地域に行けば、そこにある良いことも悪いことも見えてくる
― お二人は今年の夏の企業インターンで、全国各地を回って調査し、その結果を整理されたそうですが、まずはその経緯について教えてください。
村上さん アプリを使って農業協同組合(以下JA)がどんな魅力的なサービスをできるか提案する、というのがインターンの課題でした。杉浦ゼミでは現地に赴いて現場を見て考える、ということをしていまして、私は、東京都練馬区と、秋田県由利本荘市で、そこにあるJA・企業や市役所の方々にインタビューをしてきました。
JAグループは農業のみならず、医療や金融サービスを提供しています。協同組合組織ですから、組合員証でJAバンクや厚生連病院でのサービスが受けられ、当然、データ連携ができているものだと想像していましたが、そういったデータ連携があまり進んでいないことを知り、もっとアプリを使っての連携ができるのではと思いました。
その思いをもって練馬にいったところ、練馬は区役所が中心になって「とれたてねりま」というアプリを使って農園や直売所の情報発信を住民向けにしていました。お話を聞くうちに、農園や直売所と住民とが双方向にやりとりできることが、デジタル時代のアプリには必要だと理解しました。さらには近年スマホで可能になっている決済機能も搭載すれば、JAも利用者の住民も双方が使いやすくなるのでは、と提案しました。
― 同じJAでも農業や銀行といった事業と、厚生連病院とは何の関係もなく運営されているのですか?
杉浦先生 厚生連病院は都道府県ごとの厚生連が経営しているので、共済に入っている人に一応の利用優先権はありますが、病院は当然のことながら都や県、国の認可を受けて運営されており、地域のコアの総合病院として存在し、地域の医療を担わなければいけない、という重い役割を背負っています。
村上さん でも、データ連携ができれば、地域の健康管理サービスの一環になりますよね?
杉浦先生 そう、提案してくれたように、せめて地域とその病院が連携していればいいのですが、自治体の住民サービスやJAの事業とはデータ連携ができていない所が多いのです。医療保険のデータも医療費の支払い程度でしか使われていないはずです。
― 難しい問題ですね。事業や制度の違いや、国や県といった管轄の違いから、バラバラにやらざるを得ないことがデータ連携のハードルになっている、ということでしょうか?
杉浦先生 全部の地域がそういう状態というわけではありません。東海地方の複数の都市では市内を走るバスの終点が必ず病院になるように交通システムができている市もあり、病院に通う患者のIDを一つの軸にして、交通のデータをリンクさせることができているところもあります。
― できている地域とできない地域とでは、何が違うのでしょうか?
杉浦先生 企業城下町的な地域では、同じ企業やグループで働いていて、価値観がそれほど違わない。また、その周辺で住み、働いている人口が多いので、人の移動が極端に変動しない。そういった地域では、データの変動が少ないというのも重要な要素かなと思います。
髙橋さん でも、そもそも工場を誘致しようと思っても、迎え入れる準備が整っていないと来てもらえないじゃないですか。そこでその地域で信頼されている事業主体が、生活基盤となる人の移動を整えることが大事だと考え、私はライドシェア事業を提案しました。
私の郷里の宮崎は、バスの本数も少ないし、ルートも限られていて、バス停までが遠いんです。だから宮崎の人はバスも電車も使わない、使わないからどんどん減っていくという負のループが続いています。
こうした状況では私の祖父も車を使わざるを得ないのですが、もうかなりの高齢です。近所の人がちょっとスーパーに行くときに一緒に乗せてくれればいいな、地域で見守ってくれればいいな、それが発想の出発点になっています。人の移動が発生しなければ、そもそも経済が活性化しないですよね。
杉浦先生 高齢化や過疎化が進んで、日常生活を維持するための移動もままならない状態を、何とかしてある程度の水準にまで戻さなければならない、という、危機的な状況にある地域では、他の地域の成功事例を無理やり持ってきてもうまくいきません。
杉浦ゼミでは地域に直接赴いて、そこにあるものや現地の声を拾い、活かせるものを見つけ、その地域だけでなく近隣を結びつけることで広域連携ができないかを考えるようにしています。
ひとつだけ例を挙げると、愛知県内では以前は県内のどこで何の農作物が作られているか、あまり把握されていませんでしたが、自治体とJAが協力することで、県内物流が活発化し、名古屋の駅前の飲食店などでも、県内の生産者が作った農作物をベースにしたものがだいぶ出されるようになってきました。そしてそれを食べた人が今度は産地に行くという新しい循環、物流も見えてくるようなりました。その結果、従来15%しかなかった愛知県民の愛知県産の農作物の消費が、いまでは30%を超えるようになってきています。
村上さん 練馬のレストランにいったときには、入ってきたばかりのとれたての地元のトマトをいただきました。そのレストランのお得意さんはもちろん地元の人です。だから「とれたてねりま」アプリを通して、もっと賑やかで住み続けたくなる街を作ることできるのではないか?というヒントになったんです。
杉浦先生 愛知でもJAの直売場では、あの農家のレタスやキュウリがが入荷しましたよ~などとアプリやメールでお知らせを流すと、直売所の手前に車の渋滞が発生することもあるみたいですよ。(笑)
村上さん さらに医療やコミュニティセンターとも連携すれば、病院やJAはもっとサービスを提供しやすくなり、地域の住民が最も暮らしやすくなれるのではと考えたんです。
住み続けたくなる街を目指して 統合型アプリの可能性
村上さん 例えば愛知県内のJAでは、直売場や事務所をコミュニティセンターとしての場として生かす試みがあると聞きました。高齢者のためのスマホ・アプリ教室とか、ラジオ体操をして健康寿命を延ばそう!といったいろんな催し物もあるようですね。
そこに週に何回かは厚生連病院の医師に来てもらって健康相談ができるといいな。とか、JAの組合員がきて農業体験ができる仕組みを作れば、地域が再生する場にならないかなって。
杉浦先生 そうだね。都市部でも川崎では市役所の福祉課が主軸になって、住民の情報を交通系ICカードとデータ連携することで、高齢者の施設利用やその傾向の把握にも使われているのは参考になるね。
同様の取り組みとして知られているのが前橋市のMaeMaaSですが、これは今では群馬県のGunMaaSに拡大している先進的な実例です。
同様の取り組みとして知られているのが前橋市のMaeMaaSですが、これは今では群馬県のGunMaaSに拡大している先進的な実例です。
杉浦先生 地域公共団体が関わることはとても重要で、行政サービスと民間サービスが一体化する瞬間を迎えないといけませんが、これらは、まだ始まったばかりとも言えるでしょう。
― そこには個人情報の提供という大きなハードルがあるのではないでしょうか?
杉浦先生 提供する個人情報の対価として、返ってくるサービスが不明確だと、誰も個人情報を出したがりません。情報を提供するのは、提供すればそれだけ生活が豊かになるからです。お得感があれば、人は情報を提供しますよね。
村上さんが関心を持つ保険がよい例です。個人の医療保険なら疾病履歴、法人なら事故の発生率などのデータを提供により、リスクに応じて保険料が下がったり、より良いサービスを受けられたりする可能性もありますよね。
― 愛知や川崎の話を聞くと、村上さんと高橋さんが提案してくれた統合型サービスの可能性は高いように思われます。
杉浦先生 職住が一致しているケースも多い川崎では東京よりも川崎地域の情報が欲しくなってくる。どこでどんなイベントをやっているのか、コンサートやスポーツの情報が欲しい。地域でやっていることに対して住民が関心を持っておられるようですね。住民の積極的な関心の高さは重要なポイントのひとつです。
進んだ金融技術にできること
― そんな市民生活のすべてが一つのアプリやカードに集約されるとどうなるでしょうか?保険会社の話がでましたが、では金融業はデータ連携の主体になれるのでしょうか?
杉浦先生 例えば保険会社に個人や法人のデータが豊富に入ってくることは間違いありません。先に少し述べたようにデータがあればリスクが計算できるので、そのデータを保険関係だけでなく融資や手数料計算、その他の事にも活用できるはずですし、データの中身を分析して地域の企業との連携を深めるマーケティング系にも使えそうです。
― でも保険会社や銀行が、地域のス-パーアプリをやるのは、ちょっと飛躍があるように思います。
杉浦先生 提案されたコミュニティセンターでイベントを行えば、必ずサービスとその対価の支払いが生じ、決済や現金管理の手間が生じます。そこで現金を使わない、すなわちキャッシュレスは効率化として必ず必要になるはずです。
村上さん また、アプリでポイントを貯めてそれで支払えるようにすれば、より活性化につながると思って提案しましたが、前払い式のポイントでは法律上の壁があるという指摘もありましたね。
― 前払い式のポイントと銀行口座を銀行法にのっとって相互に出し入れできる銀行なら可能です。みずほ銀行がやっているJ-Coinという良い実例がありますし、JAなら農林中央金庫という預金の取り扱いができる金融機関がありますね。
髙橋さん オクトノットで紹介されていたように、ライドシェアも料金払いを金融機関が支えてくれれば、実現しやすくなると思います。
― Uberはドライバーの評判や交通需要のデータを豊富に持っていますが、銀行免許を持っているわけではない。そこでメキシコや米国では、銀行がBaaSで決済機能を提供しています。
髙橋さん Uber Moneyのようなリアルタイム決済は、ドライバーになれる人を増やすことができて、すごくよいのではないかと思いました。現地のインタビューでも、農閑期にはドライバーをやりたい、と言ってくれたJAの組合員さんもいましたから。
― 自治体という地域の中核となる個人データ、JAの持つ地域の特色あるモノやサービスのデータ、交通機関やライドシェアといった人の移動のデータ。こうした通常は異なる行政や事業者が保有しているデータを連携させることによって、地域に特有の課題を解決できる新しいサービスが生まれた実例やアイディアには無限の可能性を感じます。
キャッシュレスやEmbedded Financeといった進んだ金融技術は、決済や貸し出しといった、地域内の経済活動に欠かせない機能を加えるだけでなく、より連携しやすくなる、いわば「つなげる」役割を果たせるのだと思いました。
キャッシュレスやEmbedded Financeといった進んだ金融技術は、決済や貸し出しといった、地域内の経済活動に欠かせない機能を加えるだけでなく、より連携しやすくなる、いわば「つなげる」役割を果たせるのだと思いました。
杉浦先生 地域にある良いものは、市町村の区画や業種業態の違いから、実は案外知られていないものも多いのです。知らないから他から買う、だから県外にお金が出ていく。そういうことに気が付いて、早く地域内連携を進めていかなければなりません。紹介した地域も含めそれが始まってる場所もでてきています。
高橋さんや村上さんが提案してくれたような、地域住民生活データが集約されるようなあたらしいつながりのある統合型のカードやアプリがでてくれば、それは新しいスーパーアプリといってもいい、可能性があると思います。
【対談者プロフィール】
村上 心彩(むらかみ こいろ)さん
髙橋 菜摘(たかはし なつみ)さん
中央大学法学部杉浦金融法ゼミに所属。大学入学を機に宮崎県から上京。高校時代はボランティア部に所属し、週に2回、児童養護施設で活動。施設で行われるイベントの手伝いや子どもたちの宿題・勉強のサポート、絵本の読み聞かせなどを行い、子どもたちの成長を支える活動に取り組んだ。子どもたちとのふれあいを通じて、支援の意義や責任感を学んだ。
大学では、宮崎県首都圏学生ボランティアに参加し、地元宮崎の食文化や観光資源を幅広い層に紹介する活動を続けている。特産品の紹介ブースの運営や来場者対応を担当し、老若男女問わず個々の関心に応じた説明を心がけ、円滑な対話力や状況に応じた柔軟な対応力を培うことができた。今後挑戦したいことは、ゴルフとサーフィン。
大学では、宮崎県首都圏学生ボランティアに参加し、地元宮崎の食文化や観光資源を幅広い層に紹介する活動を続けている。特産品の紹介ブースの運営や来場者対応を担当し、老若男女問わず個々の関心に応じた説明を心がけ、円滑な対話力や状況に応じた柔軟な対応力を培うことができた。今後挑戦したいことは、ゴルフとサーフィン。
杉浦 宣彦(すぎうら のぶひこ) 先生
中央大学大学院戦略経営研究科 教授
中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))。香港上海銀行、金融庁金融研究センター研究官、JPモルガン証券シニアリーガルアドバイザーを経て、現職。金融法、IT法、コーポレートガバナンス論が主要な研究分野だが、積極的にビジネスの現場にも関わり、大日本印刷株式会社の社外取締役を務める。農業分野でもJAグループの自己改革会議に関する有識者会議座長等を歴任。また、金融庁・消費者庁「多重債務問題及び消費者向け金融等に関する懇談会」構成員並びに金融審議会資金決済制度等に関するワーキング・グループ委員。
中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))。香港上海銀行、金融庁金融研究センター研究官、JPモルガン証券シニアリーガルアドバイザーを経て、現職。金融法、IT法、コーポレートガバナンス論が主要な研究分野だが、積極的にビジネスの現場にも関わり、大日本印刷株式会社の社外取締役を務める。農業分野でもJAグループの自己改革会議に関する有識者会議座長等を歴任。また、金融庁・消費者庁「多重債務問題及び消費者向け金融等に関する懇談会」構成員並びに金融審議会資金決済制度等に関するワーキング・グループ委員。
これまで「心彩」という名前の通りたくさんの方々から彩りを与えてもらってきたが、今は持ち前のバイタリティーをベースに更なる経験・知識を得て、それを武器にして、周りに彩りを与えるような、社会貢献ができる人になることを目指している。