1.イノベーションへの挑戦
――材料化学の領域で革新的な研究開発に挑む慶應義塾大学教授の今井さんと、NTTデータでIOWN(アイオン)構想をリードし、情報通信システムの変革に挑む吉田英嗣さんという、今まさにイノベーションを起こしているお2人に、持続可能なイノベーションについて語っていただきたいと思います。
最初に今井さんの研究内容について伺いたいのですが、今井さんは貝殻や卵殻の構造を紐解き、新しい素材を作る研究をされていると聞いています。具体的にはどのような研究なのでしょうか?
今井:基本的にはバイオミネラルの研究になります。と言っても、バイオミネラルという言葉自体知らない方がほとんどだとは思いますが、貝殻や卵の殻、人間でいえば歯や骨など、生物が自ら作り出す無機材料をバイオミネラルと呼びます。そのバイオミネラルの本質を調べることで、新素材を開発しようというのが、私の研究です。
吉田:バイオミネラルというと工学部というよりも、生物学のイメージがありますが…。
今井:おっしゃるとおりです。一般的には生物学の研究対象になります。もともと私の専門とする研究分野は、セラミックスや新素材でした。一方で、子どもの頃から昆虫や魚などの生物に非常に興味があり、生き物への興味と自分の研究分野を上手く組み合わせることができないかと考えたところ、バイオミネラルに辿り着きました。これまでは生物学で行われていた研究テーマを自分の軸に据え、材料の観点で研究を進めています。
――世の中には様々な素材がある中で、どうしてバイオミネラルを軸にした新素材を開発しようとしているのでしょうか?
今井:そこは今回のテーマである持続可能性と深い関係があります。例えば、我々の生活は鉄やコンクリート、プラスチックという素材があって成り立っています。もし鉄がなくなってしまったら鉄筋コンクリートが使えないわけですから、世界中のビルはほぼすべて消えてなくなるわけです。現代社会において、鉄はそれくらい重要な素材です。
でも、持続可能性という面で考えると、そこにはすごく反省点があります。製鉄というのは簡単に言うと、地中にある鉄鉱石などの酸化鉄に熱を加え、酸素を取って還元する作業です。そのためには高温が必要になる。高温を出すためには燃料を燃やさないといけないわけですから、CO2を大量に排出しますし、石炭や石油といった資源も大量に消費します。そういった意味で製鉄というのは、環境破壊と密接に繋がっています。しかも、鉄は物質としては不安定な状態で、元来は熱を加える前の酸化鉄が安定した状態なんです。ですからいずれは錆びて、壊れていくという運命を背負っている。結局いつか作り直さなくていけない。その繰り返しなので、エネルギー消費というのは永遠に止まらない。
ということは長期的視野に立って考えてみると、今の文明を支えているマテリアルには持続可能性がありませんよね。ここ数百年レベルでは発展したけれども、これから先、千年、二千年と今のままでいけるのかというと非常に難しい。その点、生物は人間の文明よりもずっと長い期間、数千万年、数億年という単位でものづくりをしてきています。つまり、バイオミネラルを参考にすることは、これから先数千年にわたって持続可能な素材を作る上で大きなヒントになると考えています。
最初に今井さんの研究内容について伺いたいのですが、今井さんは貝殻や卵殻の構造を紐解き、新しい素材を作る研究をされていると聞いています。具体的にはどのような研究なのでしょうか?
今井:基本的にはバイオミネラルの研究になります。と言っても、バイオミネラルという言葉自体知らない方がほとんどだとは思いますが、貝殻や卵の殻、人間でいえば歯や骨など、生物が自ら作り出す無機材料をバイオミネラルと呼びます。そのバイオミネラルの本質を調べることで、新素材を開発しようというのが、私の研究です。
吉田:バイオミネラルというと工学部というよりも、生物学のイメージがありますが…。
今井:おっしゃるとおりです。一般的には生物学の研究対象になります。もともと私の専門とする研究分野は、セラミックスや新素材でした。一方で、子どもの頃から昆虫や魚などの生物に非常に興味があり、生き物への興味と自分の研究分野を上手く組み合わせることができないかと考えたところ、バイオミネラルに辿り着きました。これまでは生物学で行われていた研究テーマを自分の軸に据え、材料の観点で研究を進めています。
――世の中には様々な素材がある中で、どうしてバイオミネラルを軸にした新素材を開発しようとしているのでしょうか?
今井:そこは今回のテーマである持続可能性と深い関係があります。例えば、我々の生活は鉄やコンクリート、プラスチックという素材があって成り立っています。もし鉄がなくなってしまったら鉄筋コンクリートが使えないわけですから、世界中のビルはほぼすべて消えてなくなるわけです。現代社会において、鉄はそれくらい重要な素材です。
でも、持続可能性という面で考えると、そこにはすごく反省点があります。製鉄というのは簡単に言うと、地中にある鉄鉱石などの酸化鉄に熱を加え、酸素を取って還元する作業です。そのためには高温が必要になる。高温を出すためには燃料を燃やさないといけないわけですから、CO2を大量に排出しますし、石炭や石油といった資源も大量に消費します。そういった意味で製鉄というのは、環境破壊と密接に繋がっています。しかも、鉄は物質としては不安定な状態で、元来は熱を加える前の酸化鉄が安定した状態なんです。ですからいずれは錆びて、壊れていくという運命を背負っている。結局いつか作り直さなくていけない。その繰り返しなので、エネルギー消費というのは永遠に止まらない。
ということは長期的視野に立って考えてみると、今の文明を支えているマテリアルには持続可能性がありませんよね。ここ数百年レベルでは発展したけれども、これから先、千年、二千年と今のままでいけるのかというと非常に難しい。その点、生物は人間の文明よりもずっと長い期間、数千万年、数億年という単位でものづくりをしてきています。つまり、バイオミネラルを参考にすることは、これから先数千年にわたって持続可能な素材を作る上で大きなヒントになると考えています。
吉田:私は昨年までアメリカにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボに客員研究員として赴任していました。そこで出会ったネリ・オックスマンという先生がまさに同じようなことをおっしゃっていました。彼女は、自然に還るようなプラスチックを自然原料(有機物)から作れないかという研究をされています。今井さんが目指す方向と近い印象を持ちました。
その研究のために、メディアラボには科学者だけでなく、デザイナーやアーティストの人達など様々な分野の人が集まっています。ある1つの社会課題を解決するためには、複数の領域のものを組み合わせていくことがイノベーションにつながると言っていましたね。
今井:多様なものを交流して混ぜ合わせ融合することはイノベーションの1つの方向性だと思います。ただ、どう混ぜ合わせるかといったところに難しさがありますよね。バイオミネラルの研究も百年以上の歴史がありますし、材料的なアプローチというのもこれまでなかったわけではありません。でも、大きな発展に至った例は少ない。ただ混ぜ合わせれば新しいものが生まれるかというと、そう単純ではないという感じはしています。
吉田: 日本で有名なものとしてクモの糸を真似た素材がありますが、あれは今井さんの目指す方向性とは同じものですか?
今井:あれもバイオミメティクスではありますが、クモの糸をそのまま人工合成して、素材化したものです。私自身の研究はバイオミネラルをそのまま素材として使うのではなく、バイオミネラルの本質は何かを問うものです。バイオミネラルにおける合成、ものづくりの本質は何かを知りたいと考えています。自然界にあるものの形状や動きを真似ることが悪いというのではないけれど、マテリアルにおける本質は何かということをしっかり理解しつつ応用していこうというのが、私のポリシーです。
その研究のために、メディアラボには科学者だけでなく、デザイナーやアーティストの人達など様々な分野の人が集まっています。ある1つの社会課題を解決するためには、複数の領域のものを組み合わせていくことがイノベーションにつながると言っていましたね。
今井:多様なものを交流して混ぜ合わせ融合することはイノベーションの1つの方向性だと思います。ただ、どう混ぜ合わせるかといったところに難しさがありますよね。バイオミネラルの研究も百年以上の歴史がありますし、材料的なアプローチというのもこれまでなかったわけではありません。でも、大きな発展に至った例は少ない。ただ混ぜ合わせれば新しいものが生まれるかというと、そう単純ではないという感じはしています。
吉田: 日本で有名なものとしてクモの糸を真似た素材がありますが、あれは今井さんの目指す方向性とは同じものですか?
今井:あれもバイオミメティクスではありますが、クモの糸をそのまま人工合成して、素材化したものです。私自身の研究はバイオミネラルをそのまま素材として使うのではなく、バイオミネラルの本質は何かを問うものです。バイオミネラルにおける合成、ものづくりの本質は何かを知りたいと考えています。自然界にあるものの形状や動きを真似ることが悪いというのではないけれど、マテリアルにおける本質は何かということをしっかり理解しつつ応用していこうというのが、私のポリシーです。
2.イノベーションを起こすために必要なもの
――吉田さんが現在研究を進めているIOWN(アイオン)は情報通信システムを大きく進化させるイノベーションだとお聞きしています。それはどういうものですか?
吉田: NTTが進めている次世代インフラ構想で、Innovative Optical and Wireless Networkを略してIOWNと呼んでいます。ICTインフラの大部分をエレクトロニクス(電子技術)からフォトニクス(光技術)へ変えていくという、NTTが提唱しているチャレンジングなR&D構想になります。
現在でもインターネット回線に光ファイバーが使われていますが、中継装置やサーバ、パソコンやスマートフォンなどのデバイスは電子技術で動いています。そのため、光信号と電気信号を変換する必要があります。IOWNは、光電融合技術によって、ネットワーク回線だけではなく、中継装置、端末、チップの中に至るまでそのすべてに光技術を導入、End-to-Endでの情報伝達を全て光化します。そうなると、情報を伝達する速度が速くなり、大容量のデータを遅延なく送ることができます。さらに消費電力が100分の1以下になると言われています。性能は格段に上がるのに、エネルギー消費は大きく抑えることができる。世界を変える日本発のイノベーションになることを目指して、研究を進めています。
今井:それはすごい。今回のテーマである持続可能性のあるインフラになるということですね。
吉田:そうなんです。これまではコンピュータの性能を上げるためには、電力消費も増やす必要がありました。最近話題のAIの研究開発でも高性能なAIを作ろうとするとその学習時に相当の電力が必要になってきています。その電力は発電所で石油や石炭を燃やしてCO2を排出しながら作っているわけです。これまでのテクノロジーは何かを達成するためには何かを犠牲にしなければならないというトレードオフの関係で進化していきました。それをIOWNは変えることができます。
ここまで壮大なスケールになるとNTTグループだけでは進められません。IOWNグローバルフォーラムという場を作り、インテルさんやソニーさん、トヨタさんなど、現在60社ほどの企業に参画いただいて、一緒にIOWNの世界を作るべく、活動を行っています。
――かつては日本からも世界にインパクトを与えるイノベーションがたくさん生まれていました。ところが最近は欧米に比べ、その数が非常に少ないという印象があります。その理由について、メディアラボでのご経験から何か感じるところはありますか。
吉田:メディアラボは産業界からの寄付がないと成り立たない研究所で、半分くらいの研究は産学連携をやっています。このような連携もイノベーションを促す要素となっているかもしれませんね。最近は日本の大学も産学連携に力を入れていると聞いています。今井さんは、そういう動きはイノベーションが生まれる場としてどう考えられていますか?
今井:世の中の動きとして産学連携を進める流れになっていて、それ自体はいいと思いますし、私自身も色々な産学連携をやっています。ただすごく噛み合っている産学連携がある一方で、掛け声だけのものもたくさんあると感じています。コンソーシアムを作りました。さあ、やりましょうとなっても、思ったほどは進まない。
成功させるには、もう少しメンバー間でのインタラクションを上手くやっていかないと難しいのではないかと感じています。日本人はそれが下手なのかもしれません。海外の大学の研究室に行くこともありますが、海外では一緒にやろうと動き出したら、インタラクションが自然と生まれています。
吉田:そういった企業や大学間での連携においては、日本では、集まって会議をしていても、上の人が言っているから何となくインタラクションをしておきましょう、というムードもあるような気がします。それは文化的な問題なのか、経験値が足りないからなのか…。本来、会議はコラボレーションのきっかけの場であって、その後はあらゆる場を使って個別にインタラクションを重ねて進めていくべきなのに、日本の場合は会議の中だけでコラボレーションしたことにしようとするから、難しくなっているのかなと感じます。
吉田: NTTが進めている次世代インフラ構想で、Innovative Optical and Wireless Networkを略してIOWNと呼んでいます。ICTインフラの大部分をエレクトロニクス(電子技術)からフォトニクス(光技術)へ変えていくという、NTTが提唱しているチャレンジングなR&D構想になります。
現在でもインターネット回線に光ファイバーが使われていますが、中継装置やサーバ、パソコンやスマートフォンなどのデバイスは電子技術で動いています。そのため、光信号と電気信号を変換する必要があります。IOWNは、光電融合技術によって、ネットワーク回線だけではなく、中継装置、端末、チップの中に至るまでそのすべてに光技術を導入、End-to-Endでの情報伝達を全て光化します。そうなると、情報を伝達する速度が速くなり、大容量のデータを遅延なく送ることができます。さらに消費電力が100分の1以下になると言われています。性能は格段に上がるのに、エネルギー消費は大きく抑えることができる。世界を変える日本発のイノベーションになることを目指して、研究を進めています。
今井:それはすごい。今回のテーマである持続可能性のあるインフラになるということですね。
吉田:そうなんです。これまではコンピュータの性能を上げるためには、電力消費も増やす必要がありました。最近話題のAIの研究開発でも高性能なAIを作ろうとするとその学習時に相当の電力が必要になってきています。その電力は発電所で石油や石炭を燃やしてCO2を排出しながら作っているわけです。これまでのテクノロジーは何かを達成するためには何かを犠牲にしなければならないというトレードオフの関係で進化していきました。それをIOWNは変えることができます。
ここまで壮大なスケールになるとNTTグループだけでは進められません。IOWNグローバルフォーラムという場を作り、インテルさんやソニーさん、トヨタさんなど、現在60社ほどの企業に参画いただいて、一緒にIOWNの世界を作るべく、活動を行っています。
――かつては日本からも世界にインパクトを与えるイノベーションがたくさん生まれていました。ところが最近は欧米に比べ、その数が非常に少ないという印象があります。その理由について、メディアラボでのご経験から何か感じるところはありますか。
吉田:メディアラボは産業界からの寄付がないと成り立たない研究所で、半分くらいの研究は産学連携をやっています。このような連携もイノベーションを促す要素となっているかもしれませんね。最近は日本の大学も産学連携に力を入れていると聞いています。今井さんは、そういう動きはイノベーションが生まれる場としてどう考えられていますか?
今井:世の中の動きとして産学連携を進める流れになっていて、それ自体はいいと思いますし、私自身も色々な産学連携をやっています。ただすごく噛み合っている産学連携がある一方で、掛け声だけのものもたくさんあると感じています。コンソーシアムを作りました。さあ、やりましょうとなっても、思ったほどは進まない。
成功させるには、もう少しメンバー間でのインタラクションを上手くやっていかないと難しいのではないかと感じています。日本人はそれが下手なのかもしれません。海外の大学の研究室に行くこともありますが、海外では一緒にやろうと動き出したら、インタラクションが自然と生まれています。
吉田:そういった企業や大学間での連携においては、日本では、集まって会議をしていても、上の人が言っているから何となくインタラクションをしておきましょう、というムードもあるような気がします。それは文化的な問題なのか、経験値が足りないからなのか…。本来、会議はコラボレーションのきっかけの場であって、その後はあらゆる場を使って個別にインタラクションを重ねて進めていくべきなのに、日本の場合は会議の中だけでコラボレーションしたことにしようとするから、難しくなっているのかなと感じます。
吉田:ある領域の研究のコンソーシアムを作るとき、日本ではその分野の専門性の高い人だけを集めてしまう。ここにもう1つの問題があると思います。メディアラボでは、例えばAIの研究をしようとなった場合、コンピューターサイエンスの専門家だけではなく、デザイナーや倫理学の研究者など、さまざまな専門領域を持っている人達が集まってきます。そうすると、自然と色々な視点が生まれる。イノベーションを起こすためには、新しい視点がとても重要だと思うんです。今井さんは普段どんなことを心がけていますか?
今井:研究=イノベーションということになりますので、それを考える上で大事なことは、まず自分自身の軸、自分独自の研究をする軸をしっかりと持つことです。私の場合はそれがバイオミネラルになります。そして、新しい視点を得るためには、その軸を持ちながら、当たり前であること、常識であることを疑ってみる。例えば、材料の分野なら、鉄があって当たり前ということを疑ってみる。自分の軸を持って常識を疑う、ということがイノベーションにおける重要なポイントだと思います。
吉田:本当にその通りですね。一方で、専門としてやっていればこそ、常識を疑うことが難しくなる場面もあるのではないかと思います。そうしたときには、ダイバーシティが突破口になるかもしれません。別の領域の専門分野の人達が入ることで、新たな視点が生まれる。
日本は、日本人だけで集まって議論するから上手くいかない面もあるのかもしれません。MITメディアラボでは、感覚的ですが、純粋なアメリカ人は3割くらいで、アジアやヨーロッパなど色々な地域の人が集まることも多かったです。常識や文化が違いますから、思いもよらない意見が出てくる。
私自身、メディアラボで研究を進める過程で、そういった意見によって方向性を大きく変えたことがあり、多様性の重要性を痛感しました。イノベーションを起こすには常識を疑う問いをかけてくれる人をどれだけ持っているかも大切だと思います。
今井:多様性そのものについて深く考えてみることも必要かもしれませんね。色々な人を集めてくるだけではなく、どう橋かけをしてお互いのコラボレーションを生み出すのかといったところまで考えることも重要でしょう。
吉田:メディアラボでは金曜日にティータイムがあるんです。研究グループが持ち回りでほかの研究グループから人を招いてティーパーティーをホストするのですが、その場から新しい研究課題が生まれることが多々あります。ただ集まってお茶飲むだけですけど、そういう単純な活動が実はとても有効なのかなと。
今井:そうですね。海外の研究室にお邪魔すると、今吉田さんが言ったようなパーティーが頻繁に行われています。そこでは、学生同士、教授同士が自由に交流している。日本にはそういった文化がないのか、弱いのか、非常に保守的で、研究者が自分の学問領域から外に出ようとしない印象があります。
吉田:アメリカでは飲み会のようなものがあまりないと言われていますけど、実は結構あるんです。でも、日本のように同じ組織の人と行くわけではなく、外部の人と一緒に行くことが多い。普段から自分の専門外の世界にアンテナを張ることをすごく大切にしている。これが日本と海外の大きな違いで、日本発のイノベーションをなかなか起こせない一因にもなっているのかもしれませんね。
今井:研究=イノベーションということになりますので、それを考える上で大事なことは、まず自分自身の軸、自分独自の研究をする軸をしっかりと持つことです。私の場合はそれがバイオミネラルになります。そして、新しい視点を得るためには、その軸を持ちながら、当たり前であること、常識であることを疑ってみる。例えば、材料の分野なら、鉄があって当たり前ということを疑ってみる。自分の軸を持って常識を疑う、ということがイノベーションにおける重要なポイントだと思います。
吉田:本当にその通りですね。一方で、専門としてやっていればこそ、常識を疑うことが難しくなる場面もあるのではないかと思います。そうしたときには、ダイバーシティが突破口になるかもしれません。別の領域の専門分野の人達が入ることで、新たな視点が生まれる。
日本は、日本人だけで集まって議論するから上手くいかない面もあるのかもしれません。MITメディアラボでは、感覚的ですが、純粋なアメリカ人は3割くらいで、アジアやヨーロッパなど色々な地域の人が集まることも多かったです。常識や文化が違いますから、思いもよらない意見が出てくる。
私自身、メディアラボで研究を進める過程で、そういった意見によって方向性を大きく変えたことがあり、多様性の重要性を痛感しました。イノベーションを起こすには常識を疑う問いをかけてくれる人をどれだけ持っているかも大切だと思います。
今井:多様性そのものについて深く考えてみることも必要かもしれませんね。色々な人を集めてくるだけではなく、どう橋かけをしてお互いのコラボレーションを生み出すのかといったところまで考えることも重要でしょう。
吉田:メディアラボでは金曜日にティータイムがあるんです。研究グループが持ち回りでほかの研究グループから人を招いてティーパーティーをホストするのですが、その場から新しい研究課題が生まれることが多々あります。ただ集まってお茶飲むだけですけど、そういう単純な活動が実はとても有効なのかなと。
今井:そうですね。海外の研究室にお邪魔すると、今吉田さんが言ったようなパーティーが頻繁に行われています。そこでは、学生同士、教授同士が自由に交流している。日本にはそういった文化がないのか、弱いのか、非常に保守的で、研究者が自分の学問領域から外に出ようとしない印象があります。
吉田:アメリカでは飲み会のようなものがあまりないと言われていますけど、実は結構あるんです。でも、日本のように同じ組織の人と行くわけではなく、外部の人と一緒に行くことが多い。普段から自分の専門外の世界にアンテナを張ることをすごく大切にしている。これが日本と海外の大きな違いで、日本発のイノベーションをなかなか起こせない一因にもなっているのかもしれませんね。
3.サステナベーションを目指して
――お2人は持続可能なイノベーションとはどういうものだと考えていますか?
今井:ここまでイノベーションと持続可能性の話をしてきましたが、もともとこの2つは相反する言葉ですよね。イノベーションとは破壊して創造して変えていくことであり、持続可能とはずっと同じ状態が続くことです。本当の意味で持続可能な世界が実現すると、イノベーションはいらなくなります。
我々を取り囲んでいる自然環境は少なくともこの数千年単位では安定しており、自然界はイノベーションをしていません。まさに持続可能性を実現しているシステムだと言えます。人間も完全に持続可能になるまでは成長を続ける必要がありますが、究極的にはどこかで脱成長になるタイミングが訪れるはずです。
もちろん、純粋な自然環境のように安定化した世界でも競争は絶対にあります。例えば、森としては安定しているけれども、一本一本の木は競争している。競争に負けた木は枯れ、勝った木は数百年生き続けます。ですから、脱成長の世界でも、個人や企業の競争はなくならないでしょう。その競争の中においてイノベーションが必要なことがあるかもしれません。また、生物が変化に呼応して進化してきたように、変化に対する知識の蓄積や研究開発は必要だと思います。
吉田:知識や研究の蓄積によって変化に対応するという意味では、昨今の新型コロナウィルスの流行も1つの例ですね。人類の研究が進化を続けてきたからこそ、これだけ短期間でワクチンを開発することができたと考えることができます。
これからは、いい塩梅のイノベーションが必要なのだと思います。地球自体が安定した進化の段階にあるとするのであれば、同じように人間も安定した進化を続けるようなイノベーションを生み出していくことが今後重要になっていく。経済合理性だけを目指したイノベーションをどんどん生み出すということでなく、安定した変化を生み出すイノベーションを、企業だけでなく、地球上の全員が考えていかないといけないと思います。
今井:そうですね。いつかは石炭を掘り尽くすかもしれないし、石油もなくなるかもしれない。人の文明に必要な資源やマテリアルはまだ持続可能まで辿りついていない。そこにはイノベーションは必要でしょう。
今井:ここまでイノベーションと持続可能性の話をしてきましたが、もともとこの2つは相反する言葉ですよね。イノベーションとは破壊して創造して変えていくことであり、持続可能とはずっと同じ状態が続くことです。本当の意味で持続可能な世界が実現すると、イノベーションはいらなくなります。
我々を取り囲んでいる自然環境は少なくともこの数千年単位では安定しており、自然界はイノベーションをしていません。まさに持続可能性を実現しているシステムだと言えます。人間も完全に持続可能になるまでは成長を続ける必要がありますが、究極的にはどこかで脱成長になるタイミングが訪れるはずです。
もちろん、純粋な自然環境のように安定化した世界でも競争は絶対にあります。例えば、森としては安定しているけれども、一本一本の木は競争している。競争に負けた木は枯れ、勝った木は数百年生き続けます。ですから、脱成長の世界でも、個人や企業の競争はなくならないでしょう。その競争の中においてイノベーションが必要なことがあるかもしれません。また、生物が変化に呼応して進化してきたように、変化に対する知識の蓄積や研究開発は必要だと思います。
吉田:知識や研究の蓄積によって変化に対応するという意味では、昨今の新型コロナウィルスの流行も1つの例ですね。人類の研究が進化を続けてきたからこそ、これだけ短期間でワクチンを開発することができたと考えることができます。
これからは、いい塩梅のイノベーションが必要なのだと思います。地球自体が安定した進化の段階にあるとするのであれば、同じように人間も安定した進化を続けるようなイノベーションを生み出していくことが今後重要になっていく。経済合理性だけを目指したイノベーションをどんどん生み出すということでなく、安定した変化を生み出すイノベーションを、企業だけでなく、地球上の全員が考えていかないといけないと思います。
今井:そうですね。いつかは石炭を掘り尽くすかもしれないし、石油もなくなるかもしれない。人の文明に必要な資源やマテリアルはまだ持続可能まで辿りついていない。そこにはイノベーションは必要でしょう。
吉田:イノベーションと持続可能性には相反する意味があるわけですが、私はその両立を目指していきたいと考えています。持続可能な環境や社会の実現に向けて、安定的でよりよい進化、イノベーションを起こしていく。NTTデータではこれを“サステナベーション(※)”と呼んでいます。
IT基盤は電力を大量に消費するという犠牲の上で進化してきましたが、IOWN構想ではIT基盤の進化を止めることなく電力量を下げることを目指しています。まさにサステナベーションに貢献するプロジェクトです。ネットワークのみならず、活用されるアプリケーションについても、経済合理性の追求だけではなく、社会課題を解決するためのサービスを実現したいと思っています。
(※)「サステナベーション(Sustainnovation®)」は株式会社NTTデータの登録商標です。「サステナビリティ(Sustainability)」と「イノベーション(Innovation)」を組み合わせた、サステナビリティを実現するためのイノベーションという意味です。
https://www.nttdata.com/jp/ja/about-us/publication/2020/061001/
今井:電気のシグナルを送るには、金属が必要です。だから回路は銅や金でできています。IOWNが実現すれば回路にも金属を使用する必要がなくなりますよね。少ない電力で高速度の情報処理や通信ができるようになるだけでなく、素材についても今までよりエネルギーを使わずに作れるようになる可能性を秘めていますね。
吉田:なるほど、確かにそうですね。やはり専門領域が違う方とお話することが大切だとあらためて感じました。今井さんには、研究を通じて目指していることは何かありますか。
今井:バイオミネラルの本質を探っていく過程で、バイオミネラルは数百マイクロメートルくらいの極々小さなナノブロックが集まってできていることが分かりました。つまり、貝殻や歯や骨も、肉眼では見えないような小さなブロックが自発的に集まってできています。この機能を応用して、自発的に集まって必要なものを作り、ダメージを受けたら自分で修復し、いらなくなったときには壊れて、最終的に原料に戻る。まさに持続可能な社会における、持続可能な素材を実現できたら面白いと思います。
必要がなくなったら自然に還ることが持続可能性の面では非常に重要で、プラスチックが問題となっているように、多くの素材はいらなくなっても残ってしまいます。分解性のプラスチックも環境に負荷を与えないわけではありません。そういった中で1億年以上もの間、リサイクルを続けている生物から学ぶものはまだまだたくさんあると感じています。
吉田:それが実現できたら世の中が大きく変わりますね。今日の話し合いでたくさんの新しいヒントをいただきました。本当にありがとうございました。
IT基盤は電力を大量に消費するという犠牲の上で進化してきましたが、IOWN構想ではIT基盤の進化を止めることなく電力量を下げることを目指しています。まさにサステナベーションに貢献するプロジェクトです。ネットワークのみならず、活用されるアプリケーションについても、経済合理性の追求だけではなく、社会課題を解決するためのサービスを実現したいと思っています。
(※)「サステナベーション(Sustainnovation®)」は株式会社NTTデータの登録商標です。「サステナビリティ(Sustainability)」と「イノベーション(Innovation)」を組み合わせた、サステナビリティを実現するためのイノベーションという意味です。
https://www.nttdata.com/jp/ja/about-us/publication/2020/061001/
今井:電気のシグナルを送るには、金属が必要です。だから回路は銅や金でできています。IOWNが実現すれば回路にも金属を使用する必要がなくなりますよね。少ない電力で高速度の情報処理や通信ができるようになるだけでなく、素材についても今までよりエネルギーを使わずに作れるようになる可能性を秘めていますね。
吉田:なるほど、確かにそうですね。やはり専門領域が違う方とお話することが大切だとあらためて感じました。今井さんには、研究を通じて目指していることは何かありますか。
今井:バイオミネラルの本質を探っていく過程で、バイオミネラルは数百マイクロメートルくらいの極々小さなナノブロックが集まってできていることが分かりました。つまり、貝殻や歯や骨も、肉眼では見えないような小さなブロックが自発的に集まってできています。この機能を応用して、自発的に集まって必要なものを作り、ダメージを受けたら自分で修復し、いらなくなったときには壊れて、最終的に原料に戻る。まさに持続可能な社会における、持続可能な素材を実現できたら面白いと思います。
必要がなくなったら自然に還ることが持続可能性の面では非常に重要で、プラスチックが問題となっているように、多くの素材はいらなくなっても残ってしまいます。分解性のプラスチックも環境に負荷を与えないわけではありません。そういった中で1億年以上もの間、リサイクルを続けている生物から学ぶものはまだまだたくさんあると感じています。
吉田:それが実現できたら世の中が大きく変わりますね。今日の話し合いでたくさんの新しいヒントをいただきました。本当にありがとうございました。
〈プロフィール〉
今井 宏明 / Hiroaki Imai
慶應義塾大学 理工学部教授
1983年、慶應大学工学部卒業。日本酸素株式会社に入社後、1999年より慶應義塾大学理工学部助手、専任講師・助教授を経て2007年より現職。貝殻や卵殻などのバイオミネラルに学びながら、環境に負荷をかけない軽量高強度材料・マグネシウム二次電池・二酸化炭素還元光触媒・人工骨などのエネルギー・環境・生体に密接に関連した機能材料を、常温・常圧に近い温和な条件で化学的に合成する手法を研究し、ナノからマクロスケールで構造および機能がトータルにデザインされた、21世紀型材料の創造を目指す。
慶應義塾大学 理工学部教授
1983年、慶應大学工学部卒業。日本酸素株式会社に入社後、1999年より慶應義塾大学理工学部助手、専任講師・助教授を経て2007年より現職。貝殻や卵殻などのバイオミネラルに学びながら、環境に負荷をかけない軽量高強度材料・マグネシウム二次電池・二酸化炭素還元光触媒・人工骨などのエネルギー・環境・生体に密接に関連した機能材料を、常温・常圧に近い温和な条件で化学的に合成する手法を研究し、ナノからマクロスケールで構造および機能がトータルにデザインされた、21世紀型材料の創造を目指す。
吉田 英嗣 / Eiji Yoshida
NTTデータ 技術革新統括本部 技術開発本部
デジタル社会基盤技術センタ長兼 IOWN推進室長
1998年、NTTデータ入社(技術開発本部)。ネットワーク技術、分散コンピューティング、ソフトウェア工学など幅広いR&D活動に従事。2017年米国MIT メディアラボに客員研究員として赴任し、先進研究機関との研究連携およびボストンエリアのスタートアップ連携のためのイニシアチブ”Boston Exponential Hub” を立ち上げ、ディレクタとして活動。2021年から技術開発本部デジタル社会基盤技術センタ長、技術革新統括本部IOWN推進室長(兼務)に就任する。
NTTデータ 技術革新統括本部 技術開発本部
デジタル社会基盤技術センタ長兼 IOWN推進室長
1998年、NTTデータ入社(技術開発本部)。ネットワーク技術、分散コンピューティング、ソフトウェア工学など幅広いR&D活動に従事。2017年米国MIT メディアラボに客員研究員として赴任し、先進研究機関との研究連携およびボストンエリアのスタートアップ連携のためのイニシアチブ”Boston Exponential Hub” を立ち上げ、ディレクタとして活動。2021年から技術開発本部デジタル社会基盤技術センタ長、技術革新統括本部IOWN推進室長(兼務)に就任する。
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。