実用化に向けて動き出すブロックチェーン技術
一方で、ブロックチェーン技術そのものに着目すれば、通貨にとどまらず、あらゆる領域で実用化に向けた検討が進められています。例えば、複数の商社や金融機関が合同で立ち上げたトレードワルツ(※1)による貿易エコシステムの構築や、JCBとLayerXによるサプライチェーンをまたがった商流情報の活用(※2)など、数々の実践的な取り組みが各所で立ち上がっています。
今後、ブロックチェーン技術の実用化はますます加速し、近い将来には、私たちの生活を支える当たり前の技術として定着するのでしょうか。中村さんは「数々の実証実験が重ねられる中で、社会実装に向けた課題や実装のカギとなるポイントが見えてきた」と言います。
(※1)トレードワルツ:
https://www.tradewaltz.com/
(※2)LayerXとJCBの共同研究:
https://layerx.co.jp/news/pr201222/
カギを握る「透明性」と「秘匿性」の両立
ブロックチェーン技術は、本来的に透明性が高いという特徴を持っています。記録を分散保持して、正しさを参加者全員で検証しあうことによって、改竄を極めて困難なものにしています。例えば、ビットコインは暗号技術により匿名性が高いイメージがありますが、ひとたび、ビットコインのアドレスと利用者が紐づいてしまうと、専門家なら容易に取引を辿ることができてしまいます。「言うなれば、丸はだかで決済取引をしているようなもの」と、中村さんは言います。
実務への応用を考えると、この透明性がネックになるそうです。多数のステークホルダー間で情報を共有して、同じデータでリコンサイル(取引明細や残高の照合)をできるようにするという活用方法を例にとって考えてみるといかがでしょうか。みんなに共有するということは、裏を返せば、各参加者が隠しておきたい情報も共有されてしまうことを意味します。
中村さんによると、アイデアを思いついて実証実験を行い、仕組みが動いたことを確認していざ実装を、と考えた時に「この情報は本当に共有して良いのか?」「良くないとすると、そもそもブロックチェーンを使う意味があるのか?」といった議論が起こり、検討が頓挫してしまうプロジェクトも世の中には少なくないそうです。とりわけ、金融領域においては、多くのプレイヤーが競合他社に知られたくない営業情報を持っているため、これが社会実装において障壁になるケースが多いことが見えてきた、と言います。
確かに送金相手や送金額は分からなくなるのですが、実際の金融システムへの応用はそれほど簡単ではないためです。中村さんは、次の二つのポイントを挙げます。
(1)AML/CFT(マネーローンダリング/テロ資金供与対策)
年々、国際的にレギュレーションが厳格化されており、不正や犯罪抑止の観点から、資金の流れを第三者がきちんとモニタリングすることが求められているが、完全に匿名化してしまうとこれが難しくなる。
(2)データの利活用
企業の商用データを繋ぎ合わせてファイナンスに活用することや、地域の企業や生活者のデータを統合して地域経済の分析を行うといった、本来データを使って実現したかったことが、完全な匿名化の中では実現できなくなる。
これらのことから、いかに「透明性」と「秘匿性」を両立して、実際のビジネスロジックを満たせるようにしていくかが、社会実装の肝になってくると言います。
重要なのは「“正しく実行されていること”を検証できること」
また、中村さんは「“プログラムが正しく実行されていること”を保証すること」が重要であると言います。例えば、AML/CFTにおいて、複数の金融機関が不正送金のリストを持ち寄って、同じデータをもとに分析し、送金取引に係るネガチェックを効率化する仕組みがあるとします。それぞれが持ち寄る取引情報には、個人情報や営業上開示したくない情報も含まれるでしょう。
この情報を秘匿化して持ち寄るところまではいいのですが、「他社が持ってきた情報は間違いないのか?」「データ抽出のプログラムが正常に動いているのか?」といったことを確かめることができません。誤った情報で悪意のない取引を止めてしまったら、実務上大きな問題となってしまいます。
そこで、プログラムの正当性やデータの信頼性を保証できることがカギになる、というのです。
LayerX資料
なぜインターネット投票かというと、投票には「透明性」と「匿名性」の両立という、特異な要件が存在するためです。投票には、不正がないことを有権者が確認できる透明性が求められる一方で、憲法によって投票の秘密が保障されています。これまでうまく両立できなかったこれらの要件を満たしてインターネット投票を実現することで、一般の方々に分かりやすいユースケースを示せると、中村さんは考えています。
ちなみに、インターネット投票は、若年層の投票率向上に寄与すると思われがちですが、実は投票所に足を運ぶことが難しい高齢者のニーズも高いとのこと。また、投票所の設置などの運用にかかるコスト低減効果も期待されていると言います。新型コロナウイルスの流行下では、投票に用いる鉛筆を毎回消毒するといった作業も生じていたそうです。先の米大統領選では、不正投票の疑惑が連日報道される事態となりましたが、これも「不正があったかどうかを検証できない」ことによって起こった出来事といえます。
現在でもゼロ票確認という、投票開始前の投票箱に何も入っていないことを確認する制度など、透明性を担保するための仕組みがありますが、中村さんによれば、これと似たように、第三者機関などがプログラムの正当性を検証できるという仕掛けが、インターネット選挙の実現を実現するカギになるそうです。
セキュリティ・プライバシーを「守り」から「攻め」のテーマへ
金融領域では、不正防止や情報保護といったテーマは、利用者に多少の不便はあれども、利用者保護にも繋がるため、いかに厳格にやり切るかが重要視されてきた世界です。利用者側でも、決まりだから仕方ない、と諦めていた面があるのではないでしょうか。こういったネガティブな業務を、新しい価値を生むものに変えられないか、という発想の転換は、別記事で紹介しているパーソナルデータ活用とも共通点があるかもしれません。
最後に、金融業界とブロックチェーン技術の向き合い方についても伺いました。中村さんは、二つの観点に分けて考えるべきだと言います。一つはエンタープライズ向けのブロックチェーン。これは、システムのデザインパターンとして捉えることができ、既存のインフラを覆すというよりも、安価でいいものが作れるというメリットに着目をすべきで、むしろ積極的に取り組めばよいとのこと。
もう一つが、抜本的に金融インフラを変える可能性がある「Defi(分散型金融)」の存在。本稿では詳しく解説しませんが、ブロックチェーン上で動くプログラムにより、既存の金融サービスと近い課題解決を実質的に実現しうるものです。既存の金融サービスと部分的に競合する可能性が高いといわれる一方、規制面やユーザビリティにはまだまだ課題も多く、既存の金融プレイヤーにとって、今後関係性を考えていくべきテーマになりうると言います。
ブロックチェーンは、今後の金融サービスの未来を語る上で、ますます目が離せない領域となりそうです。
株式会社LayerX 執行役員・LayerX Labs 所長 中村龍矢さん
研究開発組織LayerX Labsの所長として、デジタル通貨・決済システム、インターネット投票、スマートシティといった次世代の社会インフラにおけるデータのセキュリティ・プライバシーの課題解決に向け、特に秘匿化技術の開発に注力。技術開発や、民間企業・行政との共同プロジェクトを分野横断的に手掛ける。技術研究は学術論文として国内外の学会にて発表している。
また、パブリックブロックチェーン分野でも活動。Ethereum プロトコルの脆弱性を複数発見し、仕様策定に貢献しており、日本拠点のチームとしては初めてEthereum Foundationのグラントを獲得した。
2020年度IPA未踏IT人材発掘・育成事業に採択。
(株式会社LayerX)https://layerx.co.jp
※本記事の内容には「Octo Knot」独自の見解が含まれており、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。