コロナ禍がもたらしたファンとの距離
(※)NFT:Non-Fungible Tokenの略。資産のコピーが可能であるデジタル空間においても、ブロックチェーンにより唯一無二のデジタルアイテム(品物)を担保することができ、希少性による価値を保つことができる。
NFT商品もこの両軸で展開されており、PLMでは2つのNFTのプロジェクトを手掛けています。1つが単一球団向けのプラットフォーム「PLM COLLECTION」で、これをライオンズさんに使っていただき商品化したのが2021年9月にスタートした「LIONS COLLECTION」です。
そしてもう1つがメルカリさんと提携し、パ・リーグ6球団全体のプラットフォームとして2021年12月にスタートした「パ・リーグ Exciting Moments β」です。
宮本 2つのプラットフォームの仕掛け人がPLMの髙木さん、「LIONS COLLECTION」として商品化して球団でPRを担当したのが服部さんであると伺いました。
服部さん ライオンズの広報担当として球団の事業をPRするミッションを負っていますが、その一環として今回のNFT事業に携わりました。新型コロナウイルスの感染拡大でリアルな球場に足を運んで観戦いただくというプロ野球の姿が変化してきている中、球界全体で新たな事業展開を模索する動きが広がってきています。NFT事業は当球団でも新たな試みとして始めたものになります。
髙木さん NFTプロジェクトの立ち上げから提携先との折衝、開始後のカスタマーサービスまで含め、ゼロからいまに至るまですべてのプロセスを担当してきました。PLMは6球団の共同出資会社ということもあり、私自身は海外への放映権販売・管理といったエージェントとしても活動しています。今回のような事業企画も含め、社内横断的に仕事をしています。
宮本 NFTを活用した商品の発表には正直かなり驚きました。NFTを支えるブロックチェーン技術は改ざんが難しいといった特徴などから金融取引との親和性が高いとされ、私たちも注視しています。しかしNFTとなると国内では実用化の事例はまだまだ少なく、ライオンズさんとPLMさんの取り組みはかなり早かった印象です。なぜNFTに注目されたのでしょうか。
髙木さん 大きく3つあります。1つは2021年に話題になったNBA Top Shot(※)の実績です。海の向こうの話ですが、スポーツリーグとしてNFTで成功を収めたことは我々にとっても大きなインパクトでした。
2つめはファンとのコミュニケーションです。新型コロナウイルスのまん延で球場に入場制限がかかり、ファンとダイレクトに接する機会が大きく減りました。そこを新たな手法を使って解決できないかという観点になります。
3つめは戦略面です。NFTで商品を作ると言っても、試合映像を使う形もあれば、選手やマスコットを単体で使う形もあります。試合映像の場合、他球団の映り込みがあるため1球団で商品設計をするのは困難です。かたや、選手やマスコットを単体で利用する場合、1球団でNFTの仕組みを作るのは大変です。PLMならその両面で各球団を支えられるのではないかと考えました。
でも実は、ライオンズさんも同じことを考えていたんですよね。
(※)NBA Top Shot:アメリカのバスケットボールリーグNBA(National Basketball Association)が提供するデジタルトレーディングカード。100万人を超える利用者がいると言われており、人気選手のカードは数千万円の高値で取引される。
そうした制約がある中でも球団とファンの方々との接点を作る新しいコンテンツをどうにかして作れないかと社内で話していたときに、NBA Top Shot を通じてNFTを知ったんです。PLMさんでもほぼ同じタイミングでNFTを考えていたこともあり、それならばローンチに向けてぜひ一緒にやっていこうということになりました。
「あの瞬間」をもっとリアルに届けたい
髙木さん まず、自分の言葉で語れない、相手に伝えられないというのが第一関門でしたね。ただ、ブロックチェーンの技術的な話まで入り込んでしまうとハイレベルになってしまうので「本当にそこまで語りきる必要があるのか?」ということは、自分の中でもよく考えました。
それで、そこまで語りきる必要はないだろうと。「どんな風に活用できるのか?」「何がファンに喜ばれるのか?」「安心して使ってもらうにはどうしたらいいのか?」そうしたところが、自分が本当に理解すべきことだと考えました。自分がどこまで理解しなければならないかをしっかり切り分けることが、進める上でのポイントになりましたね。
宮本 利用者にどんな価値を届けられるのかをしっかり説明できれば、裏側の技術的な仕組みについては詳しい人に任せる、「餅は餅屋」と整理されたところが新しいことにチャレンジしていく上で突破口となったのですね。実際にプロジェクトが始まってからも苦労はありましたか。
服部さん ライオンズとしては商品の選定ですね。日本のプロ野球球団として初めてという中で、どんな商品が受け入れてもらえるのかはすごく悩んだところです。いきなり「デジタルデータ」と言われてもファンの方々もイメージが湧きませんよね。そこでまずは、メモリアルな希少性の高いグッズなどから始めて、何が受け入れられるのか、とにかく試行錯誤しながらやってきました。
宮本 実際に私も購入しましたが、ヒーローインタビューや松坂大輔投手の最後のスタメンボードなど、他ではなかなか手に入らないような商品が揃っていて面白かったです。プラットフォームの構築に携わられた髙木さんはいかがですか。
髙木さん やはり「NFTって何?」という根本的な部分の共通理解を深めていくところがすごく大変でした。よく言われたのが「デジタルカードと何が違うの?」ということです。初めのうちは私も上手く答えられなかったのですが、突き詰めると「付加価値」なのかなと。例えば唯一無二性とかストーリー性、将来的にはコミュニティ性もあるかもしれません。
記念碑となるようなメモリアルな出来事には必ずストーリー性があります。誰しもその人にとって印象深い「ある時の出来事」はずっと心に残るものです。その瞬間を手元にコレクションする方法としてこれまではカードのような静止画がほとんどでした。でも、デジタルな動画のほうがサヨナラヒットの瞬間や2,000本安打の瞬間をもっとリアリティをもって思い出せるのではないかなと。
それから唯一無二性ですが、NFTなら例えば「あなたが持っているのは30個発行されたうちの何番ですよ」と発行元が本物であることを保証してくれます。デジタルの世界では簡単にコピーできてしまうので、これも付加価値になり得ます。そうした価値を伝えていくところが、プロジェクトを動かし始めてからも大変でしたね。
宮本 唯一無二性はファン目線だと球団から認められたような感覚を得られるという側面もあるのかなと、実際買ってみて感じました。国内のスポーツ業界でもほとんど例のない取り組みということもあり「本当にファンが買ってくれるのか?」といった議論はありませんでしたか。
髙木さん もちろんありました。でも、約20年前にインターネットが登場したときも世間の反応は「これは何だ?」という感じでしたよね。もしかするとNFTもそういうものなのかなと。新しいことをやるのは大変ですけど、大きな機会と捉えてファーストペンギンになるべきだと考えました。PLMの姿勢としても前向きにチャレンジしていくことを大事にしていますので。
服部さん 球団としては、ファンの方に手に取っていただけるようにラインナップの揃え方はかなりしっかり考えました。球団としてマーケティング活動も行っていますが、従来は来場がベースになっており、NFTの商品開発にダイレクトに生かすことには難しさもあります。前例がほとんどないのでリサーチすることも難しく、まずはファンの方がイメージしやすいものからしっかり揃えるところから始めました。
「まさかライオンズが!?」のサプライズ
髙木さん 私たちは時間をかけて100%完璧なものを作るより、例え70%であっても、スピード感を持っていち早くファンの方にお届けすることを大切にしています。そしてご意見をもらいながらトライ&エラーを繰り返し、ファンと一緒にサービスを育てていく。2012年にスタートしたリーグ公式動画配信サービス「パ・リーグTV」もそうやって成長させてきました。
ただ、ファンの方にお届けするにあたって「安心・安全」はすごく意識しています。今回のNFTの商品をご提供するに際しても綿密にリサーチして規約を整備しましたし、技術面で他社さんと提携するときもそこは非常に重視しました。
「スピード感」と「安心・安全」の2軸ですね。何事も波とかタイミングが重要だと思います。「パ・リーグ Exciting Moments β」も「β」ですが、これもそのうち取れますから(笑)。
宮本 素晴らしいですね。「LIONS COLLECTION」にて実際に商品を出して数カ月経ちましたが、手ごたえは感じていますか?
髙木さん 入札商品を落札されたお客様に電話をした際に「本当に嬉しかった、良いクリスマスプレゼントになった」という言葉をいただきまして。そのダイレクトなご反応が本当に嬉しかったですね。PLMは球団の皆さんとは違って直接ファンの方と接することが少ないので、それがとにかく印象深かったです。
服部さん 「LIONS COLLECTION」を発売した後にSNS上で「まさかライオンズがやるとは!」という反応を多く目にしました。全球団の中でライオンズが最初にやるとは思っていなかったのだと思います(笑)。ある意味サプライズというか、お客様の想像していなかった商品・サービスをご提供できたわけです。新しいことに果敢にチャレンジするライオンズの側面をお見せでき「次はどんなサービスが出てくるんだろう?」というワクワク感を生み出せたのもすごく良かったかなと思います。
宮本 オンラインでファンの心を掴むことができたとも言えるわけですが、そうした方を今度はオフラインにつなげていく、いわゆるO2O(Online to Offline)のようなことも構想されているのでしょうか。
髙木さん アフターコロナの未来を考えると広がりのあるテーマだと思います。デジタルから入ったファンの方に、実際に球場に足を運んでいただくきっかけを作るような仕掛けができると思います。例えばNFTを購入した方に来場時にリアルなプレゼントをお渡しするようなイメージですね。逆に球場に来場した方に特別なNFTをお届けすることもできるかもしれません。O2Oを考えた時にも NFTの付加価値は無限にあるなと感じています。
挑戦が次の「ワクワク」を生み出していく
髙木さん 「コミュニティ性」を生み出していくことが1つですね。NFTと「コト体験」を組み合わせて商品を作っていくのも面白いと思います。そこから発展してメタバースと融合するような姿もあるかもしれません。夢は尽きませんね。
服部さん リアルな商品に負けないような存在に育てていきたいですね。「コミュニティ性」というお話がありましたが、リアルのカードと同じようにNFTの商品にもコレクターの方が生まれていき、球団とファンの方、ファンの方同士でのコミュニケーションが広がる、そんな魅力あるコンテンツに成長させていければなと考えています。
2022年はシーズンの初めからチャレンジできますので、さまざまなドラマが生まれていく中で本格化に商品を展開していくつもりです。商品価値をしっかり高め、お客様に楽しんでいただけるコンテンツをお届けしていきたいですね。
宮本 いまからワクワクしますね。
服部さん 一方で、NFTの認知をもっと広げていく必要もあると感じています。2021年末には流行語大賞にノミネートされたり、日経トレンディのトレンド予測で取り上げられたりと、露出は増えてきましたが、中身についてはまだよく知られていないというのが実態だと思います。
ファンの方だけでなく選手も同様です。今年の初め、通算2000安打を達成した栗山巧選手の金継ぎバットを「LIONS COLLECTION」で販売しました。金継ぎ修復の匠とコラボレーションして、折れたバットを世界的にも知られる金継ぎ技術で修復し、それを偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのNFTと紐づけた商品です。球団では商品を作る時には必ず選手本人にも説明をするのですが、説明するのもなかなか難しかったです。
日本におけるマーケットにはまだまだ伸びしろがあると考えていますので、いかにより多くの方に知っていただき、ファンの皆さまの声をコンテンツに落とし込んでいけるか、それがカギになると思っています。ライオンズには日本の野球界で最初に始めたというストロングポイントがありますので、積極的に発信してしっかりと認知を広げていくことも私たちのミッションですね。
髙木さん いまは「NFTって何なんだ?」が世の中の総意だと感じています。切り口を色々変えて親近感を湧かせていくことが認知向上のポイントになるかもしれません。例えばアートとの融合もアリだと思います。書道や漫画といったさまざまな分野とコラボレーションして、そこをきっかけにプロ野球でNFTをやっていることも知ってもらう。そうやってどんどん新しいことをしていけば結果的に母数も増えていくのではないでしょうか。金継ぎバットもそうした挑戦のひとつだと思っています。
「LIONS COLLECTION」で販売された栗山巧選手の金継ぎバット
服部さん ライオンズが日本のプロ野球で初めてNFTに取り組んだことで多くの反響をいただきましたが、ライオンズとしては「デジタル先行」にはそれほどこだわっていません。私たちが重要視しているのはファンの方々の「ニーズ」「満足」であって、デジタル技術はあくまでその手段です。NFTに限らず、ファンの方々に喜んでいただける技術があれば、今後もどんどん取り入れたいと考えています。
髙木さん 今シーズンは新たな試みとして、アーティストとのコラボやコト体験が紐づいたNFTなど新たな切り口を通じて、NFTの価値創造に取り組んでいきたいと考えております。
宮本 私も一ファンとして期待しています。本日はありがとうございました。
記事を読んでいただければお分かりになると思いますが、根底には「ファンのために何ができるか」と「新しいNFTという仕掛けを使うことで面白いもの(喜んでもらえるもの)が届けられるのでは」という2つの熱い想いがあります。奇しくも時を同じくしてパシフィックリーグマーケティングの髙木さんと西武ライオンズの服部さんがその2つの想いを共有したところから物語は始まります。
実際にお話を伺っても、とにかくファンの方々のために、どう感じるのか、何ができるのか、ファン目線に立たれてさまざまなトライ&エラーをされているのが印象的でしたが、この一見当たり前にも見える姿勢は、実はできそうでなかなか難しいことでもあり、身が引き締まる思いでもありました。
もう1つ印象的だったのは、NFTはブロックチェーン技術の活用が前提となるのですが、その技術的な細部まで無理に踏み込まずに、あくまで企画に徹してプランを立て、周囲やパートナーさんと共創しながら餅は餅屋に任せつつ、アジャイル的なアプローチをとり短期間で実現にこぎつけてローンチされたという点です。
新しいことを企画するにあたってはとかく「全てを理解・掌握して完璧なものをつくろう」という思いになりがちですが、そこまで突っ込むにはパワーも時間もかかります。むしろ早くマーケットに出してフィードバックや結果を見ながら徐々にブラッシュアップをしていく、かつ技術などのドツボにはまらないように進めるというのは、どんな企画にも通じうることだと思います。
そのあたりも記事から感じていただけましたら幸いです。
最後に、速報を見て感じた「わくわく感」は取材を通じても増すばかりで直感は間違っていなかったと自負しています(笑)
これからの西武ライオンズさん及びパシフィックリーグマーケティングさんの試みにもぜひご注目ください!
<インタビュアー:宮本 拓也>
服部友一さん
株式会社西武ライオンズ
広報部 リーダー 事業担当
2011年に大学を卒業後、日本テレビ系列の鹿児島読売テレビにアナウンサーとして入社。番組MCなどを務めるかたわら、記者としても社会、政治、スポーツのほか、ロケットなどの科学分野の取材を主に担当。その後事業会社のマーケティング担当やPR会社を経て2019年西武ライオンズに入社。約180億円をかけて2021年に完了した大規模な改修計画のPRの立案・実行を主導。マスコミ業界に従事していた経験を生かし、事業広報として球団イベントやグルメなどの情報のほか、コロナ禍における野球場の安全対策、新規ビジネスや球場のDX化など、多岐にわたり会社事業のPRを担当している。
髙木隆さん
パシフィックリーグマーケティング株式会社
事業開発本部 事業開発部 海外ライツ兼NFT部門ディレクター
米国の大学・大学院卒業後に4年間米国の監査法人で財務監査業務を担当。帰国後、コンサル会社にて企業価値評価業務を担当し、国内外のM&A案件に携わる。その後、渡米前からの夢であったスポーツビジネスに挑戦すべくパシフィックリーグマーケティング株式会社に入社。入社初年度は新規営業に従事し、パートナー企業とコロナ禍においてプロ野球界のデジタル領域で新たなファンエクスペリエンスを具現化する。現在は主に米国や台湾における海外放映権の渉外やNFT事業のディレクターを担当。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。