業界の方まで、幅広く参加されています。そのような多様性があるからこそ、色々な観点で新しいキャッシュレスの姿を描くことができるのだと感じています。福田さんにはぜひ、キャッシュレスという言葉が世の中からなくなるまで日本を牽引していただきたいですね。本日はお忙しいところありがとうございました。



〈プロフィール〉

福田 好郎/ Yoshio Fukuda
一般社団法人 キャッシュレス推進協議会 事務局長 常務理事
慶應義塾大学卒業後、国家公務員、野村総合研究所を経て、NTT データ経営研究所入社。決済領域やオープン API 等金融分野を担当するコンサルタントとして活躍。産官学が連携して、我が国のキャッシュレス普及促進を目指すキャッシュレス推進協議会の設立時(2018年7月)より現職。年間プロジェクトの運営管理とファシリテーションを担う。

登坂 千尋 / Chihiro Noborisaka
NTTデータ 金融事業推進部
Relationship Builder
NTTデータ入社後、2018年よりNTTデータ経営研究所へ出向。主に、金融機関のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進支援や、デジタル技術を活用した新規事業・サービスの企画支援に従事する。キャッシュレス推進協議会「キャッシュレス・ロードマップ2019」策定に関与。2021年より現職。「キャッシュレス・決済」を専門とし、情報発信を通じてさまざまなリレーションを構築するNTTデータの専門人財:Relationship Builderを務める。

※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
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執筆 オクトノット編集部

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