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挑戦者と語る

大企業の新規事業を成功に導く秘訣とは? マネジメントに求められる新規事業との向き合い方

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企業を取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、「新規事業開発」「イノベーション創出」への関心がより一層高まっています。新規事業と言うとベンチャー企業のイメージが先行しがちですが、実際には既存事業を抱える大企業も取り組んでおり、そのスタイルは多種多様です。しかしながら、ベンチャー企業に比べると大企業の新規事業開発が体系だって語られることは多くありません。既存事業があるがゆえの難しさを抱える大企業において新規事業を成功に導くためにどうすればよいのか。

『イノベーションの再現性を高める新規事業開発マネジメントーー不確実性をコントロールする戦略・組織・実行』の著者であり、これまでに約3,000社・約15,000件の新規事業に携わってきたRelicホールディングス CEO北嶋貴朗さんと、金融×デジタルの領域で新規事業創発に携わるNTTデータ 山本英生さんが、新規事業マネジメントをテーマに語り合います。

1.成功しない企業内新規事業

山本さん 現在私はNTTデータの金融領域におけるデジタル戦略を推進する部門の責任者として、「金融×デジタル」をキーワードにした新規事業開発を、ミッションの1つとして手がけています。環境変化の中で金融領域でもイノベーションが強く求められていますが、金融業界は伝統的な大企業が多く、既存事業が存在する中で新規事業開発に苦戦している企業も少なくないと認識しています。

北嶋さんが執筆された『イノベーションの再現性を高める新規事業開発マネジメントーー不確実性をコントロールする戦略・組織・実行』(以下『新規事業開発マネジメント』)のように、大企業とマネジメントにフォーカスして新規事業を捉えた書籍は少なく、大変参考になりました。北嶋さん自身も数々の新規事業に携わってこられたのですよね。

北嶋さん 大学卒業後に入社したベンチャー企業で新規事業担当にアサインされたことをきっかけに、新規事業開発に深く関わるようになりました。その後も新規事業開発専門のコンサルティング会社やDeNAでさまざまな新規事業にチャレンジし、2015年にRelicを創業して以降は、新規事業開発の支援に携わってきました。

最近では、スタートアップ企業への出資、ジョイントベンチャー(※1)の立ち上げ、レベニューシェア(※2)モデルで共同事業を立ち上げなど、さまざまなアプローチで事業を共創しています。色々な企業と協業する中で、企業によって最適な新規事業開発の手法・方法に違いがあることを体感し、それらを体系化できれば日本企業のさらなる活性化につながるのではないかと考えるようになりました。それが書籍を執筆した背景でもあります。

※1 ジョイントベンチャーとは、複数の企業・組織が共同出資して新しい会社を立ち上げること。
※2 支払い枠が固定されている委託契約ではなく、成功報酬型の契約形態のこと。発注側と受注側がリスクを共有しながら、相互の協力で生み出した利益を、あらかじめ決めておいた配分率で分け合う。


山本さん 長きにわたって新規事業開発に携わってこられた北嶋さんのノウハウが詰まった一冊ということですね。書籍の中でも説明されていますが、日本の場合、新規事業開発というとスタートアップのイメージが強く、大企業の新規事業開発についてはあまり上手くいっていないというイメージを持っている人もいると思います。

北嶋さん もちろん成功/失敗の判断は案件にもよりますが、スタートアップ企業の手法を真似すれば成功できると安易に考えているケースが多いと感じます。スタートアップ企業は、基本的にゼロベースでスタートするため、顧客とマーケットへフォーカスしやすく小回りがきく上に、意志決定も比較的スピーディーにできることが多いです。一方で、大企業などにおいてはすでに会社の屋台骨を支えている中核事業があることも多いですよね。

既存事業を進めることや成長させていくこともとても重要ですし、既存事業との兼ね合いやアセットの有効活用など、色々な制約や条件を意識する必要があります。組織構造の問題もありますよね。意思決定プロセスの中で特定の意思決定権者が承諾しないと進められないケースも多く、そのような組織ではスタートアップ企業のようなスピーディーな事業開発は難しいです。したがって、一概にスタートアップ企業の手法をベンチマークにするのは適切ではありません。

山本さん まさにおっしゃるとおりですね。大企業では「誰に意思決定権があるのか」を把握するのが肝ですし、実際に、その人の了解がないと進まないというケースがよくあります。根回しが重要ということですね。そこが日本企業のダメな原因と言われることもありますが、一方で、そのおかげで既存事業が成功したとも言えます。

新規事業開発に当たっては、担当者がそれらを考慮したうえで、どうやりきるかが大きな課題だと思いますが、逆にその課題を解決すれば、資金調達の面では優位な状況で新規事業開発に取り組めるメリットもあります。スタートアップ企業よりも有利な面もあるにもかかわらず、上手く環境を利用できずに、新規事業開発の成功が難しいという構造になってしまっている気がします。

北嶋さん 大企業は動き出してから軌道に乗るまでに時間がかかる傾向がありますが、そこを乗り越えると遠心力が働き、ベンチャー企業やスタートアップ企業とは比較にならない成長や規模感を実現できる可能性があります。この特長を生かして、長い目で見て大企業が勝てる領域に参入するとか、そういった事業創出が必要にもかかわらず、スタートアップ企業と同じ領域、同じ土俵で戦おうとしている事例が本当によくあります。これではなかなか上手くいきません。

山本さん 新規事業開発を考えるに当たっては、自社のアセット(経営資源)をしっかりと考慮・整理する必要がありますよね。一口に新規事業と言ってもさまざまなスタイルがあります。例えばNTTデータにおいても、既存インフラに新サービスをプラスするような事業であれば十分に勝ち目がある一方で、新しいインフラをゼロベースで創出していく事業の場合は、スタートアップ企業と競争する際に難しい面もあると思います。組織としての強みやケイパビリティをどのように活用するかを考える必要がありますよね。

北嶋さん 既存事業の領域から滲み出していくような新規事業というのは、実は着実に利益を上げている企業も多く、比較的成功確率が高いと言えます。そもそも大企業の会社組織は既存の事業体に最適化されていることが多いので、基本的にはゼロベースで何かを創出することには向いていません。無理にゼロベースにこだわらず、その分野に強いスタートアップ企業との協業や、M&Aなどの選択肢もあると思います。

他方で、すべてを外部に依存するのは危険です。協業先企業はその大企業のために事業を行っているわけでありませんから、協業先のビジョンとの整合性や、協業先に同等以上のメリットやインセンティブがある設計にするなどの配慮も必要です。また、相手任せにせずに、あくまでも構想や実行を主導するのは自社であって、協業は不足するリソースやアセットを補完するためのものという考え方が大切です。成功の青写真がないまま手を組んでも、決して上手くはいきません。

※撮影時のみマスクを外しています

2.企業内新規事業を成功に導くために

北嶋さん 新規事業開発というのは約1,000の事例のうち3つしか成功しないと言われていることから“センミツ”という言葉があるくらい、成功率は低いものです。新規事業開発に取り組むうえでの大前提として、「多産多死」の概念が必要です。もちろん、取り組む人は必ず成功させるという姿勢や気概が必要ですが、マネジメント側としては、失敗は当然起きるものとして考慮する必要があります。

他方で一般的な会社組織や文化は、確実性の高い既存事業に最適化されていて、失敗を前提とした多産多死に最適化されていないケースが多いです。いきなり組織を大きく変革することが難しいのであれば、最低限、新規事業開発の担当部署については、既存組織の枠組みや論理から外して考えられるようにすることが重要であり、そうしないとスピード感や柔軟性のある活動ができないと思います。

山本さん ミドル・マネジメントの役割も重要ですよね。NTTデータのようなIT企業に例えるなら、社員をシステム開発に携わらせた場合、一人当たりの年間売上高がどのくらいか、ある程度算出できます。その売上機会を手放す代わりに新規事業を担当させるならば結果を出してもらわないと困るという見方も当然あります。でも、その損得を組織が抱えるプロジェクト全体で捉えて、個々の失敗/成功で評価され過ぎないようにしていく、これもミドル・マネジメントの仕事の1つだと思います。

多産多死には、ダメだったら次の案件、という時間軸で捉える視点だけでなく、面で捉える視点もあると思います。例えば10程度の事業ポートフォリオを同時に保持し、リターンが大きくて成功率が低い案件、リターンが小さくて成功率が高い案件を並行して進める。こうすることで、ある程度の成果を上げながら多産多死を実現できます。既存事業を持つ企業では有効ではないでしょうか。

北嶋さん そのような基本的な取り組みができていない会社も多い印象です。すべての事業でいわゆる勝者総取り方式のプラットフォームビジネスに参入して全滅したり、逆にローリスクなビジネスばかりを狙ってしまい、目標としている規模感に遠く及ばないこともあったりします。これは結局のところ、戦略的に新規事業開発を行っている会社が少ないということだと思います。

そもそも新規事業開発といっても、会社の存在意義や目指す方向性・パーパスに沿っていなければ意味がありません。パーパスを踏まえたうえで、挑戦する事業領域、達成する目標やタイムラインなどの全体のストーリーを固め、社内で共有・浸透させることが大切で、これを私は「インキュベーション戦略」と呼んでいます。これが上手くできずに、適切な投資が行えていなかったり、経営陣と現場の間に意識の乖離が生まれてしまい、上手く進まなかったり、逆に上手く行く可能性があるものを潰してしまっているというケースも多いです。

※撮影時のみマスクを外しています

北嶋さん 新規事業開発には、良い市場や領域に、良い構想をリードする優秀な人材が、運良く適切なタイミングで参入することで、結果として成功するケースもありますが、大半のケースにおいて、これはあくまでも偶発的なものです。再現性を持って新規事業開発を成功させることができる会社になるためには、一貫性がとても大切で、そのためには先程申し上げたビジョンやパーパスに基づいたインキュベーション戦略や投資する原資に加え、「組織・人材・プロセス」などが揃っている必要があります。

山本さん 再現性の重要性はおっしゃるとおりですね。一方でプロセスについては難しさも感じています。例えばIT企業では大規模システム開発においてプロセスを決めてスタートすることが一般的ですが、それゆえ、いったん動き出すと思考停止してプロセスどおりに進めることを最優先にしてしまう傾向があるように思います。プロセスについては、どの程度の粒度で決めるのがよいのでしょうか?

北嶋さん 新規事業開発のプロセスをガチガチに決めすぎて柔軟性を失ってしまっては本末転倒です。というのも、最初に設定した仮説やKPIが適切ではなかったと進めていく中で判明するケースもよくあって、その場合は途中で再設計するなどの調整が必要になります。このように変更を前提に柔軟に対応することが求められるため、細部まで決め過ぎたり、臨機応変に変更ができない粒度まで決める必要はありませんが、現場とマネジメントの両者が、共通認識や一定の「型」を持つという意味で大枠のプロセスはやはり必要です。

その共通認識がない状態で進めていくと、事業の方針転換や中止が責任者の主観だけで決まってしまいます。そうなると、組織としての経験が蓄積されないため、次につながりません。成功や失敗にかかわらず、要因を遡って振り返る仕組みを整えておくことで、再現性を積み上げていくことができるようになります。そのためのプロセスと考えてください。

山本さん 失敗という意味では、何をもって失敗とするかも難しいですよね。例えば、数年前にVRが話題となったときに、金融機関向けの講演会でVRの用途などについて説明したときは、驚くほど反応がありませんでした。

しかしながら現在は、メタバースの時代が来ると言われ、VRへの関心も急激に高まっています。事業にとってはタイミングもすごく大切で、上手くいかなかったからといってすべて捨ててしまうのではなく、1度ストックした上で次のチャンスを待つのも必要かなと思います。

北嶋さん 事業は早すぎても遅すぎてもダメで、まさに今というタイミングがあります。スタートアップ企業は、時価総額を第一の指標として資金調達を続けることができれば、比較的長い間継続することができるので、事業の適切なタイミングを線で捉えられます。いつか芽が出るかもと我慢していたら、本当にチャンスが来たときには今まで先行して溜めていた部分が活きて、大きく花開くこともあります。

一方で大企業ではすぐに売上や利益などの結果を求めすぎるために、長い間継続するのが難しく、すぐに撤退したり、事業を売却してしまうケースも多い。おっしゃるとおり、新規事業開発の成功率を向上するためには、失敗と判断しても1度ストックしておくという柔軟な姿勢もすごく重要です。

※撮影時のみマスクを外しています

3.企業内新規事業がイノベーション大国・日本を再興させる

北嶋さん GAFAMに代表されるソフトウェアの時代では、日本は完敗だったと思いますが、WEB3.0やグリーンイノベーションの時代が来ていると言われるように、また別のルールにおける次の勝負の時代を迎えようとしています。日本の企業にとっては、新規事業開発でさまざまなイノベーションを起こし、世界における日本のプレゼンスを再び向上させていく好機だと思っています。

山本さん 本当にそうですね。私は金融の世界に長くいますが、日本の金融は世界的に見てもクオリティが高いだけではなく、まだまだイノベーションを起こす余地があると思っています。これからの時代は、金融業そのものがメインというよりは、インフラのように人々の生活の根幹を支える存在となっていくはずです。私自身も、これまで培ってきたノウハウ・経験を活かして、金融から新しいトレンドを生み出していくために何ができるかを、日々考えているところです。

北嶋さん イノベーションや新規事業開発をより一層進めていくためには、やはり人材が必要です。一般的な企業で働いている会社員ですと、新規事業開発に携わった経験がない方の方が多いと思います。でも、事業開発における経験というのはすごく大切で、私自身、経験が少なかった若い頃と、現在では成功の確率が全然違うと感じます。

最初は成功率が1%や2%だった人が、経験を積むことで成功率を20%や30%までを引き上げることも可能だと思います。もちろん、そのためには新規事業を長い期間続けたり、多くの打席に立ち続けることも大切ですし、企業における制度を整える必要もあります。挑戦自体が奨励され、上司や先輩も含めて周りの人が当たり前のようにチャレンジできるような会社が増えていってほしいですね。そういった環境づくりにおいてもマネジメントが発揮できる役割が多分にあると思っています。

山本さん 先ほど、スタートアップ企業では資金調達さえできれば長く事業継続できるとのお話がありましたが、それでもとても大きなリスクを背負っていると思います。それと比べると、既存リソースを活用できる企業内新規事業開発は、圧倒的にリスクが少ないと言えます。そのような点を踏まえると、チャンスがあればぜひ挑戦するべきだと思いますね。

※撮影時のみマスクを外しています

北嶋さん 以前、リアルな小売店舗を経営する企業さんと協業でECサイトを立ち上げたことがありました。その企業の方々はAmazonなどのオンライン通販事業者に市場をどんどん奪われていくなかで、対抗したいという想いやアイデアはあるにもかかわらず、自分たちにはできないと苦しんでいるような状態でした。

でも実際に蓋を開けてみると、彼らはベンチャーやスタートアップ企業から見ると喉から手が出るほど欲しくなるような良質な商品や流通網を持っていることが分かった。当然結果も付いてきて、立ち上げから数年で大きな売上を達成することができました。きっと今も、自分たちが気づいていないだけで、日本にはそのようなポテンシャルを持つ会社がたくさんあると思っていて、すごくもったいないと感じています。

山本さん 「やる/やらない」の2択だけではなくてもよいと思いますね。普段から色々とアイデアを考えて普段から準備をしておくだけでも、いざチャンスが舞い込んだときに、一歩前に踏み出せるはずですよね。

北嶋さん 本当にそう思います。今は日本の企業も生き残っていくために挑戦せざるを得ない環境になってきています。マネジメントがリードして企業内に新規事業成功の再現性を高める仕組みを作っていくことと合わせて、社員自身も「やりたい」だけで止まらずに、何か内に秘めたものがあるなら絶対挑戦するべきですし、挑戦する方法を模索してほしいと思います。それが日本をイノベーション大国へ復興させる道だと信じています。
〈プロフィール〉

北嶋 貴朗 / Takaaki Kitajima
株式会社Relicホールディングス 代表取締役CEO

慶應義塾大学商学部卒業後、新規事業開発や組織変革を専門とする経営コンサルティングファームを経て、ITメガベンチャーのDeNAに入社。新規事業開発や、事業戦略・事業企画、オープンイノベーションの責任者を歴任。2015年に株式会社Relicを創業し、これまでに約3,000社・15,000の新規事業開発を支援するなど、業界トップクラスのシェアと実績を積み上げる一方で、ITスタートアップとして「Throttle」や「ENjiNE」などの国内シェアNo.1プロダクトの複数立ち上げやスタートアップ投資なども手掛ける。2021年9月に株式会社Relicホールディングスを設立して持株会社体制へと移行し、現職。2022年1月には国内最大のクラウドファンディング事業者であるCAMPFIREとのジョイント・ベンチャーである「CAMPFIRE ENjiNE」を設立するなど勢力的に事業を拡大・展開。
(株式会社Relicホールディングス)https://relic.co.jp/

山本 英生 / Hideo Yamamoto
NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部長

慶應義塾大学商学部卒業後、NTTデータ通信(現NTTデータ)入社。システム開発を経験した後、金融領域のITグランドデザイン策定や、量子コンピュータ、AI、RPA、データマネジメントなどの先進技術領域のコンサルティングや情報発信に従事。データ活用による金融サービスの高度化を指す「センシングファイナンス™」を提唱し、日本経済新聞社と金融庁が共催する「FIN/SUM」をはじめ、セミナー・講演の実績多数。
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。
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執筆 オクトノット編集部

NTTデータの金融DXを考えるチームが、未来の金融を描く方々の想いや新規事業の企画に役立つ情報を発信。「金融が変われば、社会も変わる!」を合言葉に、金融サービスに携わるすべての人と共創する「リアルなメディア」を目指して、日々奮闘中です。

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